結界


若干の肌寒さすらも感じながら、4人はトンネル内を突き進む。確実に気配は"いる"、だがその姿は未だ見せない。


「なまえはあまり無理するなよ、左目まだ見えないんだろう」
「ありがとう。これも明日には取れるから大丈夫。でもまぁ、足手まといにならないように頑張るよ」

左目に巻かれた包帯を指しながらなまえはパンダに答える。トンネルも真ん中まで来たくらいだろうか、先頭を切って歩いていた真希が不意に立ち止まった。


「来るぞ」


呪具を構えた真希の目の前に、ズルっと天井から落ちたソレはキキキキキ、と例えるならば黒板を爪で引っ掻いたような声で笑う。丸っこいフォルムのその呪霊は目が四つ、口は大きく裂けていて歯軋りをするようにその声を奏でた。触手と思わせる左右に4本に伸びたそれを、まるで縄跳びで遊んでいるかのように飛んでいる。なるほど、伊地知が言っていた、どの車の事故も走っている最中、何かに躓いたかのように前のめりに事故ったというのも、この触手に引っかかってのことだろうと想像がついた。


「来ねぇんなら、望み通り祓ってやるよ」


真希が呪霊に向かって呪具を振り下ろすが、触手に阻まれた。しかし、それも持ち前の体幹の良さで躱し、再度斬りかかるが残りの触手が真希に向かう。その時、隣でネックウォーマーを下にずらした狗巻がその声を発する。


「―――止 ま れ―――」


動きを封じる呪言、本来ならそれで真希に伸びる手の動きは止まるはず、だった。しかし動きを封じたのは何故か1本のみ。なまえは咄嗟に袖から札を取り出し、結界を張って真希を呪霊から離した。


「真希!大丈夫?」
「…ああ。だが、」
「どういうことだ?棘の呪言は全部には効かなかった」
「おかか」
「別々の意思があるってこと?」
「じゃあ一人一本対処するか」
「そしたら誰が本体叩くんだ」


そう話している間にも、あの耳障りな笑い声に集中力を持ってかれる。問題は4本のあの触手、おそらく切ったところで簡単に元に戻る。しかし、先程の真希の突っ込みでなまえはあることに気付いた。あの触手は復活はするが、出せる本数は今出ている4本が全てだ。どこからでも出すことが出来るのなら、さっき真希が躱した時にわざわざ遠くから手を戻すことはしない。ならば、


「や、もうあの手のことは気にしなくていいよ」
「いくら?」
「どういうことだ、なまえ」
「あれは私が防ぐ。信じて突っ込んで欲しい」


今日会ったばかりだが、真っ直ぐ見るなまえの目は、それだけで信じるものに値すると3人は直感的に思った。


「……よし、じゃあいくか」
「明太子」
「頼んだぞ、なまえ」


最初と同じように真希が先手を取って走り出した直後、触手は真希目掛けて襲ってきた。が、それは直前でなまえの結界により阻まれる。逆からきたものも然り。全て自動的に結界により守られる。残り2本を相手にしていたパンダも同様だった。いける、と思った瞬間、呪霊も中々馬鹿ではなかったのだろう、4本の手は結界を操っているなまえに向かって一直線に伸びてきた。自分たちをスルーした目的に気付いた真希とパンダも一瞬動きが止まる。


「なまえ!」
「大丈夫。そのまま叩いて」


1本は狗巻の呪言により止められた。なまえは自分に向かってきたものを裏拳で制すと触手はまるで風船が弾けるように吹っ飛んだ。結界師は基本的に近接に弱い、そのことはなまえも十分理解していた。しかも自分には攻撃の術式が使えない。だからこそ、術式なしでも戦えるように身体能力の底上げ、呪力の制御、出来る限りをこの三年で鍛えてきた。誰かに守られるのは弱いことだ。自分のことは自分で守る。仲間のことも自分が守る。それが、なまえの呪術師としての信念だった。


「"自動結界" 対象者をオートで守る。発動条件は、対象者に札を貼ること。
……そして発動中、私は半径1mから動けない」


術式の開示だ。これで得られる術式効果の底上げは、結界の強化と結界を張るスピードの加速。さらに攻撃の対象は十中八九、動けないなまえに変わる。懐はガラ空き、自動結界で守られる仲間は呪霊に攻撃出来る。なまえも少なからず危険を伴う為、仲間の呪術師に信頼を置いてなければ発動はさせない。その為にも、自分を守る術は最低限持ち合わせているのだ。
だが、この呪霊は馬鹿ではなかったことをなまえは忘れていた。左目を覆っていたなまえに、死角があることを。


「なまえ、左だ!」


ちょうど真希とパンダの二人が再度呪霊の懐に入ろうとした時、真希の声が響いた。右側からの2本を相手にしていたなまえは死角になった左側への反応が遅れた。しかし、相手も忘れていたのだ、こちらにはもう一人いることを。


「―――捻 れ ろ―――」


直前で放たれた狗巻の呪言によって、なまえの目の前まで迫っていた触手は文字通り捻れて千切れた。直後、真希とパンダは懐に入り呪霊を一気に仕留めにかかる。二人の強力な打撃によって膨れたように一瞬肥大化した呪霊はやがて破裂して消えた。

こうして初めての4人での任務は、互いの協力を得ながらも無事に幕を閉じたのだった。




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