09.


雨は嫌いじゃない。
"帳"が覆っているような厚い雲からは、重力に従った細く長い雨が傘を打つ。オレンジ色の街灯に切り取られたその一筋を目で追う。落ちる波紋、音、肌に伝う質感、どれも"無"になれる。それは永遠に見ていられた。


「ったく。うざってぇ雨だな」


まさに自分が思っていたこととは全く反対のことを真希が言うものだからなまえは笑った。


「しょうがないだろう、梅雨なんだから。俺だって湿気で大変なんだぞ」
「しゃけ」
「生乾きは臭ぇな」
「臭くない!」


軽く笑いながらそんなやり取りを眺めた。2年に上がってそれぞれ任務に就くことが多くなったが、たまにこうして皆で赴く任務は一番やりやすい。なまえの学年には既に準一級である狗巻がいるのだから、本来なら多分4人で行く必要はないのだ。人数不足が言われる術師が一つの任務に割く人も限られる。学生のうちだな、皆とこうしていられるのは。
そんな負の感情を雨に流して気付かないふりをした時だった。ポケットのスマホが小さく震えたのに気付いて確認する。


「えっ?!ーーーわっ」


最初の叫びは確認した中身に対して。そして2回目は気を取られて転びそうになった叫び。危うく水溜りにダイブしそうになったのを、真希が腕を掴んで制してくれた。


「あっぶねーなぁ。歩きスマホすんなよ。両手塞がってんのに顔面からいくぞ」
「ごめんっ。ありがとう、真希」
「どうした?」
「あ、いや。悟からメッセージが」
「追加の任務かー?」
「高菜」
「ううん、写真なんだけど」


そうなまえが五条から送られてきた写真を表示したまま、他の3人が見やすいようにスマホを仰向けに差し出した。傘を寄せ合いながらその画面を覗き込む。そこに映し出されていたのは、後輩である伏黒が頭から血を流して座り込んでいる写真だった。『見て見てー』と添えられた呑気な一言に、これが教師のすることかと甚だ疑問だ。
それを見てぶはっ、と吹き出したように笑ったのは真希だった。


「恵、ボロボロじゃねぇか」
「真希〜笑ったら可哀想でしょ」
「こういう時は笑ってやった方がいいんだよ」
「おかかぁ」
「珍しいなあ。恵がここまでになるの」


帰ってきたら揶揄ってやろ、と面白そうに白い歯を見せて真希は笑う。再び足を動かし歩き始めたその後ろに着いて行きながら、仕舞う前に再度写真を見る。10枚ほど連写された写真は、途中から嫌そうに手で隠す伏黒の写真に変わっていく。ここまで怪我をする伏黒も珍しい。だけど、五条が近くにいるなら問題ないか、と画面を暗くした。


「伏黒君って、何の任務行ってたっけ?祓除?」


二級術師である彼をここまでするのだから、並大抵の呪霊ではないことは明らかだった。準一級か、一級相当か。そんななまえの疑問にパンダが振り返りながら答えた。


「確か、呪物の回収じゃなかったか?」
「ああ、そうそう。確かあれだ、宿儺の指」
「すくな?」


聞き返したなまえのイントネーションが、如何にも初めて聞きましたみたいな言い方だったから、真希も振り返ってなまえを見た。その顔はマジか、と言わんばかり。


「オマエ、知らねぇの?呪いの王だぞ」
「いやいや、知ってるよ!手が4本ある鬼神でしょ?」
「今絶対、知らない言い方だったよなぁ?」
「しゃけ」
「そこ!聞こえてるよ!」


こそこそ話してるパンダと狗巻に一喝した。なまえとて呪術師の端くれ、元の生家も術師の家系なのだから呪いの王と呼ばれる両面宿儺は知っていた。その指が呪物としてあることも。しかし、


「アレって特級呪物でしょ。流石に伏黒君と言っても一人はしんどいんじゃない?」
「特級つっても封印されてんだから、ただの物だろ。その辺の石ころと変わんねーよ」
「石ころと同じではないだろー」
「高菜」
「まあだとしても真希の言う通り、特級呪物とは言え封印されてたらそんな強い呪霊も寄ってこないはずなんだけどなぁ」
「じゃあ何か想定外があったのかなぁ」


傘を回して雨粒を吹き飛ばす。だんだんと弱くなってきた雨が、小さく音を立てた。それと同時に本日二度目となるメッセージ受信を知らせる音がポケットから鳴る。立ち止まってそれを開けば、それは次の任務に関する連絡だった。


「何だよ、また悟か」
「ううん。次の任務だってさー」
「チッ、今終わったばっかじゃねぇかよ」
「繁忙期なんだろ」
「明太子」
「車で拾ってくれるって」
「ラッキー」
「暫く高専に戻れそうにないねぇ」


担当してくれる補助監督に現在地だけ送る。伏黒のことは頭の隅で気掛かりだったが、当分は会えそうにないなぁとなまえは思った。




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