協働
制服に身を包み、ようやく高専の教室へと足を踏み入れた。結局真希の部屋に泊まらせてもらったなまえは一緒に学校に向かう。
「本当にここの制服って色々なんだね。真希は背が高いからタイトスカートがよく似合うなぁ」
「逆に私はなまえみたいなヒラヒラなスカートは似合わねぇよ。っていうか、短くね?それ大丈夫か」
「大丈夫だよ。キュロット?みたいになってるから」
そう言って表の布をひらっとめくった下にはパンツスタイルになっていた。分かってはいたが、同性の真希ですら少しドキッとした。
「…お前、それ男の前でやるなよ」
「え?やだなぁ、真希、こんなの減るもんじゃないじゃん」
みょうじなまえは、所謂童顔で色も白く、黒髪がよく映える。普通にしていればかなり可愛い部類に入るんだろうが、呪術師なんてやっているからか、顔に似合わず意外に男前なところがある。そこのギャップが真希との人間性が合ったということなのだろうが。
「ここが、1年の教室だ。生徒は私ら入れて4人」
「少ない、って思ったけど、まぁそんなもんか。えー、なんか緊張するなぁ」
ガラっと開けた扉に先に真希が入り、なまえもそれに続くように教室に入った。
挨拶、と声を出す前に想定してなかったソレが目に入り、思わず二度見をした。まさにお手本のような二度見だった。
「ハッハ、すげー綺麗な二度見された」
「真希、真希!パンダがいる!」
「まあ、パンダだからな」
「パンダだ。よろしく頼む。その怪我、大丈夫か」
「あ、みょうじなまえです。お願いします。怪我は全然大丈夫」
でこっちが、とパンダが隣の男の子を紹介しようとした時、狗巻の顔を見たなまえが紹介する前にその名を呼んだ。
「狗巻の……」
え、と思ったのはなまえ以外の3人だった。知り合いなのかと思ったら狗巻本人も少し驚いた顔をしているから、そうでもないらしい。
「なんだ、棘と知り合いなのか」
「あ、いや、初めましてだと思うんだけど…。え、…と、私のこと、知って、ますか?」
そう聞かれた棘はなまえの顔を見て、どこかで会ったことがあるか、おそらく記憶の糸を探っていたようだったが、暫くして小さく呟いた。
「おかか……」
「…そっか。よかった」
「え!」
「は?」
真希とパンダが同時に声を上げたことに驚いてなまえもえっ、と2人の顔をみる。
「待て待て、なまえ今なんて言ったんだ」
「え、…私のこと知ってますか、って…」
「で、棘はなんて答えたんだ」
「知らない、って言ったから、よかった、って……」
そう答えたなまえに、パンダと真希は2人で三度顔を見合わせる。そんなに変なこと言っただろうか、となまえも疑問に思う。
「なまえ、よく思い出せ。棘は本当に知らないって言ったのか?」
パンダにそう念を押され、なまえももう一度思い出してみる。知ってるか、となまえは狗巻に問いかけた。そしたら彼の答えは……、と思い出そうとしてあれ、と思う。
「…………おかか?」
「そうだ!棘はおかか、と言ったんだ!」
「あれ、ほんとだ!おかかって答えた!え?!おかかって何!?」
「そーだ!おかかとはなんだ!」
「え、おかか…おかかとは……鰹の…」
「おい、なんだこの不毛な会話は」
彼の口から確かにおかか、という言葉が出た。しかしなまえは自分のことを"知らない方がいい"という願望がそのまま聞こえてしまっただけかもしれない、と再び狗巻に問いかけた。
「え、でも…私のことは、知らないんだよね?」
「…しゃけ」
「しゃけ……」
おかかの次はしゃけと来た。今度はちゃんとしゃけ、と聞こえた。4人の中に流れるなんとも言えない沈黙を破ったのはパンダだった。
「まぁ、とにかく棘はなまえのことは残念ながら知らないらしいな」
「別に残念じゃないよ。さっきも言ったけど、知らなくて良かった」
「でもなまえは棘のこと知ってたんだろ、名前も呼んでたし」
「違うよ。本当に会ったのは初めてなの。狗巻家って言ったら呪言師で有名でしょ。それで、知ってただけ」
お騒がせしてすみません、となまえは3人に頭を下げた。謝られた狗巻も、なまえに向かって今度はこんぶ、と呟いた。
「狗巻くんのその、言葉は何か決まりがあるの」
「しゃけ。……いくら、こんぶ」
食べ物、っぽい。だけどもう少し縛りがある気がした。
「うーん、ごはんのお供的な?」
「ちょっと惜しいな」
「惜しい?……うーん、なんだろ」
考えるなまえを見て、おそらくこれを口にすれば答えが出るだろうとする語彙を狗巻は口にした。
「ツナマヨ」
「ツナマヨ?………は!おにぎりだ!」
「お、正解〜」
「しゃけしゃけ」
パチパチと拍手するパンダと狗巻になんだか少し恥ずかしくなった。でも、そっか。おにぎりの具か。
「呪言、って言葉に呪いがこもるんだよね。それで、おにぎりの具だけで話してるんだ。………そっか、優しいんだね、狗巻くんは」
ずっと、想像していた。呪言師である、狗巻家の人間と一緒になったとしたら、どうなっていただろうと。全部の言葉、例えば愛を紡ぐ言葉すら全て呪われて一生を終えるのか、はたまた一生会話することないまま終えてしまうのか。そのどれでもない、まさかのおにぎりの具での会話とは逆立ちしても思いつかず、その事実になまえは笑って答えるのだった。
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