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「いだだだ……とんでもねーかわい子ちゃんだぜ。」
 ようやくまともに身動き出来るようになり、シャマルは痛む頭を抑えて独りごちた。
 体感時間で二十分近くは確実に経過している。時計を確認すれば、魅せ屋と遭遇してから三十分以上の経過。とても動ける状態ではなかったとはいえ、これだけの時間ロスは手痛い。
 あれだけいたトンボは魅せ屋の気配が遠のくにつれ、一匹また一匹と何処へともなく消えていった。幻覚だったのか、あるいは何らかの不思議な術だったのかは分からないが、ともかく可愛い相棒はすぐにケースへ戻らせたおかげで無事だ。今一度ケースの中を確認し、元気そうなのを見てほっと息を吐く。
 未だに頭がガンガンするし吐き気も酷いし、過去最悪の二日酔いと同じくらいの辛さだ。幻術を初めて食らったヒヨっ子でもあるまいにこの有様。
 あれが、魅せ屋。
 アルコバレーノにすら引けを取らないと言われる、裏社会最高と名高い術士。ただその目で睨んだだけで数多の敵を捩じ伏せ、標的を葬ってきたとは聞いていたが……比喩でも何でも無く、本当に言葉通りの力だとは。
 あれでも、加減してくれていたのだろう。
 何故ならシャマルは、少なくとも自覚出来る限りでは臓器のひとつも破壊されていないし、精神も至って正常に働かせられている。
 もし、彼女が明確な敵意を持って攻撃をしてきていれば。
 脳を直接破壊されるようなあの感覚は、感覚だけで収まってはいなかったはずだ。
「さて、と。あのコはどこに行っちゃったのかなーっと。」
 意地でもふらつかず、シャマルは立ち上がると探索を再開する。
 二度目は無いかもしれない。
 それでも放っておくという選択肢はなかった。
 魅せ屋がどんな仕事をする人物なのかはあまりよく知らない。暗殺だの諜報だの手広くやっているらしいと噂で聞いた程度だ。有名人だが何せ術士である。術士の世界とは基本的に、術士以外には理解できない世界となっている。まさかボンゴレ抹殺などというケチな仕事はないだろうが、警戒すべき対象なのは明白だ。
 異常事態だ。この平和な街に現れていいはずがないものたちが、続々と集結しつつある。
 前触れなくやって来た脱獄犯。裏社会の基準で見ても凶悪な者たちによって一般人を巻き込み起こされた大事件。表舞台に引き摺り出されたボンゴレ。そして魅せ屋。
 引き金を引いたのは、どう考えてもあの何でも屋だ。
「何でも屋『黒猫』、か……。」
 歩きながらその名を呟いて目を細める。
 金色の双眸。オレンジの刻印。恐ろしく高い殺戮能力を持つ、正真正銘の化け物。
 細めていた眼が、知らず遠い目になる。
 どうしてリボーンはあれが並盛に来ることを許したのだろう。
 思えば最初から、何から何まで奇妙な事だった。まさか悪魔だ死神だと散々好き勝手噂してきた相手に、シャマル先生、なんて呼ばれる日が来ようとは。何の因果か日本の中学校なんていうお互い最も縁遠そうな場所で、昼日中から何食わぬ顔で挨拶を交わす仲になるだなんて、半年前まで想像だにしていなかった。並中の廊下で初めて出会した時などは危うく叫び出しそうになったものだ。
 何の気なしに廊下を曲がって、あの刻印が視界に飛び込んできたときなど……
「んなっ……!!?」
「……Dr.シャマルか。」
 反射で十歩ぐらい後退した。シャマルに非は無い。目の前に前触れなくあの『黒猫』が現れたら、裏社会の人間なら誰だってそうなる。いったいなんなんだ。呼んだら湧くのかこの化け物は。
 ここで出会したのは向こうにとっても完全に偶然だったのか、何でも屋は無礼千万なシャマルの反応にも驚くことなく、取り敢えずシャマルには何の用も無さそうな顔をしている。
「おま、おまえ、今まで何処に、何して、いやそれより、」
 何でここに。やっぱり事件に関係していたのか。主犯格とはどういう繋がりだ。どうしていきなりいなくなった。というかその怪我はどうした。
 駄目だ、混乱しすぎて考えが纏まらない。
 しかしこれだけはハッキリ聞いておかなければ。
「ボンゴレのボーズどもには会ったのか?」
 何でも屋が無言のままピクリと反応する。
「……」
 そのまま返答は無い。
 会っていないらしい。
