秘密


「悟、なまえの…呪記師って、なんだ?生き残りってどういうことなんだ」


4人は教室に戻っていた。なまえはまだ痛みが残る額を摩りながら医務室に向かうというので別れたのだ。五条に問いかけたのはパンダだった。夏油が、なまえの結界によって飛ばされる前に発した言葉。それがどういう意味なのか。五条は4人を見回し、ふぅと小さく溜息を吐いて「ま、君達ならいいか」と話を始めた。


「なまえは…、千家の人間なんだ。憂太以外の3人は聞いたことあるんじゃない?」
「千家…ってあれか?一日にして滅んだっていう…」
「そう、10年前、なまえの生家である千家大社では祭りが催されていてね。一族が集まっていたところを狙われたんだろう。一夜にして一網打尽。当時は一族全員死亡の判断だった。でも、違った。なまえはその生き残りだった」


千家一族。この呪術界にいれば名前くらいは知っている。御三家とまではいかないが、その名は通っているエリート一族だ。なまえは、その生き残り。頭の中で五条の言葉を整理しながら、決して邪魔することなく、4人は話を聞いていた。


「"呪記"は、書いた文字に呪いがこもる、千家家相伝の高等術式だ。今はもうそれを使えるのは、この世界でたった一人、なまえしかいない」
「たった、一人…?」
「例えば、棘の呪言も狗巻家相伝だ。でも枝葉を辿れば、強制力の弱い呪言師というのはいるにはいる。まあ、秘密は漏れるものだからね、相伝と言えど違う形で受け継がれるものさ。ただ、千家家はその辺徹底して秘密主義者でね、術式を一切漏らさず、全て一族の中で納めてきた」
「そんなこと…出来るのか?」
「やってきたんだ。長い間。千家は外から一切の人を入れず、全て近親交配で繋いできた一族だ」


本来なら法に反する。反しない程度の親等内で行われたのか、反することを知りながらも続けていたのか。ただ、この界隈、御三家ではあり得ることではある。


「じゃあ、みょうじさんも…?」
「いや、なまえは違う。当時の当主に、なかなか後継が生まれなかったらしくてね。一族に内緒で外で作られた子供だ。まあ、後に正妻との間に子供が出来たから、なまえはいらない子として秘匿で殺される予定だった、らしい」
「そんな……!」


唖然とする乙骨の言葉に他の3人も同じ思いだった。身勝手に産ませた子供を、いらないからと簡単に捨てる。こんな世界は本当に糞だ、と思った。そんな乙骨に五条は両手で制し宥める。


「この世界で術式を継いだ、継がないは重要事項だ。なまえもその一人だったから生かされたんだろうね。"呪記"は強力な術式だ。なまえしか使えないとなると、それを悪用しようとする奴等が必ず出てくる。だから、僕はなまえに術式のことは隠すよう伝えた」
「…でも変な話、なまえが将来的に千家の術式を継いだ子を産むことも有り得るだろ」
「いや、それは有り得ない」


真希の疑問を一刀両断した。普通に考えればそういうことだ。別に今はなまえだけでも、将来的にそうとは限らない。そうやって、御三家も続いてきたのだから。


「なんで」
「千家は、さっきも言った通り近親交配で続いた一族だ。他に比べて血が濃い。逆に言えば、その濃さで術式を継いできたとも言える。だけどなまえは…言い方があれだけど、所謂混血だ。本来なら術式を持って生まれるはずじゃなかった。それだけ稀有な存在なんだ、なまえは。血が薄まった挙句、同じ千家の人間がこの世にいない以上、恐らく"呪記"を受け継ぐ者は、今後生まれない」


だからと言って、善人のなまえが呪詛師に力を貸すはずがない。だが、無理矢理させられたら?パンダと狗巻はなまえの呪記の力を目の当たりにしている。たった言葉一つで、特級呪詛師を退けたその力を。それを知ると、五条の言っていることも分からなくはなかった。


