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「やっぱりここにいやがったか。」
 そう呟いたリボーンの視線の先には、灯台にもたれかかって視線を遠くに投げているネロの姿が。
 「トイレに行く」などともっともらしい言い訳をして、どうせまたここに来るのだろうと思って来てみれば案の定だ。
 彼には海に来るたびにその近辺の灯台を訪れ、そこから見える港町をずっと眺め続けるという習慣のようなものがあった。
 あまり詳しくは知らないが、どうやら故郷も港町だったらしく、こうして少しだけその頃の事を思い出しているらしい。
 もっとも彼が故郷にいたのは六年以上も前までだ。実際のところ、彼がその頃の事を覚えているのかは疑問が残る。
「んー……なんか、さ。楽しいときほど、嬉しいときほど、突然、いきなり、嫌なこと思い出すのね。」
「そのたび逃げ回ってたら、埒があかねーぞ。」
「分かってるけどさあ。」
 キビシーなー、なんておどけて言った彼の目はこちらを向かず、ずっと穏やかな波のきらめきを見つめている。
 そんな彼の事を、未練がましい、女々しい、なんて口が裂けても言えない。
 ただそう言って嗤ったのは他でもない彼自身だったのだが。いつだったかは覚えていないけれど、その夕日のような色のまなざしだけはリボーンの目の奥に焼き付いて未だ鮮やかに残っている。
「国が違うと、港の様子も違うんだな。」
「あたりめーだ。ヨーロッパとアジアだからな。」
「だよなー……ちょっと残念。」
 小さくぼやいて、それでも視線は外さずに。
 過去の景色でも見えているのだろうか。
 それとも、もう彼の目にはそれが映る事は無いのだろうか。
「……」
 空を見上げると、大きな入道雲を主人公に綺麗な青空が広がっていた。
 こんな色の目ならば彼の故郷を見る事ができるだろうか。
 昔、彼から聞いたような空色の目なら、それが見てきた景色も眺めることができたのだろうか。
「……さっさと戻るぞ。」
 見たくない。
 弱った彼も、あの七夕の日のような雫も。
 笑っていればいい。
 まだまだ未熟な生徒達と一緒に、子供みたいにずっと笑っていてくれればいい。
「もーちょっとだけ……。」
 応えたネロの眼はまだ遠くにあった。
 溜息をついてその横に座るリボーン。
 やはりこの家庭教師は一流だ。
 厳しいだけじゃない……こんな時はいつも、優しい。
 ずるずると、ずり落ちるように座り込むネロ。
「……悪いな、こんな時だけ、甘えちまってさ。」
「気にすんな。オレの偉大さは分かってんだろ。」
「フフッ。ああ、イヤってくらいよく分かってるよ……先生。」
 活気があるような無いような、そんな中途半端に栄えた海と街の様子を二人でぼんやりと眺める。
 視線を横にずらせば二つの影がたんこぶ岩の裏側に消えて行くのが見えた。
 あの黒髪は、きっと野球大好き山本だろう。この調子なら何事も無く進めば容易に勝てそうだ。
 砂浜の方を見れば、一生懸命山本を応援する皆の姿。
「あいつらにも、“あの事”話しとこうかな。これ以上心配させちまうわけにもいかねえし。」
「相手は選んだ方がいいぞ。京子やハルは信じちまいそうだからな。」
「ああ。あとはツナも面と向かって話したら意外と信じそうだよな。感覚とかもうかなり麻痺してるだろうし。ま、思った通り恭弥さんは全然信じてくれなかったけどな。」
 顔を見合わせて、いたずらっ子のような笑みをニヤリと浮かべるリボーンとネロ。
 しかし金色の目に浮かぶのは、隠しきれない寂しげな彩。
 過去をかたくなに隠すのよりも、いっそ嘘をついて呆れられるのよりも……
 本当にあった真実を、あたかも嘘のように、冗談のように話して、相手に信じさせない事の方が……ずっとつらい。
「独りで抱えてんじゃねえ。お前にそんなこと教えた覚えはねーぞ。」
「そんな事言ったって、先生はいっつも肝心なトコロに限って教えてくれなかったもんなぁ。」
 苦情を言って空を見上げるネロ。
 困ったように眉を寄せているリボーンに気付いて、笑いかける。
「なあ、先生。」
「何だ?」
「俺……あの日から、変わったか?」
 問いかけてからつらそうに笑い、答えを待つように前を見据える金色。
 彼は変わりたかったのだろうか。この五年と少しの間、本当に彼はずっと変わりたいと思ってきたのだろうか。
 それとも。
 待っていたかったのだろうか。
 行方不明の友達を。
 そして、記憶の切れ端で和やかに笑い続ける、もう年をとる事の無い家族を。
 彼らを待つために、あの七夕の日のままで止まっていたかったのだろうか。
 彼らを置いて自分一人だけがどんどんと先へ進んでいってしまうのが、怖かったのだろうか。
 まるで本当に一人になってしまうようで。
「いや……あんまり変わってねーな。」
 正直に答えた元先生に、元生徒はホッとしたけれど残念そうな……
 そう、まるでどんな顔をすればいいのか分からなくて困ったような、複雑な顔で応えた。
「……ま、そうだろうなぁ。」

 
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