ナチュラルでハイな悪癖
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 虹の呪いが解けて早十年。
 さっさと元の体に戻れるかと思いきや、まさかのまさか、本当にもう一度赤ん坊から成長しなおすことになるなんて思っても見なかった。
 今、ようやく体は中学生に上がれるくらい。
 十年たってこれとは眩暈がする。

 夜中の静かな幹部専用居住エリアの一角。
 リボーンが三日ぶりに帰ってきた自室のドアにカードキーをかざすと、歓迎するようにスムーズにドアが開いた。
「おかえりーリボーン、なー、おまえって体はガキだけど性欲も無いのかー?」
 リボーンは迷うことなく懐から銃を取り出して不審者の真横を撃ちぬいた。勘違い無きようハッキリ言うがあれは招かれざる客であって、間違ってもこの部屋の住人ではない。
 サイレンサーもつけていない銃口と、弾がめり込んで跳ね返った鋼鉄の壁から、ほぼ同時にズガンともバゴンともつかない轟音が鳴り響く。
 リボーンとさほど変わらないくらいのサイズの不審者は、純粋にその音に驚いて一瞬目を丸くしたが、リボーンの顔を見るとそのうちまたヘニャリと笑みを浮かべた。
 舌打ちしたリボーンが室内に入ると、何事もなかったかのようにまたスムーズに自動ドアが閉まる。
「……十秒以内に動機と犯行内容を吐いたら五体満足で帰してやる。」
「最初はさー、精神年齢に合わせて熟女好きなのかなーと思ったのよ、でもひょっとしたら体の年齢に合わせてペドなのかもじゃん? なんか昔カテキョーとか言ってお前ガキとつるんでたって言ってたしガゼン心配になってきてさー、まー確かめるにはエロ本探すのが一番かなーって、でもオレのテクをもってしても全然一個も見つかんねーしマジでおまえ性欲吹っ飛んでんのかと」
「十秒以内っつったの聞こえてたか?」
 容赦なくもう一発撃つ。弾はマルのアホ面のすぐ上を通って壁で跳ねたが、勝手にベッドに座り込んだマルは「すげーコントロールだなー」なんてアホ面をさらにアホっぽくしてヘニャヘニャ笑っている。
 この救いようもなく実のないやり取りを何度繰り返しただろう。
  マルは空き巣だ。天才的ピッキングスキルと完璧な証拠隠滅能力を持つ、情報屋か暗殺者でも始めた方がよほど世のためになりそうなくらいの堂々たる空き巣だ。
 早くも一ヶ月は経つだろうか。リボーンが当時仕事用に借りていた部屋が、何故かこの空き巣にいたく気に入られてしまったのがすべての始まりだ。ここで大事なのはこいつが気に入ったのが、リボーンが偶然借りたその物件、ではなく、リボーンの部屋、だったことだ。
 その日以来だ、どこまでも無駄で無意味な来客の応対をリボーンが余儀なくされたのは。何度部屋を借りなおしてもマルは何食わぬ顔でリボーンの帰りを待つようになり、ついにはボンゴレのアジトにまで押しかけてくるようになってしまった。部外者が見つかればよくて尋問わるくて銃殺というアジトの奥深く、この馬鹿は毎度毎度「おかえりー」なんて当たり前のような顔でのたまうのだ。そう、まさしく今さっきみたいに。
「おめーここがボンゴレのアジトって分かってるか? そろそろ死ぬぞ。」
「えーダイジョブだよザルだもん。」
「おいどこの警備がザルだと?」
「ひえぇ」
 銃口でごつごつと額をつつくとマルは普通に痛そうに悲鳴を上げる。こいつは別に空き巣として以外の能力が特段優れているわけでもなく、戦闘能力だって無いに等しいのだ。
 ツナや山本、了平、もしくは京子やハルたち女子チームならまだいい。融通の利かない獄寺、たまにしかいないとはいえ雲雀や、もっとレアな六道骸あたりに見つかりでもしたら最悪だ。こんな色もサイズもモヤシみたいな子供が生きて帰れるわけがない。
「ひえ、いたっ、本気で痛い、ちょ、そろそろやめ、」
「さっさと帰りやがれ。大サービスでそこのドアまでは見送ってやる。」
「やぁ〜だぁ〜! ずっとここにいるぅ〜!」
「可愛くねーんだよクソガキが。」
 赤くなった額へトドメとばかり銃口をぐりぐりめりこませる。
 まったくもって、なんでこんなに懐かれてしまったのか、謎だ。

