隔意


伊地知は居心地が悪かった。なまえから送ってもらった住所にピックアップしに行くと、言われた廃ビルの前には予想してないほど汚れた二人がいた。制服には血の跡も見える狗巻と、座り込んだ膝に頭を埋めるなまえの肩や背中は、埃や塵で白くなっている。なんとか事情を聞き、子供を送り届け、呪詛師は高専へと引き渡して今は二人を車に乗せ帰るところ、なのだが。


「「……………」」


後部座席に流れるなんとも言えない空気に、二回言うが、居心地が悪い。二人はお互い窓の外を見て、会話もなければ目すら合わせようとしない。狗巻はともかく、なまえは呪術師には珍しくいつも明るく笑っているイメージしかないため、こんな顔をするのを初めて見た。伊地知と報告以外で会話したとしたら、車を走らせてすぐサービスエリアに寄って欲しいと言われたくらいだ。10分ほどですぐ戻ってきた手には仙台銘菓の"萩の月"を持っていて「五条先生に頼まれてたの忘れてた」と肩を竦めた姿はいつものなまえだったため、決して機嫌が悪いわけではないと思う、のだが。結局、伊地知との会話は時折するものの、狗巻となまえはほぼ話さないまま4時間弱のドライブを終えた。空いてたので思ったより早く着いて良かった、と伊地知は胸を撫で下ろす。そんな高専に降り立った二人を出迎えたのは同じ同級生の3人だ。


「お〜おかえり〜。なんか大変だったみたいだなぁ」
「二人とも大丈夫だった?」


パンダと乙骨に掛けられた言葉にとりあえず肩を落として答える。狗巻はというと、一人でスタスタと歩いて行ってしまうため、なまえはそこで初めて狗巻に声を掛けた。


「医務室、行った方がいいよ」
「おかか」
「…大丈夫じゃないでしょう。血吐いたんだよ?」


それでも尚否定して去ってしまう狗巻の背中を目で追うなまえにパンダが聞く。


「棘、何かあったのか?」
「……呪言使い過ぎて、吐血したの。大丈夫って言ってるけど、大丈夫じゃないと思う。悪いんだけど、二人とも狗巻くんを医務室に連れて行ってくれる…?」


なまえの言葉を聞き、頷いたパンダと乙骨は狗巻を追いかけて行った。真希はなまえの側に残り、「オマエはこっち、」と寮まで連れて行ってくれようとしてくれたのだが。今までの報告と、学長からの呼び出しが待っていたなまえは終わったら行くね、と真希に告げ校舎へ向かった。
学長室の前で狗巻と落ち合ったが、そこでも会話はなく、二人で入った部屋では夜蛾学長にこっ酷く叱られ、終わった頃にはもう心身ともに疲弊していた。このまま寮にいち早く戻りたい思いはあったが、なまえはそちらには戻らず、ある一つのドアを開ける。


「おー、みょうじお疲れ。災難だったらしいな」


そこにはちょうど一息入れようとコーヒー片手に立つ家入の姿があった。それを見てひらひら手を振るなまえもコーヒーを入れてもらい、家入の前に座る。おそらく医務室に訪ねてきた理由を察して家入の方から話しかけてくれた。


「狗巻なら、問題ないよ。多少、喉の炎症はあったけど、まあアイツの場合それは付き物だしな。内臓も問題なし。吐血したほどには見えなかったな」
「そっか、良かった…、」
「オマエが、狗巻を治したんだろう。反転術式で」
「そう、なのかな。吐血した狗巻くんを見て、もう夢中だった。…怖かった。どうして、あの時……呪言を使ったんだろう…」
「それは、狗巻に聞くしかないな」


そう一口コーヒーを含む家入に合わせて、なまえも一口飲む。


「………苦っ」
「まだまだだな、みょうじも。まあ、オマエが反転術式使えるようになったら私も幾分か楽出来るんだが」
「またぁ。私、硝子さんほどの才能はないよ。今日使って分かったけど、私やっぱり呪力の量少ないんだよ。応急処置くらいしか出来ない」
「それでも、これから助かる人間はいるだろう?」
「……え?もしかして慰めてくれてる?」


意外、という風に目を丸くするなまえにククッと笑う家入に、今度は訝しげな横目で見る。


「硝子さん、何か企んでない?五条先生と同じ顔してるよ?」
「ヤメろ、あんなクズと一緒にすんな」


心底嫌そうな顔をするものだからなまえは声を上げて笑う。本当に嫌なんだな、と思った。そうこうしていると時間もそれなりに経っていたことに気付き、なまえはコーヒーを飲み干して席を立つ。そろそろ真希のところに行かないと、彼女も心配をかけてしまった一人だ。


「じゃあ、硝子さん、また。あまり飲み過ぎちゃダメだよ」
「私の唯一の楽しみだ、それは聞きかねるな」


なまえは入ってきたのと同じように手のひらを振り、家入のところを後にした。




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