「なまえの存在を隠す理由はもう一つある。それが、なまえの内にいる、八百万の神々の存在だ」
「やおよろず?」
「漢字で書くと八百万。それだけ数多の神が、なまえの中にいると思われる」


だんだんときな臭い話になってきた。八百万の神?それがなまえの中にいる?だが、真希はその話の端々は耳に入っていた。なまえは、"神に愛されている"。愛だのと言葉にはすれば聞こえはいいが、言い換えれば呪いと大差ないのではと思う。


「千家滅亡時は、"神在祭"が行われていた。全国の神々が千家大社に集うんだ。本来なら、集った神々を見送る"神等去出祭"を行うまでが一連だが、それが出来なかった。戻る場所がなくなった神々は、そこで生き残ったなまえの内に入ったんだと思われる」
「なんで、なまえは生き残れたんだ…?」
「それは分かってないんだよねー。神が入ったから生き残ったのか、何か別の力で生き残ったなまえに神が入ったのか、その前後も定かじゃない。ただ、なまえには相当強い加護が働いている。高い治癒力と、物凄い強運の持ち主だ」


側にいれば宝くじくらい当たるかもよ、と冗談かどうかも判断出来ないことを五条が言う。とても笑える雰囲気でもない中、真希は肩を落とす。ウケないことを察して五条も肩を落としながら話を続けた。


「ただ、困ったことに保守派もなまえの加護のことだけは耳に入っていてね。なまえのことは、生かしておくべきじゃないって言っている」
「っ!なんでだよっ!なまえは…、アイツは呪いでもなんでもねぇだろ!」


五条の思いがけない言葉に真希だけでなく、他の3人も思わず席を立ち、感情を露わにしていた。ここにいる全員が知っている。誰よりも優しく、底抜けに明るい彼女の何処にも、そんな要素など一つもないことを。そんなこと言うのなら例え上の連中でも、楯突く覚悟だった。


「保守派の奴等から見れば、呪いだろうが神だろうが変わらないんだよ。過去には土地神が呪いに転じた事例もあるし。得体の知れない"モノ"を内に秘めている、という事実だけあれば奴等は十分だ。…でも、まあ安心してよ。僕がそんなことはさせない」


普段はいい加減で適当な五条だが、呪術師としては最強の男だ。そんな五条が言うのならば、とようやく落ち着いて椅子に座り直す。


「なまえの……千家を滅ぼしたのは呪詛師の仕業だったのか?」


そもそもの諸悪の根源。それさえなければ、なまえも背負わずに済んだのだ。全ては千家が滅亡した所為。その元凶と呼ぶべき人間がいるのならば、それはなまえにとっても仇敵と呼ぶべき相手であるのではないか。ソイツを見つけ、少しでも気を晴らせる手伝いが出来ることがあれば、という思いで聞いた真希だったが、五条はそんな真希とは裏腹に少し悩んだように間を空けて口を開く。


「……いや、非術師の仕業だよ。でも自害したその人間は呪いに転じた。

特級過呪怨霊 みょうじ織子、
ーーー千家を滅ぼした首謀者は、なまえの母親だ」


息を呑む音が、聞こえた。自分の一族が滅亡し、家も人も全て失った元凶が自分を産んだ母親。その事実がどれだけ辛く、重いことなのか。察するに余り有る。そしてそれを微塵も感じさせないみょうじなまえという人間性に、怖さすら覚えた。


「それ、なまえは、そのことは…」
「勿論、知ってる。生きていく為にみょうじ性を選んだのはなまえだしね。まぁ、尤も千家性は使えなかったんだけど」
「悟が祓ったのか、なまえの母親を」
「いや、僕じゃない。事の次第の一報を受けて術師が駆け付けた時には、もう全てが終わった後だった。誰が終わらせたのか、その最期は誰も見ていない」


どれだけの時間、話をしていたのか日は既に暮れていた。「少し、喋り過ぎたかな」と五条が呟いた直後、教室の扉が開いて戻ってきたのはなまえだった。




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