パイナッポー日和
12/12

 三年生の昇降口を出たところで、マルは元々縦線の入っていた眉間を限界まで寄せて、そこで待ち受けていた同級生を睨みつけた。
「懲りねーパイナッポーだな、僕の弟に手ェ出しやがったら殺すぞ。」
「開口一番それですか。」
 優雅な立ち姿でマルを待ち伏せていた同級生こと骸は、浮かべていた微笑みを苦笑に変えてマルへ歩み寄った。
 放課後、それなりに人が多い十六時前の昇降口。帰宅する人の流れを無視して近づいた二人に、周辺は細波が立つようにざわついた。
 マルの弟は黒曜中でかなり有名な部類に入る。パッチリした目をキュッと細めて無邪気に笑うその可愛らしさは天使のようだと、学年問わずアイドルみたいな人気なのだ。
 そして兄であるマルも結構有名な部類に入る。阿修羅や般若に例えられる、素材の良さを灰燼かいじんす鬼の形相とガラの悪さは、そんじょそこらの不良など比ぶべくもない。
 同じく学内有名人の骸が初対面のマルに「外堀から埋めるタイプか、死ねヘタレ野郎」と吐き捨てられたのは、別に相手が骸だったからではなく通常運転なのだと、骸はその日のうちに把握していた。マルは弟思いなのだ。明らかに度を越した、という枕詞がつくが。
 弟ではなくそんなマルを気に入ってしまったのだと、骸がとりあえず正直に本人に伝えてみたところ、「なんだ特殊性癖かよ、頭おかしそうだもんな君」という返事をもらった。一週間前のことだ。
「そろそろ僕の好意が伝わってもいいころだと思うんですけどね。」
「そろそろ自覚しろよナッポー頭。そのイかれた頭頂部、どーみてもヤバイ奴だろ君は。」
「じゃあもし髪型を変えたら仲良くしてくれるんですか?」
「は? アタマ沸いてんのか?」
「ヤバイと言うわりに怖いもの知らずですよねぇ君は……。」
 同学年なのだからこれまでの事件のことも色々と耳に入っているだろうに、出会った当初からマルはひるむことなく流れるような口撃を繰り出してくる。
 そんなマルがそろそろ帰りたそうにしているので、骸がマルの行きたい方向を笑顔でふさいでやっていると、全く隠さない音量で舌打ちされた。ちなみに以前は弟をダシに帰ろうとしたので、「弟君は部活があるからいつも君は先に帰るんでしょう?」と返してみたら、「そのフサ引き抜いてパインジュースにしてやろうかストーカー」と罵倒された。
「僕は弟に笑顔で紹介できる人間としか馴れ合いたくねーんだよ。わかったら近寄ってくんなボケ。」
「おや、家族ぐるみの付き合いを考えてくれているなんて嬉しいですね。」
 骸が言葉通り嬉しそうにマルの顔を覗き込むが、対するマルの表情が険しすぎて傍目にはメンチを切り合っているようにしか見えない。
「思い上がるなよナッポー野郎。」
 マルは表情通りの返答をくれた。
「クフフ、まあ別にいいですよ、弟君のことはどうでも。僕が興味あるのは君だけですから。」
 骸は不意をついてマルの頭を撫でにかかる。まるで毛並みのいい猫のような撫で心地。いつまででも触っていたい。
 即座に状況を把握したマルの目が氷を通り越して液体窒素くらいまで冷たくなったが、この予想外に細くて柔らかい髪を撫でるためなら瑣末な犠牲だったと骸は断言できる。
「おい……何してる、六道骸。」
「クフフフ、いつまでも可愛い顔をしているからですよ。」
 ギリギリギリと力の限り眉根を寄せ続けるマルの頬にも手を滑らせ、親指でふにふにと唇を撫でる。
 今日のマルはおとなしい。いい加減腹パンの一つ二つくらい飛んで来てもおかしくなさそうなものなのに。こう抵抗されないと変な気分になる。
 骸がそこそこ本気で理性を崩されそうになっている一方、マルはいつもの形相にどこか苦々しげな色を加えて、ずっと骸を睨み据えていた目を脇にそらした。
「チッ、っとに趣味悪ィな、君は。」
「そんなことはないでしょう。君はとても魅力的な人だと思いますよ。」
 珍しいこともあるものだ、マルが自ら視線を外すとは。骸は首を傾げた。
 マルはクッと口端を歪める。
「魅力的? そりゃ僕の弟に言うべきセリフだろ。」
 初めて見る表情をもっとよく見たくて、頬に添えた手でマルの顔を上向かせる。
 ふてぶてしくもどこか居心地の悪そうなしかめ面。
 キスできそうだ、と見つめていると、的確に思考を読んだらしいマルにとうとう手を払いのけられた。
「そういうところが可愛いんですけどね。」
「あ゛?」
 ギロリといつものようにガンを飛ばされる。
 骸はいつになく穏やかな笑みを浮かべて、払いのけられたばかりの手をマルに差し伸べた。
「……なんだその手は。」
「駅前のショコラテリアで新作が出たみたいです。一緒に行きましょう。」
 ようやく今日の本題だ。随分時間がかかったがその間の会話も楽しかったので何の問題もない。
 マルはなんて可愛いんだろう。骸はしみじみ思う。
「生クリームをふんだんに使った自信作だそうですよ。」
「……クソが。」
「クフフ。」
 好物には簡単につられてしまう意外なお手軽さも、好きなところの一つだ。
 差し出した手を無視して歩き出したマルの背に声をかける。
「手、繋ぎましょうよ。せっかくのデートですし。」
「そのフサ毛で良ければいくらでも引っぱってやるよ。」
 鼻で笑われたが、デートというワードは否定しなくていいのだろうか。骸はもちろん否定しない。
 三歩で追いついたマルの横へ弾むように並ぶ。
 マルはほんの少しだけ、骸でなければ気づかないくらいの、穏やかな笑みを浮かべていた。

     
BACK
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -