『傷』
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 雪男による終了の号令を聞き、晄はペンを置いてプリントを隣に座るしえみに渡した。


「(さて。適当な時を見計らって、他の子たちが入った後に風呂に行こうかな)」


 そう考えた彼女はしえみに「ちょっと風にあたってくるから先にお風呂行ってて」と告げると、誰よりも早く部屋の外に出る。自販機の元に向かうと、小銭を入れ水のボタンを押した。ガタン、という音と共に落ちてきた水のペットボトルを屈んで取ると、元居た部屋の方へと踵を返して歩き始める。
 自分の『アレ』の事もあるし、他の女の子たちと一緒にお風呂に入ることはできない。朴ちゃんには申し訳ないけれど、神木ちゃんとしえみちゃんに関しては朴ちゃんにお任せするとしよう。

 自販機から『勉強部屋』として使用している部屋までの距離はそこまで遠いわけではない。あっという間に元居た部屋に到着すると、志摩の雪男に対する言葉が聞こえてくる。どうやら晄が戻って来たことには気づかなかったようで、女子風呂を覗く件について志摩は雪男に誘いをかけ続けていた。


「教師いうたってアンタ結局高1やろ? 無理しなはんな?」
「僕は無謀な冒険はしない主義なんで」
「燐くんが、雪男くんはむっつりだって言ってたなあ」
「「「「!!??!?」」」」


 雪男と志摩だけでなく、その場にいた勝呂と子猫丸まで目を大きく見開いて晄の方を振り返った。他の女子生徒たちが既に風呂に向かっていたため完全に性の側面も含めた『男子トーク』に突入していたところに、急に女子が混じればそのような反応になるのも当然のことだった。
 雪男はわなわなと震え眼鏡のブリッジをカチャカチャと何度も押し上げながら問いかける。


「に、兄さんが一体いつそんなことを!?」
「あー……君らんとこで暮らしてた時だよ。燐くんが『雪男のお宝はどこにあるか知らないんだよなあ、むっつりだからさ』って。彼のは『俺は隠したりなんかしないぜ!』とか言ってグラビア見せてくれたけど」
「何をやってるんだ兄さんはっ!!!」
「ちょ、ちょお待ってくれはります? 一緒に暮らしてはったんですか?」
「両親が悪魔に殺された時に、雪男くんのところの修道院に保護されてね。半年ぐらい」
「道理で奥村ときょうだい同然言うとったんか……」


 勝呂がそう呟くと、ぽかんと呆気にとられていた志摩は一瞬眉間に皺を寄せた後に、口元をひくりと引きつらせると呟いた。


「こない美少女と一緒に暮らしはったら、邪な気持ち絶対生まれるやろ。もしかして既に晄ちゃんの裸見たことあるんとちゃいます? 無謀な冒険はせんくても、既にリターンの大きい冒険しはったんとちゃいます?」
「志摩さん、流石に失礼が過ぎます!」
「せやかて子猫さん! 俺らはそんな甘酸っぱい記憶あらへんやないですかあ!」
「流石に煩悩にまみれ過ぎや志摩!」
「「裸……」」


 雪男と晄は呟くと、互いをじっと見つめた。そして少し頬を染めると、2人揃って視線を逸らす。そんな反応を見ていた志摩を含めた3人は、ぽかんと口を開けた。そして志摩と勝呂が声を揃えて叫ぶ。


「「見たんか!!!」」
「ち、違います! 治療で致し方無く!」
「治療ぅ?」
「雪男くんの言う通りだよ。怪我の治療で雪男くんには裸を見せたことはあるけど、全身じゃない!」
「酷い! 酷いで! 俺ら側やと思うとったんに!」
「誤解だ!」


 思わず叫んだ雪男は、その時志摩の後ろポケットから飛び出しているピンクのたぬきのストラップに気づいて目を瞠る。


「志摩君。そのストラップ……」
「ん?」
「あ、いや……。……晄さんとお揃いなんですね」
「ああ、せやで。女の子との話題作りに使えるストラップとして選んでもろたんや。あ、聞いてえな晄ちゃん! この間このストラップ起点で新しい女の子とお話できたで」
「ほら、私が言った通りじゃない。誰、一度でも不細工なたぬきって言ったの」
「堪忍。許したってfavorite
「えー、結構根に持つタイプだよ私」
「笑いながら言うたって説得力ないでー」


