善心


電話口でも春人の母親が取り乱しているのが、なまえの受け答えで分かる。なんとか納得させて電話を切ったなまえは細く息を吐いて、これからどうするかを考えているようだった。
なまえはおそらく頭が良い。同級生として一緒に過ごしてきたから分かる。呪霊に対する洞察力も鋭いし、自分の術式と仲間の術式を把握した上での戦略の立て方も上手い。しかし、それが時として邪魔をすることがある。
狗巻は先程すでにこの呪骸を作った呪詛師に会っている。しかもあの口調、春人を連れ去ったのもあの男の仕業だろう。本来、この仕事は狗巻となまえが請け負う案件ではない。春人はなまえを誘き出すための餌だ。狙いがなまえと分かっている以上、狗巻は行くべきではない、と思っていた。


「…ダメ、やっぱり放っておくわけにはいかない、」


呪術師は時に残酷な天秤をかけなければいけない。なまえも分かっていた。この状況で、呪骸を作った者と無関係と思うことの方が有り得ないと、自分達が手を出す案件ではないと。でもなまえは呪術師として、優しすぎる。いくら導き出したものが勝率として低くとも、命を見捨てることがなまえには出来ないことを、狗巻も分かっていた。居場所なら今狗巻が持っている呪骸の残穢で追えると思ったのだろう、それに手を伸ばすなまえを狗巻は避けた。


「狗巻くん…」
「おかか」
「分かってるよ、でも、」
「こんぶ」
「まさか、一人で行くって言ってる?」


なまえに向かって手のひらを向けて制止かける狗巻を見て、慌てて詰め寄る。


「一人でなんて絶対ダメ。私も行く」
「おかか」
「さっきからどうしてダメ、って言うの?…私が邪魔だから?私は、足手纏いでしかないから?」


そう狗巻の裾を掴みながら問うなまえに、若干怯みつつも小さく肯定の意を発した。それを聞いて、動揺したように掴む手が緩んだなまえから離れようとしたが、再度しっかりと掴まれてしまった。


「…嘘。私が邪魔なのも、足手纏いなのも本当かも知れない。でも、狗巻くん優しいから、思ってても絶対そんなこと言わない。何か理由があるんでしょう?」


真っ直ぐしたなまえの強い眼差しは、他の1年は全員弱い。そういう善意の意思に、呪術師、特に乙骨以外の3人は慣れていないのだ。甘いこと、と言われればそれまでだが、そういう想いを守りたいとさえ思ってしまう。いずれその善意のせいで傷付かなければならない時が、呪術師をやっていれば、必ずくる。その時、傷付いたなまえの傍にいるのは自分でありたいとさえ、思ってしまう。なまえはゆっくりと狗巻の掴んでいた裾を離す。


「大丈夫。春人くんさえ助けられれば、後は逃げればいい。私、逃げ道の算段を立てるのは得意だから」


そう控えめに笑うなまえに狗巻は気が抜けたように肩を落とす。きっと何を言っても無駄なのだろうと、諦めを覚えた。屈んだなまえが紙袋の札を剥がすと、呪力が漏れ出した。まるで誘われているように痕跡が分かる。一筋縄ではいかないことをなまえも覚悟して、それを追うために歩き出した。




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