失恋以上純愛未満
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 時間と、場所。
 たったそれだけが書かれた今朝着信のメールからは、挨拶だとか、用件だとか、謝意だとか、そういった必要事項がものの見事に吹っ飛んでいた。
「くそ、いきなり呼び出しやがって、絶対暇だと思ってやがるな……。」
 ぶつくさこぼしながら、それでも言いつけ通りに行動してしまうのは、無闇に逆らったりしたら自分の身の安全が保証できないからだ。か弱い情報屋さんの悲しい性である。相手は半回りも年下の若造なのに。
 目的地までもうすぐだが、時間の方ももうすぐだ。仕方なく人気のない路地に入って近道する。この辺の治安は、良く言えばとても悪い、悪く言えば糞だ。とはいえこの街で長いマルにとって危険なほどではなかった。
 だから後ろから口を塞がれて、心臓が止まるかと思った。止まるというか、止められるかと。物理的に。
「う、グ!? んー!!」
 抵抗するも軽々と押さえ込まれ、そのまま無理矢理路地の奥へ引っ張り込まれる。とんでもない馬鹿力だ。どんなにもがいても捻りあげられた腕がビクともしない。
 体を捻り、後方へ蹴りを入れ、ヘッドバットを繰り出し、ひとしきり暴れ倒して疲れてきたところで、ようやく解放された。
 びっくりしたせいで緊急停止していた呼吸を、意識して再開させる。
「ぷは、ッゲホ、」
「たるんでるね。こんな簡単に背後とられて。」
「あ、んたが相手ならノーカンだろ、雲雀恭弥。」
 非難がましく後ろを睨めあげる。まだ心臓がバクバク言っている。ドッキリならもっと可愛いげのあることをしてほしい。しかもそのうえ、言うに事欠いてたるんでる、ときた。
 マル史上類を見ないスーパービッグクライアントは、今日も今日とて理不尽だ。
 乱れた息と襟を整えて、無味乾燥な苛立ちを一息に飲み干す。相手がボンゴレの雲雀恭弥でなければ絶対吐き散らかしている苛立ちだ。このクソガキまじでどうにかしてやりたい。
「で、何の用だよ。」
「は?」
「は? って、いやいや、オレ拉致りにきたんじゃねーだろ。」
「匣のこと、何か分かったか聞きに来たのさ。ちゃんと仕事してるの?」
 雲雀は呆れ顔で言った。
 マルは頭を抱えた。確かにそれがこの男からマルに依頼された案件なのは間違いない。仕事の進捗の報告で呼び出されるなら納得もできる。ただしマルの記憶が正しければ、それについての報告は最近、本当につい最近、やったばかりのように思うのだ。
「あのな……昨日の夜空港で会ったばっかだろが。半日で情報が集まるかよ。」
「情報屋のくせに役に立たないね。」
「田舎町の情報屋さんに何を求めてんだあんたは。」
 マルは深い深い、深海より深いため息をついた。
 つきあってられない。報酬とかどうでもいいからこいつと一旦距離を置きたい。
「もっと大手に行けよ。紹介はできねーけどさ。有名どころいるだろ、例えば――」
 ぐに、と喋りかけの口元を指で押さえられる。
 今度はなんだ。
 腕組みしたマルが胡乱げに雲雀を見上げる。
 雲雀は機嫌がいいとき特有の、猫が笑うように細めた目をしていた。
「本当に行かれたら困るのはあなたのくせに。」
「なっ、」
 カッと頬が熱くなる、……ような事はない。既に三十路のマルである。そんな生娘みたいな反応してたまるか。
 とはいえ、
 ――よく分かってらっしゃる。
 マルは今日一番の苦虫を噛み潰して、それでも自分がまかり間違って惚れてしまった理不尽な男を、突き刺すように睨み付ける。
「年上舐めんなよ。これでもあんたよか人生経験豊富なんだよ。」
「僕のこともオトせるって?」
「いいや、失恋しても酒でやり過ごせる。」
「情けない年上だね。」
 雲雀は言葉のわりに愉快そうに笑う。ムカつくくらい綺麗な顔だ。マルは真逆の顔で懐から煙草の箱を取り出した。それ以外どんな選択肢がある。
 からかわれるのには慣れている。昔から、釣り合わない相手ばかり好きになった。自分でもこんな苦いばかりの恋愛なんて嫌なのに。一回くらい建設的な恋をしたい。
 それにしても、とうとうボンゴレの雲の守護者様に懸想するなんて。こんな強くて綺麗で意味不明なのを。最悪の中の最悪だ。キング・オブ・最悪。自分で自分をぶん殴ったら正気に戻せないものだろうか。
 舌打ちしてラスト一本を咥えようとしたところで、体が横に大きく揺れる。
 手から煙草ごと箱が落ちる。
「安心しなよ。失恋にはならないから。」
 腰を抱き寄せられた。そう気付いて抵抗するより早く、ぐいっと顎を押さえられる。
 踏み締められた雪のような積年のボヤきは、強引に合わさった唇の向こうへ吸い込まれてしまった。

     
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