 親しげに話す晄と志摩に、雪男はぽかんと口を開けた後に、唇を噛み締めながら誰にも気づかれないように右手を握りしめる。そして何かを言いたげに口を開いた、次の瞬間だった。
 遠くの方から女性2名の叫び声が聞こえてくる。晄は瞬時にそれがしえみのものではないことに気づくと、部屋に立てかけられていたハードケースを掴み、雪男の後を追うようにして部屋を飛び出した。雪男はそんな彼女に気づくと、足を止めることなく声を荒げる。


「何で来たんだ、危険だ!」
「神木ちゃんには嫌われてるけど、私はあの子のことは嫌いじゃないからね! 大丈夫、自衛はする!」
「っ……必ず距離を取るように! いいですね!」
「もちろん!」


 そう言いながら女子風呂に飛び込んだ2人の視界に、(グール)が燐に馬乗りになっている光景が入る。一瞬横目で視線を交えると、2人はそれぞれ別行動をとった。雪男は燐の方へ、そして晄は横になっている朴とその隣で座り込んでいるしえみの元へと向かう。先程の一瞬で、2人が言葉も交わさずに互いが何をするかを打ち合わせた結果であった。


「朴ちゃん、しえみちゃん!」
「あ、晄さん……」


 朴の身体には、部分部分にアロエが貼られていた。晄は目を丸くする。恐らく(グール)の体液を彼女が被ってしまったことへの対処だろうが、こんな新鮮なアロエをどこから。その時、「ニー!」と声が聞こえてくる。晄がその方向を見ると、そこには小さな緑男(グリーンマン)の幼生が両腕を大きく広げて立っていた。ニーちゃんと呼んでいたっけ……しえみちゃんは。
 しかし、なるほど。晄はしえみに向かって微笑んだ。


「君、凄いね」
「え」
「頑張ったね。適切だ」


 大きく目を見開いて固まるしえみに微笑むと、晄は立ち上がり雪男に話しかける。


「雪男くん。こっちは大丈夫だけど、そっちは平気?」
「……平気というわけではありませんね。逃げられました」
「そか。燐くんは? 怪我してない?」
「……なんともねえ」
「そう」


 にこやかに答えると、晄は顎に手を当てた。そして静かに考え込む。


「(どうしてここに悪魔が。ここには私が居るから、結界が張られているはず。それを突破できるほどの強力な悪魔なのか、それとも……外敵では、ない?)」





 女子風呂が(グール)の襲撃を受けたため、塾生たちは男子風呂を時間で区切って使用することとなった。治療を受けている朴を除き、しえみと出雲が先に入り、男子組が入る。男子組の中の最後の入浴者である雪男は、風呂から上がると晄の部屋に向かった。
 扉をノックしようと手を伸ばすと、楽しそうな笑い声が2人分聞こえてくる。しえみと晄のものであることに気づき目を丸くしながら、雪男は扉をノックした。


「どうぞー」


 晄の声が聞こえ、雪男は扉を開ける。すると、そこでは晄のベッドの上で2人がトランプゲームをしていた。しえみは雪男を見て目を見開く。


「雪ちゃん!?」
「こんばんは。一体何を?」
「神経衰弱。しえみちゃん、トランプ初心者らしいからね」
「雪ちゃん雪ちゃん、すっごく楽しいよ! お友達と一緒に遊ぶのってこんなに楽しいんだね! 2人目の友達が晄さんでよかった!」


 目を輝かせて言うしえみに微笑んだ雪男は、晄に視線を移す。


「こんなタイミングに申し訳ありませんが、お風呂が空いたので」
「ああ、ありがとう雪男くん。ごめんね、しえみちゃん。お風呂入ってくるね」
「う、うん!」


 頷くしえみに微笑むと、「なんだったらトランプで遊んでいてもいいよ」と告げると風呂セットを持って雪男と共に部屋を出た。晄はしえみに向けていた笑みを消し、真剣な表情で雪男に話しかける。


「さっきの(グール)……学園の結界をすり抜けて来たの? 私も、日中ここに私用の結界を追加で張ったつもりだったんだけど……それすらも?」
「……そう、なりますね」
「ふうん。そっか」
「しかし、護衛を付けずに大丈夫ですか? ここは修道院とは違うでしょう」
「大丈夫だと思うよ。一応ハンドガン持ったから」
「わかりました。何かあったら呼んでくださいね」
「うん、わかってる。じゃあまた明日」
「ええ、また明日」


 そう言って別れると、晄は1人で風呂場方向に向かった。


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