12.


その日から一年の近接対策による扱きの日々が始まった。その光景を見て、なんだか懐かしさが込み上げる。一年前、乙骨が転入してきて毎日のように真希とやり合ったりパンダに投げられたり。今は乙骨の姿が釘崎に変わっているのだが、同じとは言え女の子には酷過ぎではないかと思いながらも笑ってしまう口を隠した。


「オマエさぁ、嫉妬とかすんの」


後ろに立って仁王立ちする真希を見上げる。問いかけられた言葉に、ハテナが浮かぶ。言われた事は理解したが、それがまさか真希から発せられたとは思わなかったからだ。


「シット?」
「座れじゃねぇぞ」
「……それは"sit-down"でしょ。じゃなくて。いや、まさか真希からそんな言葉を聞くとは」
「ブン殴るぞ」
「暴力反対ー」


両手を上げて降伏する仕草をするなまえは、再びグラウンドに目を向けた。まさに釘崎がパンダに投げられたところで、叫び声が聞こえる。一応受け身の練習だが、投げられようによっては着地が危険な為、落下地点に狗巻が待ち構える。ちょうど投げられた釘崎が狗巻に抱き止められていた。多分、その事を真希は言っているのだろう。


「…しないね」


全く、これっぽっちも。嫉妬という感情が自分にあるのかと振り返るくらい思い当たる節がなかった。現に今、狗巻が釘崎を受け止めているのを見ても何も感じなかった。不可抗力であって、そこに何の感情も生まれない。ただ、それよりずっと気になっていることがあった。


「棘も、……大きい方が好きなのか、な」


女性らしい象徴のそれは、釘崎も立派なものをお持ちだった。今の高校生としては凄まじい発展の発育に、それについて行けていない自分の身体と現代のギャップに、何とも言えない喪失感を覚えた。割と真剣な悩みを打ち明けたつもりだったが、当の親友は今まで見たこともないような吹き出し顔と爆笑の渦に勝手に飲み込まれていた。


「オッ、マエっ、そんなことを、ずっと気にしてたのか………っ?!」
「めっちゃ笑うじゃん」
「いや、そりゃあ、凄え面白いだろ。聞いたことねぇの?」
「聞けるわけないでしょ」
「聞いてやろうか?」
「やめて。そんなの、大きいのが好きって言われてもアレだけど、小さい方がって言われても喜べない」
「確かに…っ」


ひーひー言いながらずっと笑い放しの真希に膨れっ面を向ける。


「そりゃあさー真希はいいよ。憂太に大きい方が好きって言ってもらえてさ!」
「オイ、矛先こっちに向けんな。戻せ」
「真希が大きいのは、フィジカルギフテッドだもん。百歩譲って許す」
「どんな天与呪縛だよ」
「なのに……!釘崎さんまであんな立派なものを……っ!」
「オマエ、目線がオッサンになってんぞ。第一、そんな気にするほどなまえ小さくねーだろ。身長が小せぇんだから。分相応って知ってるか?」


そりゃあね、低身長の巨乳はそれはそれで性癖が試されるとは思う。それだとしても、一般的な健全な成人男性…まだ学生だけれどやはりどっちかと言えば、過半数を占めるのはそっちでしょう。いやいや、と自分の中の煩悩を振り切るように頭を振った。そうした中で遠くで何やら鈍い音が聞こえて来て、真希と共に目を向ける。ポカポカなんて可愛いものじゃない、ボコスカが正しい擬音の暴力的な殴る音を釘崎が発していた。防ぐように頭を守る狗巻と、慌てて抑えるパンダの様子が見えた。


「オマエの彼氏、凄え殴られてっけど」
「彼氏じゃないってば。まあ、何か……触れちゃったんだろうね」


その様子を見て笑いが抑えられなくて口を覆う手からも漏れる。付き合っていない事実は事実として、それでも好いてる男が殴られているのを見て笑う女が居るだろうか。真希は横目になまえを見た。


「…何の笑いだよ。怖えな」
「いやあ。理不尽で可哀想だな、って」
「悪魔かよ」


抑えようとすればするほど、喉を締めた笑いになるから余計に邪悪さが出てしまう。ハァーと吐く息多めの深呼吸をしてなんとか落ち着かせた。釘崎もどうやら落ち着いたようで、パンダに肩を掴まれながらこちらに歩いて来る。


「もー最悪!!セクハラですよ!先輩!公然セクハラッ!!」
「まあまあ」
「大体学ランはしんどい!!つーか、伏黒どこ行ったァ!?」


ガツガツとガニ股に歩く釘崎の後ろ姿を、3人は笑いながら見送った。なまえは釘崎に不可抗力に殴られ続け項垂れる狗巻へ駆け寄る。


「ふふ、大丈夫?」
「……おかか」
「……ちょっと、ラッキーって思ったでしょ」
「おかっ…」


一体何を言い出すのかと項垂れる瞳には、悪戯っぽく笑うなまえの顔が映る。否定の言葉を告げる意味とは裏腹に、何故だか照れが出てしまって隠すように口元の襟を上げてしまえば、その行動が彼女のお気に召さなかったようだ。もうっ、と釘崎とは比べ物にならないポカっとした軽いパンチ。


「棘の、むっつりめ」


そう赤くして去る一瞬の横顔と、伸ばした手は彼女に触れることなく宙に浮いた。こんな理不尽なことあるだろうか。そう肩を落とす狗巻と一連の流れを見ては、パンダと真希は面白そうに声を上げて笑った。




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