自分に対する罵倒、それはもう聞き慣れたものだった。補欠とはいえ、試合に出た俺は一年に負けた。その事実は確かなもので、評価にも繋がる。だから陰で言われようが、言われてもしょうがないという結果を、俺は出した。反論などすればそれはただの遠吠えにしか聞こえない。結果で出した評価はこれからの結果でしか出せないと、思っていた。

違ったのはその後に聞こえたあの人の声だった。何を言っているのか分からないほどの距離、それでもあの人の声は、聞き間違えない。普段のあの人ならば、誰かの言葉に対して反論するなどとは考えられない。面倒くさいから、面白くないから、あの人の基準はだいたいそれだった。自分からは決して首を突っ込まないはずなのに、という疑問のまま角を曲がると同時に聞こえてきた鈍い音と共に目に入ってきたのは座り込んだあの人だった。まさか、殴られたのか?


「やあ、日吉くん」


顔を上げたその右頬には既に赤く、少し腫れた痕がある。眩しそうに細めた目もうっすら潤んでいるように見えた。殴られたのか、俺の、せいで。どうすればいいのかも分からないのに、あの人はいつもの、まるで他人事のような口調ぶりだった。
あの月曜日から初めて会ったというのに、昨日も俺のせいで巻き込まれたというのに、それはいつものあの人で。何故そんなに構うのか、煮え切らないあの人の態度に苛立ちさえ覚える。にも関わらず、それでも一緒にいたいとさえ、思ってしまう。離れようと、もう、嫌われてしまえとさえ、思ったというのに。もう何もかもが分からない。
この人の笑った顔はいつも同じだ。感情を出さないような作られた笑顔は、あまり好きではない。それでも、そんなにも痛々しいのに、いつもの笑った顔を綺麗だと思ってしまった。
伸ばされた細く長い指先が少し顔に触れただけで、身体がはねる。


「……バイバイ、日吉くん」


掴まえられないほど、ではない。掴めそうで掴めないわけでもない。あの人は、いつでも掴める距離にいるにもかかわらず、すり抜けるわけでもなく。

なのになぜか、いつも遠い。





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