言葉


2017年12月24日
百鬼夜行 当日

狗巻とパンダは新宿に行ってしまった。なまえも自室にいたが、落ち着かなかった。そうだ、家入のところに行こう。これから負傷者が沢山出るかも知れない。今の自分にでも何か出来ることがあるかも、とふいに部屋を出たところで真希に出会した。


「あ、真希……」
「よぉ、どっか行くのか」
「硝子さんのところ、行こうかなって。もしかしたら、何か手伝えることがあるかもしれないって思って…」
「ああなまえ、反転術式使えるようになったもんな」
「使える、って程でも…」


2人の足は自然と学校に向かっていた。なまえの目的地はそこだったが、真希はどうだか聞いていなかった。ただ、真希も真希で何かしていないと落ち着かないのだろう。なまえもその気持ちが分かるから何も言わない。お互い感じる程の歯痒さを噛み締めながら、校舎に入ったところで別れた。
しかし、医務室に向かう途中で異変に気付いた。"帳"だ。高専に"帳"が下されている。廊下の窓から外を覗くと、それはみるみる覆っていく。今は新宿で事は起きているはず、何か想定外が起きているのか。なまえの足は医務室へ行くことを引き返し、足早に外へと出た。
とても強い呪いの気配がして一瞬、足が竦む。出来るのか私に、祓えるのか、私に。頭では自問自答を繰り返し、手汗が滲み出る。やらなきゃ、出来ないんじゃない、やるんだ。
私は、呪術師だ。そう、決意したなまえの目に飛び込んできたのは、今まさに夏油の呪霊に脚を握り潰され、放り出された真希の姿。さっきまで、元気に一緒に歩いていた真希。思い掛けない事態に動揺をしながらも、真希を抱き止める。脚だけじゃない、腹部からも多量の出血。早く治療をしなければ、と思うなまえの耳に聞こえてきたのは夏油の声だった。


「次から次へと…私は乙骨と話に来たのに」


なまえは今まで感じたことのない、全身の血が逆流しているようなそんな怒りを感じて夏油を睨む。ダメだ、反転術式をするにはかなりの集中力がいる。こんな状態で真希を治そうとしても失敗する。怒りは感じながらもなまえは冷静だった。が、同時に自分の力では夏油には到底敵わないことも悟る。


「君は確か…結界術だったっけ?以前私の"帳"を上げた時は少し驚いたが、大したことはないんだよねぇ」


以前、ってことはあの商店街もコイツの仕業。やはり目当ては乙骨だ。自分では敵わない相手、だが、なんとか応援に来てくれるまでの足止めさえ出来れば……


そう思った矢先だった。気付けばなまえの右腹部は呪霊の鋭利な手によって、貫かれていた。速すぎて、結界を張る隙もなかった。焼けるような痛みと、込み上げる血の味。足に力が入らない。私はまだ、何もしていないのに。


「乙骨が来た時に、一人くらい同級生を殺して心折っておくか」


夏油の言葉と同時に今度は心臓へと向かっていく。が、それは直前で心臓を逸れて左肩を貫いた。なまえが何かした様子もない、夏油が外した訳でもない。その不思議な力に夏油は眉を上げる。
なまえは気付く、自分の中の八百万の神の加護が働いたのだと。まだ、死ぬわけには、いかない。そう、自分の身体を貫いている、呪霊の腕を掴んだ時だった。壁をぶち破って入ってきたパンダの姿が目に入った。


「なまえ!!」


殆ど意識は朦朧していた。狗巻の呪言によって堕ちた夏油と一緒に呪霊の手も身体から抜け落ちる。身体の支えを失って倒れそうになるのを、誰かが抱き止めてくれたのが分かった。薄ら目を開くと狗巻の顔があった。吐血しているのが口元の血で分かる。ああ、やっぱりまた無茶したんだね。そう思っていた口が開く。


「……っなまえ、…し、」


"死ぬな"そう口にしようと発した濁点に紛れた言葉は、なまえの手によって塞がれた。弱々しく当てられた手は、しっかりと狗巻がその言葉を紡ぐことを拒否していた。


「だい、じょうぶ……、私、しな…ない、から……」


そんな訳はなかった。右腹部、左肩に風穴を開けられ夥しい血の溜まりがなまえの下に流れていた。それでも、狗巻がその言葉を発することを止めたのだ。それが、狗巻にとってもなまえにとっても"呪い"となることを危惧して。小さく、細い呼吸をしながら立ち上がろうとするなまえをパンダが必死に止める。これ以上動いたら死ぬ、と。狗巻が言えない言葉を、パンダが伝えてもなまえは止めなかった。その先には堕ちた先から這い上がってきた、夏油の姿。


「もう、嫌……アンタなんて、…ここ、から、出て行って…っ」


なまえは右手で自分の腰に流れている血を拭うと、なんとか腕を上げて空に文字を記す。手の動きに合わせた血文字が、その形を為して空中に現れた。


「文字……?っ!?オマエ、呪記師か……!!いたのか、千家の生き残りがぁっ!、」


夏油がそういい終わる前に、なまえはその文字を掌で思いっきり叩いた。それに合わせて具現化した結界は、夏油を勢いよく吹っ飛ばした。コンクリートの壁が一枚二枚、次々と破壊しながらも勢いは止まないまま、"帳"の端まで飛んだ音がした。
ダメだ、"帳"の外まで飛ばせない。早く、逃げて。私の力じゃ夏油は倒せない。またここに戻ってくる。だから、逃げて。だけど、その言葉を伝える気力が、もう、ない。膝から崩れ落ちたなまえはそのまま意識を手放した。




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