「ジュニアくん、ちょっと話があるんだけどよ」
出社してすぐにライアンはパソコンで作業をしていたバーナビーに声を掛ける。
バーナビーはライアンの方へクルリと身体を向けるとキョトンとした表情で答えた。
「構いませんけど…なんですか?」
「ココじゃなくて、店予約してっから、今日の夜」
「今日?それはまた急な…いいですけど」
「じゃ、今日の夜ゴールドステージの…」
アライグマの姿となった虎徹を抱えライアンはバーナビーに待ち合わせをする店の名前を伝える。
未だに元の姿に戻らない虎徹の事もあるが、ライアンは別の事でバーナビーに話をしたかった。
昼に一度出動要請が掛かった以外は特に大きな出来事はなかった。
日が沈んだ頃、ライアンは一旦自宅へ戻ると虎徹を部屋に置き、ペットであるイグアナに話しかける。
「モリィ、このオッサンの事頼むな?」
イグアナのモリィは任せろと言わんばかりに口を開ける。一方アライグマの姿をしている虎徹はジッとライアンを見つめていた。
その表情はまるでコチラの心配をしているようにも見えた。
「大丈夫だって。ジュニアくんとはちょーっと話してくるだけだからよ、心配すんなって」
ワシャワシャと虎徹の頭を撫でると、ライアンは自宅を出た。
待ち合わせをしていた店にはライアンが先に着き、数分待つとバーナビーもやって来た。
店の中に入り、案内された部屋は完全に個室で、煌びやかな豪華な部屋だった。
わざわざ話をするだけなのにこんな豪勢な部屋じゃなくても良かったのでは、とバーナビーはライアンに問いかけたが。
「俺様が嫌なんだよ。やっぱ俺はゴールドが似合う男だからさ」
と胸を張って答えられたので、バーナビーは困ったように溜息を吐いた。
話がしたい、というライアン。こんな完全個室でなければ話せない事なのだろうか。
ライアンはカクテル、バーナビーはワイン。そして少しの料理がテーブルに並び始めた頃、バーナビーが口を開く。
「ところでライアン、話ってなんですか?」
「ああ、それなんだけどよ」
グビッとグラスに入っていたカクテルと飲み干すと、真剣な面持ちでライアンはバーナビーの瞳を見つめる。
ライアンのその瞳があまりも鋭いので一瞬バーナビーは怯んだ。
「オッサンの事、どう思ってんだ?」
切り出された内容は虎徹の事だった。なんだそんな事かと小さく笑うバーナビー。
その後すぐに。
「どうって、頼れる相棒ですよ」
苦笑しながら答えたバーナビーに、ライアンはそうじゃないと首を横に振った。
「違ェよ。そうじゃねェ。ラブかどうかって聞いたんだよ。好きなんだろ?」
「………」
そうライアンが言えば、バーナビーはどうしてその事を、と言わんばかりに大きく目を見開く。
そういえばよく顔に出ると言われた事があったが、まさかそれで察してしまったというのだろうか。
暫く黙っていたバーナビーだったが、観念したのかボソリと喋りだした。
「…ええ、そうです。僕は虎徹さんの事が好きですよ。それが何か?軽蔑でもしましたか?」
「いや?だって俺もオッサンの事好きだし」
男が男を好きになるなんて可笑しい事は分かっている。しかしそれでもあの男は魅力的なのだ。
ライアンの発言に面食らったバーナビーは目を丸くしポカンと口を開けている。
それがあまりにも面白くライアンは声を上げて笑い出す。
「アッハハハ!!ジュニアくんっ、その顔ヤベェって!くくく、最高っ!!」
「なっ!?ライアン!?僕をからかったんですか!?」
「オッサンが好きなのは本当だけど、いや〜、ジュニアくんもそんな顔できんだな!」
クツクツとライアンは笑いが止まらないようで腹を抱えている。
それに呆れながらも、バーナビーは先程ライアンが言った自分も彼が好きだという話が信じられなかった。
「あの、ライアン…虎徹さんが好きというのは本当なんですか?」
「ああ。言っておくけど、ジュニアくんと同じでラブの方の好きだからな」
だから、とライアンは続ける。
「ジュニアくんには負けねェ」
野獣のような鋭い瞳をギラつけせ、ライアンはバーナビーに対して宣戦布告をする。
その挑発に乗るように、バーナビーもキリリと目を細め。
「分かりました。僕も、負けません」
「じゃ、これで俺達恋のライバルだな」
口元を釣り上げライアンは笑う。バーナビーもこうも堂々とライバル宣言をされたのは初めてで少し戸惑った。
だが、すぐに小さく笑うと少しだけ嬉しそうにボソリと言葉を落とす。
「僕、恋のライバルなんて始めてですよ」
「マジで?…あー、ジュニアくんの場合、女の子達がジュニアくんを取り合うって感じだもんな」
「そんな事ありませんよ」
「そんな事あるって。そういうの無かったワケ?」
「さぁ…、モテるのは分かってるんですけど実際そういう事があるのかどうか…」
