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禁断の箱の中に、たった一つだけ残されたものがある。それは有名なお話。


→箱の中に残るそれ




月明かりを背にベッドに横たわる彼をみる。
いつもの、凛とした一種の気をまとっているその姿は、今は何処にも見当たらない。

代わりにそこにいるのは苦しげにシーツを握る弱々しい少年がひとりきり。
いつも寄っている眉間のしわをさらに寄せて、月明かりの下に蒼白い顔を覗かせる。酸素を求めて開いた口からは荒い息が漏れ、背を曲げ、ただひたすらに苦しみから逃れようとしていた。

額に手を伸ばし、貼りついた髪をはらうと彼が身じろいだ。

「ぅ……あ…、……リー…オ?」
「うん、僕だよエリオット。またうなされてたみたいだけど…」

ゆっくりと持ち上げられた銀の睫毛の下で明るい青が揺れる。

「例の夢?」
「ああ…"また"だ…」

息を吐いて呼吸を整え、腕を目に押し当てた。隠されなかった口が歪んだ。

「なんで、こんな夢なんか…」
「…とにかく少し休んだらまた寝なよ。僕がここにいるから。水をもってきたけど、いる?」

いやいい、というエリオットの返答を聞いてから、サイドテーブルに備え付けられている椅子を彼のベッド前まで引っ張り出して座る。

「悪いな」
「いいよ謝まらなくて、僕がやりたいからやっているだけだし。それに僕は君の従者でしょ、当たり前だよ」

そういうと、エリオットが腕を目から離してこちらを凝視した。

「……お前、従者の自覚なんてあったのか」
「ないと思ってたの?心外だなぁ」

エリオットは黙って息を吐き出した。しばらくの沈黙、けれども彼が目を瞑る気配はない。

「不安なら手でも握ってようか?」
「…馬鹿いえ、そんなのいらねーよ」

そう?と首を竦める僕をじとりと横目でみてから、ふいに真剣な様子で天井を見つめ直した。

「……何故、こんな夢を何度もみるんだろうな……」

毎夜彼が見る夢。それは建物が燃えて、人が死んでいるその中で、血で染まった剣を片手に彼が立っている………そんな夢。

「………さぁ?僕には夢のことまではわからないよ。でも、気にしすぎは体に良くない、最近また眠れてないんでしょ?」
「ああ…」
「じゃあ眠らなくちゃ、ね?」

僕が改めて寝ることを勧めると、エリオットは天井から目を離して、こちらをまっすぐに見つめてきた。なにと訪ねたいのに上手く言葉にならずに黙ってしまう。

「…リーオお前、どうかしたのか?」

気遣わしげな声色と視線。呆れた、こんな時にどうして自分じゃなくて僕の心配なんてするんだ。今明らかに大変なのはエリオットの方なのに。お前はそれでも俺の従者かと連呼するわりに、自分が主だということを忘れているんじゃないのか。全く、人のことなんて言えないじゃないか。

「どうかって、どうもしないよ。どうかしてるのは寝不足のエリオットの方なんだから、わけわかんないこという前に寝ちゃえって言ってるの、わかんないかなぁ」
「でも……いや…そうだな悪かった、もう寝る」

なんだか歯切れが悪いが寝る決心をしてくれたみたいだ。再び仰向けになるとベッドシーツを引っ張り上げながら

「…俺が寝るまでそこにいろよ」

といった。怖いもの知らずで意地を張りがちなエリオットだが、この夢に関してだけは弱々しい姿をみせることが多い。それはこの夢がいかに彼を苦しめているかの証明の一つになった。

「もちろんだよ、エリオット」

僕は彼が安心出来るように、いつもよりも一層優しい声で返事をする。そう、君は安心して眠っていいんだ。


暫くすると、目を瞑った彼から規則正しい寝息が聴こえ始めた。一度、夢をみるとなかなか寝付けない彼にしては、それは珍しいことだった。だがそれは、疲労がかなりのものであること、あるいはここ最近眠れていなかったことを暗に語っている。本当に、こんな状態で人の心配なんてどうかしている。
椅子から立ち上がりベッドシーツを整える。見つめた顔は疲労のせいでいつもより青ざめてみえ、しかし表情は幾分か安らかだった。
それが逆に僕の心をざわつかせる。手が震えるのがわかる、鼓動が早くなる。
彼の胸に震える手を置くと、静かに、けれど確かに幾重に重なる布越しに僕の手に鼓動が伝わった。そうしてようやく安心することが出来た。

ゆっくりとベッドから離れ自分の寝室へと移動する。寝間着に着替えるのが億劫で、眼鏡を枕の横に置きそのままベッドに潜ると、スプリングが控えめな悲鳴を上げ少し体が沈んだのがわかった。不可能だとわかっていながらこのままずっとずっと沈んでしまわないかな、なんて思った。

彼はああして毎夜夢を見る。酷い悪夢をそれこそ眠れなくなるくらいに。

僕のせいで、

幾度も幾度も繰り返し同じ悪夢にうなされるんだ。そして僕は何食わぬ顔で「また例の夢?」と訪ねるのだろう。

良かった。

シーツを引き寄せて頭までくるまると、月の光が弱まった。

…僕のせいで夢を見る彼。悪夢にうなされ苦しむ彼。そして泣きそうになる僕はそれを知りながら知らないふりを続けている。その姿は我ながら本当に滑稽だ。けれども。

良かった。

そう思いながら目を閉じる。光が消える、だけどまだ残る僕の光。




彼は、 生きてる











■―――――――――――
7巻よくみたらエリーとリーオ同室だった、やっちまったッ!この夢、エリオットが記憶を思い出そうとしてたってことなんですよねきっと。フィリップ達がそういうことなかったことを考えると辛い記憶でさえ無意識にもかかわらず思い出そうとするのは、何とも彼らしいとは思うけれど…エリオット…っ(泣)リーオはエリーありきな気がする…世界への向き合い方とかね。暗いのやだよぉ、明るいのがいいよぉ(とか言いながら何故これ書いたかというと、互いに心配しちゃう二人と最後の一文を書きたかったからなんです)



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