遠くからこっちに歩いてくるのは制服ではない、氷帝カラーのアイスブルー。それがテニス部の氷帝ジャージだということはすぐに分かった。レギュラーしか着れないそのジャージ。あの身長と、茶色い髪。だんだんと近付いてくるとそれは確信に変わった。やっぱり、日吉くん。


「…なにしてるんですか」

「図書室寄ってた。もう帰るとこなんだけど、日吉くんは?」

「はあ、ちょっと、」


ちょっと。練習熱心な日吉くんがわざわざそれを抜け出して、ちょっと?と思って気付く。右腕を押さえているのは怪我、したのかな。よく見ると血が滲んでて、痛そう。というかすぐ気付けよ、私。保健室だろ、行く場所は。


「おいで」

「は?」

「保健室でしょ。先生、もういないんだよ」


さっき会議だと言ってすれ違った保健の先生を思い出す。何故か頑なに遠慮する日吉くんを押しきって来た廊下を少し戻る。保健室は案の定、鍵がかかっていた。
職員室に、と引き返そうとする日吉くんを呼び止めて、私はドア前の植木鉢を持ち上げる。


「はい、鍵」

「…なんでそんなの知ってるんですか」

「そりゃあ、私、君より一年長くいるからね」


前にここから鍵を取って入る、どこかの運動部の子を見たことがあった。こうして学園の色々なことを知って、分かってくる。そう笑うといつもの怪訝な顔をされたんだけど、ガラッと開けると素直に入っていく。薬品のツンとした匂いがする中で、とりあえず日吉くんに座ってもらって棚から手当ての準備。


「…自分でやるからいいですよ」

「ダメだよ。利き手でしょう」


渋々どかした手の下は擦り傷で滲む。一応傷口は洗ってあるみたいだ、さすが。とりあえず乾燥しないように、と我ながらてきぱきとこなす私もさすが。なんて、自分で言ってしまった暁にはどんな呆れ顔をされるだろう。そんなことを思って言ってしまう前にもう終わってしまった。


「はい、終わり」

「…ありがとうございます」


袖を下ろしている間に片付けをし、鞄を持つ。


「……帰るんですか」

「え、うん。帰るよ」


何か言いたそうな、言いたくなさそうな。そんな微妙な顔をされるとこっちはどうすれば。と、変な時間があったけど日吉くんは何もなかったかのように立ち上がる。ありがとうございます、ともう一度礼をされ扉に向かう。振り向くことなく、すたすたと歩いていってしまうその後ろ姿は、え、なんか怒ってる?なんで。なんて難しい子だと思ってなんとなく呼び掛ける。けど、そのあとの言葉が続かない。無理しないで?頑張って?


「…あの、あれ、ほ、ほどほどに」


ほどほどってなんだよ。日吉くんも思わず吹き出す。というか嘲笑いって感じだ。でも良かった、別に怒っているわけじゃないのか。思えば彼はいつもこんな顔だ。
また明日、と振った手を降ろして下駄箱へ向かう。次はもっと何か気のきいたことを言えるようにしよう。

自然と触れる手と近い距離






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