「うわー、ハンサム男のそういう所腹立つわー」
二人して小さな個室で笑い合う。気の許せる人間は今まで家族と虎徹しかいなかったバーナビーにとっては新鮮だった。
ライアンとは恋のライバルよりも、ちゃんとした友人として付き合いは続けたいと思う。
「…俺がオッサンと付き合える事になっても恨むなよ?」
「分かってますよ。ライアンこそ、僕が虎徹さんと付き合う事になっても恨まないでくださいね」
「そりゃあ負けたら俺様の魅力がそこまでだったっつー話だ」
「でも、その前に虎徹さんが元の姿に戻るかどうかですが…」
「だな…。いくらなんでも長すぎるとは思うんだが…」
時刻が変わる頃虎徹が元の人間の姿に戻る事を知っているのはライアンだけ。
しかしいくら人間の姿に戻るからと言って翌朝またアライグマの姿になっているのはどういう事なのだろう。
NEXTの能力を受けてかれこれもう一ヶ月になろうとしていた。未だ虎徹の受けた能力の効果は切れない。
「司法局の人達が調べてくれているらしいんですが、虎徹さんが表へ出てこないとなるとこれでは市民も不安がると思うんですよね…」
「だよなー。折角オッサンもヒーローとして復活したっつーのに」
「ちょっと僕も帰ったら調べてみる事にします」
「おう、ヨロシク頼むぜジュニアくん」
その日の夜はそのまま二人だけで飲み、日付が変わった頃に別れた。
今日彼を個室のある店へ連れて行ったのはバーナビーの胸の内を聞きたかったからだ。
遠くから見ているだけの恋なんて、見ている方も嫌だ。
だったらどうせならライバルが居た方が盛り上がる。それにこれで彼も本気を出し始めるだろう。
それで負けてしまえば、自分の実力が足らなかったと諦められるだろう。
自分より長い間彼の隣に居たバーナビーに対して自分はほんの数日しか傍にいない。
そのハンデとして虎徹が夜中人間の姿に戻る事はバーナビーには話していなかった。
早く自分の物にしていないバーナビーが悪い、とライアンは少しフラつく足取りで自宅へ戻った。
出迎えたのは、人間の姿に戻った虎徹だった。
「よぉ、遅かったな」
「んー、ちょっとジュニアくんと飲んでてさー」
時計をみれば夜中の十二時を三十分過ぎていた。だから虎徹は元の姿に戻っているのか、とフラフラしながらベッドへ向かう。
しかしその途中でグラリと身体が傾く。柄にもなく飲みすぎてしまった。
マズイ、と思って受身の態勢を取ろうとしたがその前に誰かに抱き抱えられた。
誰か、なんてこの家にライアンの他に人間は一人しかいない。
「おい、フラフラしてんじゃねーか。どんだけ酒飲んできたんだよ」
「いや〜、思いの外話が盛り上がっちまってさ〜。ジュニアくんってやっぱ面白いのな」
ケラケラと笑うライアンに虎徹は少しムッとしながら彼に肩を貸し、ベッドまで歩き出す。
ポスンとライアンの身体をベッドに横たわらせると虎徹はふぅと息を吐く。
するとライアンは自分の隣をポンポンと軽く叩く。
虎徹が頭の上にハテナマークを浮かべていると、ライアンは強引に虎徹の腕を引っ張り自分の隣へ座らせた。
そのままギュッと虎徹の腰に抱きついた。
酔っているんだろうと、虎徹はライアンのゴールドの髪を優しく撫でる。
随分とライアンとは年が離れているせいかなんだが息子のように思えた。
「…オッサンさ」
「ん?」
腰の辺りでモゴモゴと喋られ、虎徹はくすぐったさに身体を捩らせた。
「俺の事どう思ってる?」
「どうって……」
どう思っている。それはどう言った意味でなのだろう。
告白をされた身でもあるし、その答えを求めているのかもしれない。
虎徹はうーんと首を捻る。どう答えたらいいのだろう。
ライアンは見た目はチャラいが芯はしっかりしている男だ。
仕事はキチンとこなすし、ヒーローとしても人命救助に犯人確保と活躍もしている。
時折子供のように甘えてくる事もある少し我儘な王子様。
「…うーん、どうって聞かれてもな…」
「俺様は、アンタの事…好き、だ」
「お、おう…」
ギュウ、とライアンの虎徹を抱きしめている腕に力が篭る。
改めて告白をされて照れくさくなりカリカリと頬をかく。
恋をされているのはとても嬉しいのだが、どう答えればいいのだろう。
自分のこの気持ちをどう表したらいいのか分からない。
「、お…俺、は……」
恋なんてもう何年もしていない。恋をするってどういう事だっけ。
モゴモゴと口ごもっていると、隣から小さな寝息が聞こえた。
見ると虎徹の腰を抱きしめたままライアンは夢の中へ旅立っていた。
その様子に少し安堵し、ゆっくりと腰に回っていたライアンの腕を外す。
年相応の寝顔にクスリと笑うと、そっとライアンの額にキスを贈る。
きみの心に触れさせて
あとは君の心の扉を開かせるだけだ
――――――
四話目!次でラスト!