勉強会
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 入塾並びに入学からひと月が経ち。
 自室の机で祓魔塾で実施された小テストと学園の方で実施された小テストを並べてじっと見つめながら、晄は深い溜息をついた。そして頭を抱えると呟く。


「どうしよう……」


 小さな声で呟いた後、晄は「うう」と呟くとスマホを取り出した。そして電話帳を開く。うーん。『奥村雪男』……は、忙しそうだから迷惑を掛けられないし、この状況を悟られたくない。『奥村燐』……は、論外。晄はスクロールすると共に現れる名前をじっと見つめる。『神木出雲』『志摩廉造』『勝呂竜士』『宝ねむ』『朴朔子』『フェレス卿』『南十字男子修道院』『三輪子猫丸』『杜山さんの家』『山田くん』……。
 スマホを机に軽く放ると、ピンクのたぬきのマスコットが跳ねる。それを見つめた後、晄は天井を見上げて呻いた。


「見事に塾生ばっか……」


 おかしい。これはおかしい。いくら私だって、当たり障りのない会話をする女友達はいる。もちろん塾生以外で。それなのに連絡先を聞けていない。
 こうなったら。仕方がない。腹をくくるか。
 晄はスマホを再び手にとると、履歴の一番上に居る番号に電話を掛ける。


『おばんどすー、志摩さんどすえー。晄ちゃんどないしたん?』
「……そうだよね、君が一番上だったんだよね……」
『え、ほんまにどないしはったん? 声落ち込んでるみたいやけど』
「恥を忍んで聞くよ、志摩くん」
『え、何々? 志摩さんのタイプは、』
「そんなどうでもいいことは置いといて」
『どうでもいいて酷ない?』
「勝呂くんって特進科だったよね?」
『……えっ』





 翌日の休み時間。晄は特進科クラスの前にいた。晄は緊張した面持ちで中を覗き込む。うわあ、やっぱりみんな頭良さそう。そんな事を考えながら、晄は目的の人物を見つけ唇を噛む。
 さて。私は嫌われているんだろうけれど、志摩くんは「へーきへーき、坊は面倒見良いさかい、晄ちゃんの頼みも聞いてくれると思うで」と言っていた。志摩くんを信じるしかない。あっ。でも雪男くんもいる。バレないようにしないと。
 晄は近くに居た生徒に声を掛ける。


「あ、あの」
「?」
「えっと、勝呂くん、呼んでもらえますか」


 声を掛けられた男子生徒は、目を丸くした後に大声で勝呂に向かって叫ぶ。


「勝呂! 女子が告白しに来てる!」
「ちがっ」


 途端にクラスの中が茶化すように盛り上がり、勝呂は驚いたように目を丸くする。本を読んでいた雪男も、騒ぎにドアの方を見た。そんな彼の視線に捕まらないようにドアの陰に隠れながら、晄は一人の足音が近づいてくるのに気付く。
 勝呂が教室のドアから出てくると、晄は小さな声で彼に話しかけた。


「勝呂くん、ごめん本当にそういうんじゃないのに、ただ用があるだけなのに」
「天沢……さん? ……奥村先生に用があるんとちゃうんか」
「用があるのは君の方なんだ。あとなるべく雪男くんに気づかれたくない」
「? なんや、喧嘩でもしよったんか」
「違うんだけど……とりあえず、今日のお昼休みに話せないかな? 奢るよ。た、ただ、志摩くんと三輪くんは無しでお願い!」


 両手を合わせて頼み込む晄に、勝呂は少し頬を赤らめながら答えた。


「ま、まあええよ」
「ありがとう! じゃあ食堂で!」
「お、おん」


 勝呂がそう答えると共に予鈴が鳴る。晄は「じゃあまたね」と勝呂に告げると、自分の教室に戻っていった。
 勝呂も教室に戻ると、冷やかしの声がかかる。勝呂がそういうのではないと否定する様子を、雪男はじっと見ていた。





「で、何や用て」


 昼休みの学食。2人で一番安い定食を注文しテーブルに向かい合うようにして座ると、勝呂が晄に問いかける。彼女は躊躇うように視線を彷徨わせると、覚悟を決めて口を開いた。


