07.


「じゃあ私はこの人達送ってくるんスけど、本当に大丈夫スか?」
「大丈夫です!まだ電車もあるし。明さんこそ、宜しくお願いします」


なまえ達の見送りを受けて新田は高専へと車を走らせて行った。先に連れ去られた人も含め、幸いにも全員無事だった。ただ呪いのせいで精神状態が不安定だった為、大事を取って家入に診てもらうことにしたのだ。


「とりあえずは、終わりですかね」
「そうだね。お疲れ様」
「みょうじ先輩も」
「いや、私は何もしてないよ〜」


謙遜、ではなく本当にそう思っているかのような言い草だった。ただ伏黒は思っていた、多分自分一人でも呪霊は祓えたがきっと犠牲者は出ていたかもしれないと。スマホを弄るその画面がなまえの顔を浮き上がらす。もう任務報告でもしているのだろうか。


「何してるんですか」
「あ、ごめんね。ちょっと株の売買を」
「は?」


全くの想定外の答えに調子外れが声が出た。何食わぬ顔して、任務が終わった余韻に浸ることもなく。顔に似合わな過ぎやしないか。


「………あの人の勤め先、東証一部の上場企業だよ」
「さっきの女性ですか」
「そう。業界ならナンバーワンの超大手」
「なんで知ってるんですか」
「社員証付けっ放しだったから」


会話しながらも忙しなく動く指先が止まった。小さく震えるバイブ音を確認してそっと画面を消す。辺りはまた暗闇に包まれた。バイブ音と同じくらい小さく、溜息の音が聞こえたのは自分のものでないことくらいすぐに分かった。


「ネットの極一部でああいう噂は流れてたから。早目に売った方がいいとは思ってたけどね。あの人を見ると相当なんだろうな」


少し俯きながら小さく呟いた。やっと目が慣れてきたところでなまえの表情は伏黒には見えなかった。


「冷たいって思ってる?」
「いや…ただ意外だなとは思ってます」
「意外?」
「みょうじ先輩はもっとこう、楽観的な人だと。思ったより現実的なんですね」


頭がお花畑、というと言葉が悪いからなんとか言えそうな言葉に置き換えた。人の善さはそれなりの月日で感じていた。ただ一人である新入生の伏黒に対しても何かと気遣ってくれるし、それが補助監督でも窓の人に対しても、一般人であろうと向ける人柄は変わらなかった。
ただ少し、人の死や命に対する天秤に乗せた時、余りにもなまえ自身のことを軽視しているようで怖く感じたのは確かだった。考えるより先に"人を助ける"という行動は、伏黒にしてみたら馬鹿げたように見えた。言わないが。
伏黒の言葉を聞いて、なまえはうーんと手を顎に当てて考えるように上を向いた。


「現実的って言うか…まあ、お金の問題はシビアなことだから。でも、そうだな。人が死ななくて、やっぱり良かったって思うよ」


ほっと息を吐くように答えた。色々経験して、色々見てきたとしても人の死は慣れない。慣れてはいけないとも思っている。"呪い"に関わる以上、避けては通れない問題だからこそ「人を助ける」というなまえの信念は日々の任務で増すばかりだった。


「それでも、今日は助けられたとしても明日になれば分からないでしょう?明日になったらまた、死にたくなっちゃうかもしれない。でも、今日が意味ないなんて思いたくないから。私はこの手の伸ばせる範囲でもいいから、人は助けたいって思う。だから、今日は今日で良かったよ」
「だから、ですか」
「え?」
「一番最初にあのヒトを助けた時、呪霊の正体も分からないのに飛び出したのは正直自殺行為に見えました」
「ああ、ごめんね。でも大丈夫。私、そんな簡単に死なないから」
「それは先輩の"加護"の力ですか」


なんだ知ってるんじゃん、と笑った。みょうじなまえには神の加護がある。それはある程度知られている話だった。それを上があまり良く思っていないことも。
例えその力があったとしても、死のうとしていた人に対して命の重さを、生きていく意味を諭していたとは思えないほど矛盾しているように見えて、伏黒はなまえのことをやはりいまいち掴めなかった。


「なんかお腹空いちゃったな。伏黒君、帰り何か食べて帰ろうよ」


気の抜けた提案にそっと肩を落とした。良く分からない、掴めない、だけど善い人。そう思うことにした。若干の疲れも感じて考えるのが億劫になったからかも知れない。なまえからの提案にも乗り、何食べたいですかと聞くと少しだけ考えたあとに今日一番の笑顔を向けて答えた。


「ラーメン!」




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