差金


狗巻が仙台出張に行くことになった。それはいいのだ。呪術師と言えど人手不足は否めず、全国に派遣されることもあればそれは学生だからと変わらない。不服なのが五条の指示で、それになまえも同行することになったことだ。


「どうして、私なんです?」


なまえは若干の不機嫌を出しつつ、五条の元を訪れていた。別に狗巻と同行が嫌ではないのだ。ただ、それが五条の指示となると何か裏があるのでは、と勘繰ってしまうのは、今までの五条との付き合いから致し方ないことだろう。


「じゃあー、逆に聞くけどなんで棘と行くのは嫌なのさ」


質問したのはこっちだ。と思ったが、五条にそれは通用しない。バレないくらいの小さい溜息、もとい空気を吐き、なまえは答える。


「別に嫌って言ってる訳じゃないんですよ。狗巻くん一人でも事足りる任務に、わざわざ経費増やしてでも同行させる意味を聞いてるんです」
「そうだねー。確かに棘一人でもほとんど問題無い案件だけど、それを絶対問題無い案件にするためになまえを同行させるんだよ」
「……私にそこまでの力は無いですよ」


今度は五条が溜息を吐いた。ソファで足を組んで手を広げていると大男感が座っててでも分かる。なまえは立っているにもかかわらず、あんまり目線の高さが変わらない。五条が少しだけ見上げる形でなまえを見た。


「なまえはもう少し自分の能力を過信した方がいい。呪記師としてはまだ未熟だし、何より機密事項だ。だけど、結界師として言えば相当優秀だよ。他の者が下ろした"帳"を上げられる奴はそうそういないし、限定条件での"帳"を下ろせるのも然りだ」


そう五条に言われて、狗巻と乙骨での任務での出来事と、先日の交流会のことを思い出した。普通なら褒められて照れるところなのだろうが、ここまで持ち上げて何をさせるつもりなのか。胡散臭くてしょうがない。


「…で、本当は何をさせるつもりなんですか」


未だに訝しげな顔で答えるなまえに「信用ないねー、僕」と天を仰ぐが全く困ったように見えない。


「なまえさぁ、棘と距離取ろうとしてるでしょ」
「え、………してませんけど」


思いの外全く心当たりないことを言われて、正直なまえも唖然とした。というより、そう思われないようなるべく他の同級生と同じ態度を狗巻にも取るように気を付けている、と言う方が正しいかもしれない。五条にそれはお見通しだったということだろうか。


「嘘だね。元々は京都の方が近いのに、東京に来たのは棘に会うためだろう?
"元"許嫁がどんな人か知るために」


開いた口が塞がらない、とはこのことだ。口どころか目も丸くしているなまえの表情は間抜けそのものだろう。五条もそんななまえを見て面白い顔、と笑うもんだから慌てて現実に引き戻す。


「千家の生き残りで、呪記師唯一の正当後継者。さらには八百万の神の御加護付きときた。そんななまえを匿うのに、ある程度の情報は調べさせて貰うのは当然でしょ」
「……それ、狗巻くんには、」
「勿論言ってないし、知らないと思う。許嫁がいたことを知ってたどうかは知らないけど、それがなまえだったことは知らないみたいだね」


その五条の言葉に一先ず安心した。狗巻がどうこうでも、なまえ自身がどうこうということではない。ただ、狗巻家なんてエリートに生まれた狗巻棘という人間に、これ以上枷を嵌めたくなかった。


「僕は別に許嫁だろうと何だろうと、若人が恋愛するのに何も障害はないと思うんだよ」
「は?」
「無理に気持ちを押し込める必要はない、って言ってんの」
「いや、いやいやいや……」


余りにも予想していなかったことを五条が言い出したので、さすがになまえは頭を抱えた。


「ちょっと何言ってるか、分からないんですけど。私たち同級生以上でも以下でもないですよ」
「許嫁なのにー?」
「だから……っ!そうだったとしても、関係ないですよね?私はもう千家の人間でもないし、今更そうだってなっても、狗巻くんにとっては迷惑でしかない、」
「それだよ、」
「え?」
「迷惑かどうかを決めるのは棘だ。なまえじゃない」


ぐ、と口を噤んだのはなまえだ。仮に五条が言っていることが正しくても、それには納得が出来なかった。どう考えても、狗巻家とは関わりを持ってはいけないと思っていた。好きでもない相手が、ましてや同級生が自分の許嫁だなんて、言われてどうなる。別にどうしたい訳でもないし、打ち明けるつもりなど毛頭ない。私は、今のままがいいのだ。


「…まさか、そんなくだらない事のために同行させるんじゃないですよね」
「まっさかー、生徒の恋愛事情に口を出すほど暇じゃないよ、僕」


嘘か本当か、なまえに五条を見破る術はない。


「まぁでも、せっかく若い男女がランデブーなんだし?楽しんできなよ、あ、お土産は"萩の月"でよろしく」
「……それ、普通にセクハラですからね」


ランデブーって。別に旅行で行く訳でもなければ仕事だし。と言いたいことはたくさんあったが、だいぶ疲れを感じたなまえはそれだけを言い捨てて、部屋を後にした。




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