「君って暗記得意だよね」
「?」
「聖書・教典暗唱術、教えてほしいんだ!」


 驚いてぽかんと口を開けた勝呂は、困惑をその表情に浮かべて応えた。


「いや、奥村先生でええやん」
「ダメなんだよ、雪男くんじゃ……。最近、なんだか忙しそうだし。雪男くんに頼らないようにならなきゃと思ってね。あと雪男くんにバレたくなくて」
「なんでや」
「……最近、塾の方の勉強ばっかりになっちゃってね……」


 晄がそう話し始めたその時、勝呂は食堂の入り口に雪男の姿を見つける。勝呂は思わず狼狽えながら「天沢」と呼びかけるが、彼女は気づかずに話し続けた。


「悪魔薬学とかは既に学んでいたエリアだから良いんだけど、暗記系は完全に憶えなきゃいけないじゃない?」


 どんどんこちらに近づいてくる雪男に、勝呂は思わず冷や汗を流す。どうして自分がこんなに焦らなくてはいけないんだ。何も悪い事をしていないのに。まるで浮気が見つかりそうになっている気分だ。そう思いながら勝呂は口元を引きつらせて再び「天沢」と呼びかけるが、彼女は話し続けた。


「それで最近、暗記に躍起になってたら……普段の学校の成績が……」
「へえ、普通の学校の成績がどうしたんです?」
「こ、この間の小テストの結果が、雪男くんには言い辛いほど悪く……」
「へえ。どんな?」
「50て―――えっ」


 その時、ようやく話している相手が勝呂ではないことに気づいた晄は驚きの声を上げた。そして表情を引きつらせている勝呂を見た後に、彼の視線の先を追ってゆっくりと振り返る。
 いつの間にか彼女の背後に立っていた雪男は、額に青筋を浮かべながら復唱する。


「……へえ、50点」
「ゆ、雪男くん……」


 冷や汗を流しながら晄は思わず名前を呼ぶ。そしてゆっくりと勝呂に視線を戻し、視線だけで『助けて、勝呂くん』と訴えた。
 勝呂は額に手を当て深い溜息をつくと、雪男に話しかける。


「ま、まあ、奥村先生。とりあえず話だけでも」
「……ええ、そうですね」
「というか、気づいてはったんですか? まさか、教室に来た時から?」
「……まあ、彼女はこの容姿なので目立ちますし」


 そう言いながら晄の隣に座った雪男は、自分の前にトレーを置いた。晄は目を丸くする。自分たちと同じ、この食堂内で一番安い定食だ。


「私たちと同じで一番安いやつじゃない。雪男くんの稼ぎならもう少し高いの行けるでしょ?」
「兄さんが生活費使い切った時のことも考えておかなければならないので、節約は必須なんです」
「(おかんか)」
「お母さんなの?」
「次の悪魔薬学の授業の時は晄さんだけをあてるようにしましょうかね」
「うそうそうそ、冗談だって」


 慌てて言う彼女に、雪男は深い溜息をついた。勝呂は少し唖然としながら2人を見る。その時、晄が勝呂の方を見た。


「ええと、それで話を戻すと……勝呂くんに暗記の仕方を教えてほしくてね。私は祓魔塾の方に力を入れたいけど、普段の授業を疎かにしちゃうとダメだし。それで、暗記の仕方を教えてもらえれば、と」
「……なるほど」
「勝呂君。ここで口を出すのもどうかとは思いますが、僕からもお願いします」
「「えっ」」


 勝呂と晄は声を揃えて驚きの声を上げる。そして雪男に視線を向けた。彼は言葉を続ける。


「僕も最近忙しくて。兄さんの勉強を見るついでに晄さんの勉強を見ることはもちろん問題ないのですが、兄さんと晄さんではレベルが違う。晄さんのレベルに合わせれば兄さんは確実についてこれませんし、兄さんのレベルに合わせれば晄さんには簡単すぎる」
「……そうやろな」


 先日の悪魔薬学の小テストの結果を思い出しながら勝呂は呟く。彼女は80点程度取れていた。一桁の点数しか取れていなかったあの奥村燐と彼女とでは、絶対にレベルが違う。
 しかし。勝呂は晄に視線を向ける。


「俺はええけど、天沢さんは俺でええんか?」
「もちろんだよ!」
「ほうか……」


 祓魔塾の教師と、自己犠牲の姿勢は気に入らないが真面目に塾に取り組んでいる同級生。2人から見つめられ、勝呂は悩んだ後に了承を出した。


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