 ――やはりあの最初の日、撃ち殺すべきだっただろうか。
 仕事道具をごちゃごちゃとつっこんで倉庫にしていたあの部屋には布団さえなかった。
 雨の中を散々ほっつき歩いたのだろう見事な濡れネズミが、頭から被ったタオルケットで体を拭うでもなくフローリングで寝ていた。
 雷の鳴る真夜中だった。
 特に足音を潜ませてもいなかったせいか、遅ればせながら他人の気配に跳び起きたその子供は、立ち上がろうとして見事に足をふらつかせて失敗した。
 敵マフィアの鉄砲玉か、ド素人の殺し屋かと、疑わなかったわけではない。
 しかし白状するなら、毒気を抜かれたのだ。
 とにかく体を拭くように指示してみたら、子供はまるく見開いた目でリボーンをまじまじと見つめて、やがて大人しくもたもたと頭から水気を拭い始めた。
 あまりにもとろくさいから途中から強引に手伝ったのは、深夜の単なる気まぐれだ。

「マル、おまえツナのファミリーにならねーか?」
 悪い癖がついてしまったのかもしれない。リボーンはぼんやりと思う。
 今夜もまたこんな益体のない気まぐれを振りまこうとしている。
 マルは布団に埋めていた顔をもぞもぞと起こして、赤い額とまんまるな二つの目でリボーンを見上げる。
「したらオレ、リボーンの部屋に住み着いてもいい?」
「いいわけねーだろ。」
「ケチ。」
「ちゃんとおまえ用の部屋ぐらい用意させっから、そっちに住めばいいんだ。ボンゴレ十代目は史上かつてねーほどの甘ちゃんだから精々甘えてやりゃいい。」
「やだ。オレ以外に誰も住んでない部屋なんか貰っても意味ない。」
 また顔を埋めてしまったマルは、皺が寄るというのにシーツを力いっぱい握りしめる。
「リボーンが帰ってこない部屋なんか、オレだけで住んでも意味ない。」
 マルの吐く言葉がシーツを通り抜けてマットレスへ吸い込まれていく。
 アジト奥深くのこの部屋の防音は完璧で、そもそも今日はあんなひどい雷雨でもない。
 それでもリボーンはあの日と同じように息を吐いて、マルの小さな頭に毛布を被せて、両手を乗せてぐりぐりと掻きまわした。
「オレのなにがそんなに気に入ったんだおめーは……。」
 ぱ、と毛布を持ち上げると、静電気でライオンのようにマルの髪が起き上がる。なんとも間抜けな姿だ。
 細くて柔らかいその髪は、撫でつけてやると少しずつ元の位置へ収まっていく。
 眠くなるくらい触り心地がいい。
 頑なにシーツから離れなかったマルの頭が心なしか伸びあがった。
 段々遠慮なくぐりぐりとリボーンの手に頭を押し付けてくるのはわざとなのか、それとも動物的本能なのか。
「……チッ。」
 雑にスーツとカッターを脱いで放り投げる。
 もういい。もう色々めんどくせえ。寝ちまえ。
 リボーンがベッドに乗り上げると、マルは撫でられたせいか眠そうな目をぱちくりさせた。
「う……?」
「ったく、しょーがねえ奴だな。ほらどけ、オレは眠いんだ。これ以上おめーに構ってられるか。」
 不思議そうにしながら素直に奥へ詰めたマルをさらに追いやるように、互いの小さな体にはまだまだ余裕のあるベッドへ横たわる。
 夜中という時間帯とは恐ろしいものだ。
 せっかく家庭教師稼業から解放されたというのに、今度は仕事でもないのにまたこんなのを拾おうとしている。
「あ……寝る前にあれ聞きたい。」
「昔話でもしろってか?」
「リボーンって性欲あるの?」
「追い出されたくなかったらそれ以上口を開くな寝ろ。」
 わざと布団をマルの顔にかぶさるように引き上げる。
 子犬のようにすり寄ってきた丸い頭に自然と笑みがこぼれた。
 細かいことは明日の自分に丸投げして、リボーンは夜中特有の変なテンションが明日の朝には絶えていないのを願って目を閉じた。

     
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