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ぷっすりとおでこ一面に針の刺さった姿はギャグにしか見えなかった。
何が起こったのか獄寺はしばらく理解できなかった。
人間針山としか表現しようのない、あまりに非現実的すぎる光景。
ぼんやりとそれを眺めていると、程なくしてプヒャーッと間抜けな音を立てて針のお尻から噴水のように赤い液体が迸り、野次馬二人は白目をむいてどさりと倒れた。
「なっ」
ここでようやく我に返った獄寺は思わずぎょっとして半歩下がる。
今、何が起こった。
口元から舌と涎をだらしなくでろでろ垂らして倒れている男たちの額には、無数の針が屹立した状態で突き刺さっている。彼らの血液は傷口からではなく針の一端から止まる様子もなく流れ出続けていた。まるで蛇口を捻ったように。
ニードルナイフ、の針バージョン。惨烈な武器だ。中心が空洞、つまりストローの構造をしていて、人体に突き刺せば、筒を通して中の体液を半永久的に溢れさせる。先端は簡単には抜けない仕組みになっているからそうなると普通の傷より止血が格段に難しくなる。比喩でも何でもない、純粋な意味での、血を沢山流させるための武器だ。
獄寺にはそこまで察しがつかなかった。だが、本能的にあれはまずいと感じた。あれをまともに食らったら死ぬ。そこまで考えても何も過ぎたるを覚えなかった。
あんなものを、それもあの量を、瞬く隙の極々短い時間に、どうやって刺した?
「て……てめー何しやがった!!」
「いそぐよ……めんどい。」
千種は両の手をズボンのポケットにしまっていた。
さっき眼鏡の位置を正した後、いったいいつ戻したのか。
若干膨らんだポケットの中で千種の手がゴソと蠢く。
獄寺はさらに半身を引いた。ぞく、と、らしくもなく背骨の芯が冷える。
「ッ」
千種が僅かに右腕を引いた瞬間、獄寺は反射で横方向へ跳んだ。
隣を何かが猛烈なスピードで通り過ぎる。
かわした、そう獄寺が安堵した直後だった。
「!」
ぴり、と頬に痺れるような感覚。
風が触れると強張ったそこにひやりと沁みる。
薄く開いた傷口からは小さな血の雫が垂れていた。
「ちっ」
獄寺は手の甲で頬を拭う。
ぬるりとした触感に苛立ちが募る。
真正面から攻撃の瞬間を見たというのに、獄寺には相手が何をしたのか全く分からなかった。
武器が飛び道具であることは状況からして間違いない。しかし、投げナイフやダガーでないのは先程の男二人のやられ方を見ればわかるし、改造銃の類ならサイレンサー(※消音器)をつけたにしたって静かすぎる。
相手の攻撃手段が分からないことにはどうしようもない。
獄寺はすっと左足を一歩後ろへ下げ、それを軸にしてくるりと後ろを向くと一目散に駆け出した。
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