01.


2018年4月。
伏黒恵は東京都立呪術高等専門学校に入学した。
幼少期から五条と関わりがあった伏黒は、入学前からそれなりの実践を積まされていたこともあり、入学には何の支障も無ければ一年が一人だろうが問題はない。
禪院家の血筋でもあることから既に真希との面識はあった。そして、海外に行く前に挨拶した特級術師の乙骨、呪言師の狗巻、パンダ。2年の先輩達との挨拶もそこそこに終えたが、未だに一人まだ見ぬ先輩がいた。
真希曰く、学年一の"お人好し"。乙骨と並ぶほどの善人だと言う。


「ったく、何処にいるんだあの人は」


呼び出したくせに場所を言わず、ふらふらと移動するからタチが悪い。伏黒は担任となった五条悟を探しつつ、古びた校舎を移動していた。角を曲がった所で、ここはさっきも来たな、という二度目の風景に軽く舌打ちをして踵を返した。


「うお…っ」
「わっ…!」


振り返った先で誰かにぶつかった。低い所で衝撃を受けた下には人の頭の旋毛と、バラバラと手元から崩れ落ちる紙の山が見えた。


「あっ…すみません」
「いえ、私も前見てなかったので」


しゃがみ込んで一緒に紙を拾い集める。最初、ぶつかった相手は補助監督か誰かかと思った。呪術師に見えない身長の低さと華奢な身体、拾う書類も何かの申請書類やら情報整理等のレポート内容。しかし、それが違うと決定付けたのは高専の制服である渦巻のボタンが目に入ったからだ。生徒…呪術師か、と目の前で同じように拾う相手に目を向ける。下を向いた彼女も最後の一枚を拾い上げ、ようやく顔を上げた。


「ありがとうございます」
「いや、こっちがぶつかったんで」


顔に掛かった髪を耳にかけると、その大きな瞳が伏黒を捉える。吸い込まれそうなその瞳に、思わず目を逸らした。


「うん?」
「あ、いや……書類、大丈夫ですか。順番とか」


なんとか口にした言葉にああ、と思い出したかのように拾い集めた書類をパラパラと捲る。一枚、二枚抜き出して正しいであろう場所に差し込んだ。順番といいつつ、あの山から崩れた順番など知らないだろと思いながらも聞いたことを、さも分かっているように並び直すものだから少し驚いた。


「全部把握してるんですか、それ」
「え?…あ、まさかぁ。ページ数、振ってあったので」


そう彼女の指差す書類の右下にはご丁寧にページ数が書かれている。それもそうか、と納得した。
今年入学した一年は、もう一人女子生徒がいるらしい。一瞬ソイツかとも思ったが、入学が遅れてると聞いていた為多分違う。と、なれば…


「あ、もしかして、」
「狗巻先輩」


彼女の言葉に被せるように先に名を呼んだのは、彼女の背後に立つ既に挨拶が済んでいた先輩の一人。振り向いたその人は、狗巻の顔を見てふ、と表情を緩めて笑った。


「ただいま、棘」
「しゃけ。…こんぶ」


狗巻は2人を交互に見た。伏黒はまだその言葉の意味を理解出来ていない。目の前の先輩であろう2人の会話をただ眺めているしかなかった。しかも、自己紹介も何も出来ていないこの状況をどう説明するのだろう。


「ああ、書類落としちゃって。伏黒君が拾うの手伝ってくれたの」


そう話す口からまさか自分の名前が呼ばれるとも思っておらず、不意打ちを食らった。思わずえっ、と声が出る。


「知ってたんですか。俺のこと」
「勿論。真希の親戚なんでしょ?最初分からなかったけど、棘の事"狗巻先輩"って呼んでたし」
「ああ…」
「改めて、初めまして。2年のみょうじなまえです」
「伏黒恵です。……よろしくお願いします」


失礼と思いながらも、まじまじとなまえを見る。高く積まれた書類と、両腕に下げる紙袋。荷物の多さの対比のせいか、余計身体の小ささが際立つ。伏黒より20センチ以上は低いのではないかという身長も、向こうの上目遣いからそう感じた。


「うん?何か変?」
「あ、いや…。聞いてた話と、違うな、と…」
「え、なになに?何て聞いてたの?」


真希からはもう一つ情報として貰っていたことがある。それを言ったら怒られるような気もしたが、別に自分が悪い訳ではない、と開き直って答えた。


「…借金持ちの、結界師」


伏黒の言葉に、あまりにも心外だと言わんばかりに目を見開いた。善人の、借金持ち。それだけを聞かされたばかりに馬鹿正直に騙されて、借金を背負わされてしまった人だと思っていた。目の前の反応を見ると、違ったらしい。
なまえはじとっ、と隣の狗巻に目を向けた。その視線に気付いた狗巻は、「おかかっ!」と手のひらを向けて首を大きく振った。実際、言ったのは真希であるから否定のジェスチャーをする狗巻は正しい。ふう…となまえは溜息をつく。


「いや、間違ってないけどさあ」
「事実なんですか」
「だとしても不服だよね。真希にはお土産あげなーい」


言わなくても犯人の名を挙げた。ガサッと持ち直した紙袋が音を立てる。そういえば、きっとなまえは何処かに行く途中だったのだろう。伏黒自身も五条を探している間だったと思い出した。


「みょうじ先輩、何処か行く途中ですよね」
「あ、そうそう。伊地知さんの所にこれ届けに。ね、今日真希とパンダいるんだっけ?」


隣の狗巻に聞くと、しゃけと答えた。頷いているから、いる、ということなのだろう。


「じゃあこれお土産だから、棘先に持ってってくれる?私、事務室寄ってから行くから」


考えるように見下ろした狗巻が手に取ったのは、なまえが両手で抱えていた書類の山の方だった。伸びてきた手と、軽くなった荷物に見上げる。一緒に付いて来てくれる意思なのだろうと、なまえは素直にお礼を述べた。


「伏黒君は?何処に行く予定だったの?」
「ちょっと、五条先生を探してて」
「あれ、五条先生なら客室にいたよ。私さっき任務の報告して来たところだから」


すぐに見つかった答えに目を開く。というか、今気付いたが、スマホがあるのだから早く連絡を取れば良かった。まだ同じ場所にいるかは定かじゃないが、せっかくの居場所にまずは行ってみようと2人に挨拶をして背を向けた。が、少し歩いた先で呼び止められる名前に振り向く。


「伏黒君、甘いもの平気?」
「はい」
「じゃあこれあげる」


紙袋から渡されたのはうなぎパイ。静岡か。と、受け取ったお菓子を見つめる。


「ありがとうございます」
「うん、じゃあまた。これからよろしくね」


小走りして跳ねる紙袋を持って、なまえは待っている狗巻の元に駆け寄った。何か一言二言会話をして、並んで歩くその姿は遠くなる。時折笑う横顔と、何か話している狗巻との会話は聞こえないが、遠目で見るそれは普通に会話しているようにしか見えない。2年にもなると、呪言師で語彙がおにぎりの具しかない狗巻とも普通に会話出来るのか、とまだまだ知らない世界を目の当たりにして伏黒は客室に向けて歩き始めた。




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