 無表情の何でも屋に、シャマルは盛大に顔をしかめる。
「……オレは、おまえにどんな事情があるのかは知らねえし、深く首突っ込むつもりもねーけどな、それでも顔ぐらいは見せて来い。滅茶苦茶探してたぞ、アイツら。」
 特にリボーンだ。
 この化け物相手に人として云々とか、面倒な説教などするつもりも無いし、というかそんなこと出来るほど自分だって立派な人間でもないが。
 でもこのままではあんまりだ。あんまりにも浮かばれない。
 何でも屋はしばらく黙っていたが、やがて耐えかねたようにポツリと言った。
「もう、皆に嘘をつくのは嫌なんだ。」
 相変わらず、何を考えているのか分からない無表情。
 だが本心だと直感した。
 だからこそ眉を寄せる。
「ムシのいい話だな。何も話さず黙ってさえいりゃあ嘘にはならねーってか?」
 一番不誠実だ。
 何でも屋はバツが悪そうにしている。
 ため息が出た。化け物相手に。そんな自分にも同様に息を吐きたくなる。
 何でも屋がシャマルを見上げる。
 ドキリとした。
 金色の目はあまりにも真っ直ぐだった。
「今は全部を明かすことは出来ない。口を開いたら嘘になる。それでも俺は、この戦いを最後までやり通したい。あいつと、六道骸と、ちゃんとケリをつけたいんだよ。」
 シャマルは、この何でも屋のことは何も知らない。
 その因縁も、過去も、何を成してきたのかも、何を成そうとしているのかも、何を思って並盛中学校で中学生として暮らし、子供のように同級生と笑い合っていたのかも。
 何も知らない。この何でも屋が化け物であるということ以外、何も。
 だが今、その覚悟だけは、痛いほどに伝わってきた。
 こんな小さな体で背負うには大きすぎる覚悟が。
「……チッ、ガキンチョが一丁前気取りやがって。」
 思ったより湿った舌打ちが出た。
 疲れたようにガシガシと頭をかき回し、ビッと何でも屋に人差し指を向ける。
「あのな、いっこだけ訊くぞ。魅せ屋が並盛に来てる。さっき屋上にいた。明らかにやべー術を使ってやがった。」
「……魅せ屋が……」
「知らねーとは言わせねえぞ。ヤツがここに現れる心当たり、あるんじゃねーか?」
 金色の目に、動揺は見られない。魅せ屋がこんなところにいると聞いてなお。
 ということはやはり、彼女がここに居ること自体は知っていたということ。何でも屋が魅せ屋を呼んだのか、それとも、魅せ屋が何でも屋を追ってきたのか。裏社会でも特に強い力を持つ者同士、特にこの二人はどちらもフリーランスだ。双方CABには登録していたはずだし、何かのつながりがあったとしても特段不思議はない。その何かが何であるかが問題なだけで。
 何でも屋は落ち着いたまま、しかし深刻そうに、唸るような声を絞り出した。
「シャマル……魅せ屋を見た、って言ったな……」
「……ああ。」
「……よく生きてたな。運がいい。」
 びき、とコメカミが引き攣る。
 このクソガキ。
「あくまでも何も教えねーってワケか……」
「……ごめん。」
「チッ」
 何かを背負った顔で素直に謝られると余計に腹が立つ。今度はちゃんとした舌打ちが出た。
 やめだ。
 馬鹿らしくなってきた。
「まあいいけどよ。何だかよく分っかんねーけど、終わったらちゃんとツラ見せろよ。いいな。」 
 再びビッと指をさす。二度目だが、よく考えたらとんでもない怖いもの知らずだ、あの『黒猫』相手にこんな遠慮も気遅れもなく。
 だが今更コイツを前にしたところで、以前までのような緊張感など到底保てそうになかったのだ。
 何でも屋はシャマルの言葉にきょとんとしている。子供のようにあどけない顔。
 ほらこういうところだ。ちゃんとわかってんのか、コイツ。
「ムカつくけどな、やっぱおめーがいないと、イマイチ女の子たちの元気がねーのよ。並中にとって著しい損失だぞこれは。うん。」
 うんうんと一人うなずく。
 何でも屋は中々見ない感じの顔をしている。何を言ってるんだコイツは大丈夫か、という顔だ。
 こんなに豊かな表情を持っていただなんて、半年前は知らなかった。
 シャマルはその反応を鼻で笑うと、まるで教師が生徒にするかのように、何でも屋『黒猫』の頭にポンと手を置いた。
「クラスメイトを泣かせるなよ、色男。」

 
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