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「なんてスピードだぁ……。」
暴れる風が名残惜しそうに黒髪の彼の走り去った方を向いて砂を飛ばす。スクアーロの呟きもそれに乗って散って行った。
あれほどとは。
本心から、予想外だった。
精々自分たち二人を相手にぎりぎりの五分五分で戦える程度だろうと思っていたのだ、スクアーロは。あんな子供ではいくら強いと言ったってそんなものだろうと。
それなのに……完全に、予想を超えていた。超え過ぎていた。
「…………」
埃が剣に当たる感触が煩わしい。キシキシ鳴るそれを彼は乱暴に一薙ぎした。
ギリリと歯の音を立てる。
もしあの能力の矛先が自分に向いていて、その“爪”がこちらの喉笛を狙っていたなら。
あの何でも屋がそんなことをしたことはただの一度もない。いつも追いかけるのはスクアーロ達。奴は逃げるばかりである。
それでも。もし。
さっきの、あのスピードで、向かってこられたら。
くだらない妄想が体の芯を熱くする。
「あーあ、逃げられちった。またボスに怒られる……」
「ちっ、あの野郎今度会ったらただじゃおかねーぞ!」
怒りのままにぶんぶん刃を振るっているとさすがにベルフェゴールが迷惑そうに距離をとる。
そして輝かしいほど白い歯を惜しげなく見せて、彼はいつもよりなお一層無邪気に笑う。
「うしし、でもやっぱネロってかわいいよなー、あの必死な感じとか。オレますますあいつ欲しくなっちゃったし。」
「手ぇ出したらボスさんにかっ消されるぜぇ。」
「そんな簡単に手なんか出すかよ。オレ王子だぜ? ちょーっとだけ可愛がったら我慢するって。」
忠告虚しく、ベルフェゴールは怪しげな彼独特の笑みをうかべ、安心できる要素が皆無な言葉をすこぶる堂々と述べた。隣でスクアーロがやれやれと言いたげに溜息をつく。扱いの面倒なのは昔からだ。
すぐに彼もまた、凶悪な顔で口を開いた。
どんな手段を使ってでも、あの何でも屋は手に入れる。
そうして、そのあとは。
「そん時はオレも混ぜろぉ。今まで散々世話になったなんでも屋に、延滞料金付きで借りを全部返してやりてーんでなぁ。」
彼はその名の鮫の如く獰猛に口元を笑ませて見せた。
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