星朧


初任務から高専に戻り、報告を終えた頃にはもう夜になっていた。皆とはそれぞれの部屋に戻るのに分かれ、なまえも自室のお風呂から上がったところだ。腕が自由になったから久々にゆっくり浸かれたし、目の包帯ももう取ってしまった。スウェットにTシャツというラフな格好になって何か飲もうと冷蔵庫を開けて気付く、何もない。
さっき買っておけば良かったと後悔しながらも、喉の渇きに耐えられず仕方なく小銭だけ持って外に出た。

昼間とは違う、古い建物のこの学校はその辺の学校なんかよりよっぽど呪霊が出そうな雰囲気だ。まあここは結界に守られてるらしいからそんなものは出ないのだが。そんなことを思いながら、高専の一箇所にしかない自販機に辿り着く。人工的な白い灯りと、それに群がる虫を横目にボタンを押すとガコッとペットボトルが落ちてきた。待ちきれずその場でキャップを開け一口飲むと、冷たい水が乾き切った喉を潤し、思わずふーっと溜息が出る。
そのままふらふらと歩いた先で適当に腰をかけた。見上げた先の空は星などほとんど見えず、呑み込まれそうな暗闇に思わず口を開けてしまう。しかし、その見上げた暗闇を遮るようにひょっこり顔を出して見下ろしてきた人物に、なまえは思わずびくっと肩を震わした。


「…あ、狗巻くん。吃驚した〜」
「しゃけしゃけ」
「どうしたの?こんな時間に」


そう問うと買ったばかりであろうビニール袋を持ち上げた。買い物行ってたのかな、と中身を見ると大量ののど薬が入っていた。


「…そっか、強い呪言使うと喉痛めちゃうんだっけ。ごめんね、私がヘマしたから……」


最後に庇って発してくれた呪言のせいで、声が枯れてしまったことに謝るなまえに彼はおかか、と首を横に振った。おにぎりの具での会話は確かに不都合はあるのだろうが、言いたいことはこちらがちゃんと聞こうと思えば伝わる。おそらく"おかか"は否定の意なのだろう。


「じゃあ、…ありがとう。助けてくれて」


代わりにそう答えるとしゃけ、と頷きながら答えてくれた。


「ツナツナ」
「え…?……あ、私?ちょっと飲み物買いに来ただけなんだけど………そうだ、狗巻くん、良かったら少しお話しない?」


自分の隣をとんとんと叩くと、ちょっとだけ驚いた顔をした狗巻は促されるままなまえの隣に座った。


「さっきね、東京の空は真っ暗だなぁと思って見てたの。私が生まれた所は、結構星がきれいに見える所だったんだ。良く嫌なことあった時とか、一日の反省とか寝ながら空見てやってたなぁ。そうすると、全部ちっぽけに思えてきて何悩んでたか忘れちゃうの」


そうしてさっきと同じようになまえが空を見上げると、狗巻も隣で同じように見上げる。あの頃の空とは違って、遠くに薄く光る星がうっすら見えるこの漆黒の空は、それはそれで悪くないと思った。


「高菜」


ん?と未だ初めて聞くおにぎりの具に顔を向けると、目はばっちりと合うのだが、まだまだその語彙の意味を掴むまでの境地にはなまえは達していなかった。軽く首を傾げると今度は手振りしながら伝えようとしてくれるのを、必死で掴もうとする。


「………あ、え?もしかして心配してくれてる?」
「しゃけ、」


空を見上げてた理由があるのなら、きっと、今日嫌なことがあったのかと思ってくれたの、だろう。しゃけ、と肯定の意を答えてくれたことに多分解釈的に遠くはないのだろうと思った。


「あはは、うん、大丈夫。嫌なことはないよ。皆で呪霊も祓えたし。まあでも強いて言えば、一人反省会はしてたかな。結局私は守ることしか出来なくて。真希みたいな身体能力も、パンダみたいなパワーも、狗巻くんみたいな術式もない。それでも、出来ることをやっていくしかこの先はないんだけど、」


それを聞いてまたも否定の語彙を口にした狗巻は、左手を大きく後ろに振り抜く動きをした。そう、まるでなまえが今日の呪霊を裏拳で祓ったかのように。


「ええ〜?それ、もしかして私の真似してる?やめてやめて、恥ずかしいじゃん」
「おかか、……明太子」
「んー?なんか褒めてくれてる?の、かな?」
「しゃけ」


なんだか面白くなってきて思わず笑ってしまう。一緒に話そうと思っていたのに、気付けばなまえばっか喋ってしまって、挙げ句の果てに逆に元気付けられた気さえする。20分くらい話してただろうか、4月も夜更けになると肌寒さは残っており、Tシャツ一枚で外を出たことが失敗だったことを裏付けるようにくしゃみが一つ出た。


「いくら?」
「うん、大丈夫。そろそろ戻ろっか。ありがとう狗巻くん、付き合ってくれて」


二人同じタイミングで腰を上げ、寮に戻る道を歩く。なんとなくだが、狗巻のことが少しだけ分かったような、気もした。だけど、


「ね、狗巻くん。良かったらまたお喋りしてくれる?……私、狗巻くんのこと、もっと知りたい」


狗巻棘という人間がどういう人なのか、なまえはもっと知りたくなっていた。それが、自分の元は許嫁だった人でという意味なのか、純粋に知りたくなったのかなまえは知る由もない。狗巻自身も、今までそういったことを他人から言われたことがなかったのだろう、若干戸惑いがありつつも、頷いた狗巻に笑っておやすみなさい、と手を振ったなまえに小さく手を振り返して自室に戻った。




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