基本のキの応用編
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「なんでー!?」
 マルは不満丸出しで抗議の声を上げた。
「なんでダメ!? ムクロのおうち行きたい!」
「マル、敬語の練習をしたいと言っていたのはもういいんですか?」
「です!」
「語尾さえどうにかすればいいと思ってますよね。」
 中庭の一角で昼食のパンの袋を畳みながら骸は溜息を吐いた。
 一コ下とは思えないこの後輩は恋人というより弟か、ともすれば息子にさえ見える。一コしか歳の違わない息子。凄く嫌だ。
「てゆかキスまでしといておうちには行けないってどーゆームグ」
「音量を考えなさい。」
 ベチンと口を塞ぐと、マルはますます頬を膨らませた。
 告白したのは骸からだった。さしあたって骸を一番悩ませたのは、それが上手く行くかどうかではなく、マルが“恋人”という概念を理解できるかどうかであった。結果として杞憂に終わって良かった良かったという話で、骸は喜びのあまりその場で恋人にキスを送った。
 冷静に、改めてその絵面を自己評価するとしたら、初々しさの中にフローラルな犯罪臭が香っている、という感じ。
 遠い目をする骸の心中もいざ知らず、マルは中身と同じく幼い顔を懸命に振って骸の手から逃れる。
「おうち! クロームちゃんもいいって言ってた! です!」
「いつの間に言質を取られているんでしょうねあの子は……。」
 マルのぶんもパンの袋を畳んでいた骸に全力タックルが叩き込まれるが、いかんせん軽いため抱きつかれたようにしか感じない。お返しに抱きしめ返すとそれは素直に嬉しかったのか小さな体でぎゅうぎゅうとくっついてくる。
 このままさっきまで何が不満だったのか忘れてくれたらと思ったものの、そう上手くはいかないらしい。
「おれイイコにするもん!」
 思い出したようにガバっと顔を上げて、多分本人は睨んでいるつもりなのだろう上目遣い。
 あたまからかぶりつきたい。いったい自分はどこで道を踏み外してしまったのだろう。最近本気で悩んでる。
「……そういうのじゃなくて英単語の一つでも覚えなさい。」
「そーゆーの?」
「無自覚か……。」
 骸は眉間を抑えた。大丈夫、分かってましたよ、と誰にともなく呟く。どんなにあざとく見える仕草でも本人にそんなつもりはないのだ。くそ可愛い。
 惚れてしまったもんは仕方ない。
 骸はきびきびと地べたに正座して、だらんと座っている愛しい恋人の両肩へ手を添える。
「あのですね。君はきっと漫画が読みたいだのテレビゲームがしたいだの、そういう浅はかな気持ちで僕の家に来たいなどと言っているんでしょうけどね、」
 大真面目に諭す骸にただならぬものを感じたのか、マルももそもそと正座してごくりと生唾を飲み込む。
「僕の部屋に一歩でも足を踏み入れてみなさい。襲いますよ。」
 骸は真顔で言い切った。
 マルもいつになく神妙な表情で問い返す。
「襲う?」
「そうです。前にキスしたのよりもっと凄いことをする、という意味です。恋人として!」
 正座どうし向かい合ったまま、グッと両手に力を込めて強調する。最重要ポイントはココだ。恋人として!
 真っ赤な顔は愕然としていた。そこには「あれ以上何を」という疑問がありありと浮かんでいる。
「ほら、そういう顔になるでしょう。まだ君には早いんですよ。」
 小さく息を吐いて、肩に置いていた手を再び背中をまわして、ポンポンと叩いてあやしてみる。
 分かっていただけただろうか。骸がどれだけこの問題に頭を悩ませているか。骸だってなにもマルに意地悪がしたいわけではないのだ。
 しかしマルもめげない。
 このままじゃ話が終わっちゃう、とでも思ったのか、あせあせと骸の膝に乗り上げてぴょんぴょん飛び跳ねてくる。
「早くないもん! 襲われてもいいもん!」
「こらこら危ないですよ。」
「きっとムクロのことだからなんかすごい超エグいことしてくるんだろうけど!」
「君は僕を何だと思ってるんですか?」
「おれムクロ好きだもん!」
 ぴた、と両者の動きが止まる。
 不覚にも虚を突かれてしまった骸へ挑みかかるように見つめるその目はキラキラ光っていて、まるで宝石のようだ。
「好きな人のこともっと知りたい! おうち行きたい! したいことさせてあげたい! なんでダメなの!?」
 興奮しているのかふんふんと荒い鼻息に、骸の腕をギューッと握りしめる饅頭のような拳。鼻の頭に皺を寄せて、まんまるな目がギュッと三角になる。
 キュンときた。
 骸は末期だった。
「君は本当……なんでそれ全部無自覚なんですか……。」
 転げまわるレベルで悶えたい本能を強靭な理性で叩きのめし、どうにか顔を両手で覆う程度に抑える。
 しかし次に顔をあげたとき、骸の両目は完全に据わっていた。
 犯罪者ヅラだ。後の骸は冷静かつ客観的に評価を下す。
「……分かりました。では予行演習しましょう。」
「よこーえんしゅー?」
「ええ。まずは基本のキから、」
 首をかしげるマルの髪を撫で、頬を撫で、そっと引き寄せた唇にキスをする。
 この時点で目をぱちくりさせているマルをこのまま押し倒さないよう、細心の注意を払って、骸はこじ開けたそこへゆっくりと舌を差し入れた。
「んんー!?」
 可愛い恋人は純粋に驚いたらしくジタバタしている。本当に驚いただけ。全然抵抗になっていない。
 ちょっと劣勢の理性で骸は再度思案する。
 恋人として、これを無事に帰宅させられるだろうか?
 ……骸は自信がなかった。

     
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