解呪


遠くで名前を呼ぶ声が聞こえた。自分の名前を呼ぶ、同級生の声が。頭がまだはっきりしない中、それでもああ、良かった、皆無事だったんだ、と胸を撫で下ろす。重い瞼をゆっくりと開けると、3人の顔が目に入る。「なまえっ!」と呼ぶ真希の声に起き上がるのを手伝ってもらい、溜息とともに頭を下げた。


「真希…、パンダ、狗巻くんも…はぁ良かった…無事で…」
「なまえが一番無事じゃねぇんだよ!…大丈夫か?」
「うん、うーん…」


真希に聞かれて自分の身体を確認する。夏油に空けられた体の穴は既に塞がれていた。自分で治したのか、誰かが治してくれたのかそれは分からないが。


「大丈夫っぽい。ちょっと…ふらふらする」
「貧血だな…」
「…はっ!パンダ!う、腕…わた、わ、綿が、綿が」
「そんなわたわたするな。俺の腕なら大丈夫だ」


片腕を失くしたパンダに焦ったなまえだったが、パンダの返答に治るんだ、とほっとする。真希も、狗巻も見る限りでは大丈夫そうに見える。ただなまえはというと、身体は大丈夫だが血で汚れた服がベタついて気持ち悪い。触ろうとして、自分の服じゃない上着が羽織られていてあれ?と思う。が、目の前でシャツ一枚の狗巻の姿を見て、誰のものか瞬時に理解した。


「あ…狗巻くん、上着、汚れちゃうから…」
「おかかっ」
「…いいってよ。着てろよ、なまえ服ぼろぼろだぞ」


確かに。破れた服と血で汚れた姿で歩き回る訳にもいかないか、と狗巻の好意に甘えることにした。そこで改めて3人を見回し気付く、同級生と呼ぶ人物が一人足らないことを。


「憂太は?」
「左」


真希の端的な回答にぐるっと向きを変えると、同じように横になっている憂太がいる。一瞬、まさかを想像してぎょっとしたが、寝息が小さく聞こえてきた。さっきから同じように呼んでいたが、起きないらしい。なまえも一緒になり、4人で乙骨の名前を呼ぶ。


「皆……」
「あ、憂太!良かっ、ーーだぁ"!!」


がばっと勢い良く起きた乙骨の頭がなまえの額にクリーンヒットした。鈍い音が響いた後に「あっ」「うわ」「高菜ぁ」と3人の声が遠くに聞こえ、なまえはそのまま真後ろに倒れ込んだ。なんとか後頭部はパンダによって守られたのが不幸中の幸いだった。


「っ!〜〜いっっったぁぁぁい!!」


両手でおでこを押さえながら、寝返った先のパンダのお腹に顔を埋める。もふもふで気を紛らわそうと思っても、割れそうな頭の痛さは一向に緩和出来なかった。当のパンダは「あぁ…今のは痛かったなぁ」とまるで小さい子供が転んだ時にあやすかのようになまえの背中をぽんぽんと叩く。


「皆、怪我……、真希さん狗巻くん…。ああっ!!パンダくん腕治ってない!!あれっ!!みょうじさん、どうしたの!?」
「落ち着け。全員今の憂太より元気だ。なまえは、まあ、今憂太がトドメを刺した」
「えっ!?」


大丈夫…と未だパンダに埋まったままなまえのくぐもった声が聞こえた。


「俺の腕は三人と違って後でどうにでもなる。助けてくれて、ありがとうな」


おでこの鈍痛はそのままに起き上がると、乙骨の言葉にならない嬉しさを噛み締める顔がなまえの目に映る。ずっと自信が持てなかった乙骨。皆に認められ、"生きてていい"と思えるようになりたい、と言っていた。今この言葉によって乙骨はそれを得られたのではないかと、そう思った。


『憂太』


乙骨を呼ぶ声に振り向くと、いつの間にかそこに座る里香の姿。大人しく乙骨を待っている様子だ。


「ごめんね里香ちゃん、待たせたね」
「?どーした憂太」


真希の疑問に乙骨はギクッと体を震わせた。気不味そうに、しかし目は決してこちらに合わせないように乙骨が呟く。


「えーっと、力を貸してもらうかわりに、里香ちゃんと同じ所に逝く約束をですね…」
「「はぁ!??」」
「何?!いくって何?!」
「オマエそれ死ぬってことじゃねーか!!」
「何考えてんだバカ!!」


ジワジワと乙骨に迫ってくる里香から剥がすように、4人で必死に乙骨の身体を引いて引き止める。あともう、手を伸ばせる距離にまできたところで、呪霊だった里香の姿が崩れ、一人の少女が現れた。真希は眼鏡がないから多分見えてないんだろう、なまえが今見える光景を真希に伝える。乙骨もその姿に驚き、里香の名前を呼んだ。


「おめでとう、解呪達成だね」


パチパチと手を叩きながら姿を現したのは、五条だった。なまえは五条の顔を知ってはいたが、他の4人は初めてだったのだろう。誰?と揃える声に笑いが溢れそうだった。


「グットルッキングガイ五条悟先生ダヨ〜」


そんな五条から伝えられたのは、乙骨が日本三大怨霊の超大物呪術師である、菅原道真の子孫だったという事実。呪術界にいれば誰でも知っているであろうその名前になまえ達4人は乙骨から二、三歩引いてしまった。


「里香が君に呪いをかけたんじゃない。君が、里香に呪いをかけたんだ」


そして明かされる真実。里香の死を受け入れられなかった乙骨が、里香にかけた呪い。
なまえはふと、自分が気を失う前のことを思い出していた。意識が朦朧としてて、はっきりとは覚えていないが、あの時狗巻は確かに"死ぬな"と言おうとしていた。反射的に拒んだ、その言葉。もし、それを聞いていたら、もし拒んでなかったら。自分も同じように呪いに転じてしまっていただろうか。それでも、いいと思えるだろうか。
乙骨と里香は幼いながらも確かに好き合っていて、それが幸せだったとはっきりと言える里香が、なまえは少し羨ましく思った。
嬉しそうに、困ったように笑った里香は、仏教的に言う、成仏した、のだろう。膝をついて蹲る乙骨の背中を見て、"里香の呪いを解く"という願いもまた、成就したのだとなまえは悟ったのだった。




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