懸想


「……なまえって棘のこと好きなのか?」
「……………はぁ?」


4月ももう下旬に差し掛かった頃、午後は体術実習でグラウンドに出ていた。ちょうどなまえと真希が交代でパンダと狗巻に入れ替わったところだ。
タオルで汗を拭きながら座るなまえの後ろから飛んできた声に、思わず素っ頓狂な声が出る。


「何それ。そう見える?」
「いや、見えるか、って言われると分かんねぇんだけど」


2回目の「何それ」を発したなまえに真希も自分が何故そう思ったのかを改めて思い返す。なまえは言うなれば呪術師には珍しい根明で善人の塊みたいな奴だ。誰に対しても壁を作らないし、よく笑う。狗巻にだけ特別な好意があるかと言われると、同級生には他にパンダしかいないから比較対象にはなりづらい。何故そう思ったか、強いて言うならなんとなく、だ。


「好き、ってあれでしょ、恋愛的な感じの意味でしょ。…ないよ」
「ないか」
「恋愛的な好き、はないけど。でもまぁ……なんていうか、気になる、って感じ」


膝に肘を置き、頬杖つきながら呟くなまえの目線の先は、今まさにパンダに投げ飛ばされた狗巻がいる。全く好意がないと思っていたなまえの意外な返事に真希が目を丸くする。


「私この間狗巻くんに、狗巻くんのこともっと知りたい、とか言っちゃったんだけど、今思うと気持ち悪いよね」
「……いや、別に気持ち悪くはねぇけど。それって好きとちげぇの?」
「違うよ。ねー、何?真希意外と恋バナしたいタイプ?」


そう笑うなまえは笑ってはいるが、なんとなくだが、どこか寂しそうな感じが、気がした。真希が感じたのは本当になんとなくなのだが。


「でも私、狗巻くんだけは好きにならない気がする」
「なんで」


気になる、って言ってた割には断定的、限定的に否定するなまえに問いかける。"好きになれない"ではなく、"ならない"。ならないようにしている、と言った方が近い気がした。おそらくなまえも真希が疑問に思うのを分かって口にしたんだろう。言いづらい答えを、言うべきかどうか少し躊躇してるように見えた。が、くるっと向きを変え、真希に向き合ったなまえは、意を決したように「絶対に、内緒にしてくれる?」と念を押して真希に耳打ちをした。


「はぁ?許嫁ぇ?」
「ねぇー!真希、声大きい!」


慌てて真希の口を押さえて、狗巻達を確認するなまえだったが、2人は鍛錬の最中でこちらには気にも止めてないようだ。なまえはそっと安堵して、真希を睨む。


「悪かったって。…え、じゃあ何。お前ら将来一緒になんの」
「だから違うって。"元"って言ったでしょ。決めた私の親はもう死んでるんだから、そんな約束ないよ」
「棘の方は分かんねぇじゃん」
「分かるよ。狗巻くん、私のこと知らなかったし。親が決めた翌年に私の家族全員死んでるし。狗巻くんはそういう話があったことすら、知らないんじゃないかな」


ああ、だから最初会った時にあんなこと聞いたのか。と真希はなまえが初めて教室に来たことを思い出す。ただ単にある意味好奇心で聞いたことが、意外な真相があり真希はなんだか居心地が良くなかった。


「私の家族、私が6歳の時に死んでるからさ、所謂血が繋がってるって意味での家族ってもういないんだよね。だから、なんていうか……ああもしかしたらこの人、私の家族になるかもしれなかったのかーって思ったら、そりゃあ…気にならない?」
「……気になるな」


でしょう?と首に巻いたタオルで口元を押さえながら笑うなまえは、いつもの顔で笑っていた。こんな世界だ、家のしがらみやら決まりやら、面倒くさいことがあることは真希も嫌と言うほど知っている。許嫁というくらいだ、なまえも名がある家の出身なんだろうが、もうそこまで突っ込まなくてもいい気になってしまった。


「ねぇ、もしさ真希が狗巻くんと結婚したら、」
「はぁ、しねぇけど」
「狗巻真希になるよね」
「……………」
「まきまき」
「……………」


何を言い出すのかと思えば、今までの空気を変えるくらいくだらないことをなまえが言い出すもんだから、真希も溜息をつく。巫山戯るようにこのやろっとなまえの首を絞めると、やめてーとけらけら笑う。


「なんだーお前ら楽しそうだなぁ」


いつの間にか近くまで戻ってきてたパンダに声を掛けられる。もう交代の時間かと思えば、まだそれほど経っておらず、休憩ーと寝転がり出す横で狗巻も同じように寝転がるので、なまえも同じように横になる。


「で、なんだなまえ、結婚する相手がいるのか」


不意に掛けられたパンダの言葉に一瞬時が止まるが、意味を理解すると同時にガバッと起き上がる。


「え、…イマセンケド」


平静を必死に装うとするも声に動揺が乗る。パンダを見て、その奥で横になる狗巻とも目が合う。そして真希を見ると罰が悪そうに頬をかいた。


「えー、ちょっと何のことか分からないなぁ。真希、今日の夕飯奢りね」
「はぁー?嫌だよ、オマエめっちゃ食うじゃん」


なまえはこう見えてかなりの健啖家だ。一回の食事では少なくとも2食分は食べる。初日に見たその光景に3人は度肝を抜かれたものだ。この小さな体のどこにそんな入るのか、と思うほど良く食べる。そんななまえの食事の奢りなど溜まったもんじゃない真希だったが、自分のせいで知られてしまったのは確かだ。パンダが耳がいいのは知らなかったが、狗巻に聞こえなかっただけが唯一の救いだろう。
しょうがねぇなぁと腰を上げると他の3人も続けて立ち上がる。コンビニでも行くかーというパンダの提案に合わせて4人は歩き始めた。




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