ずっとずっと欲しかった物が手に入り、浮かれていた。
契約という形で縛り付けているけれど、本当はこんな事はしたくなかった。
けれど、手に入れるには当時はこの方法しか思いつかなかったのだ。
最初こそは相容れなかったが、今ではあまりギクシャクする事は少なくなったと思う。
僕の使い魔となった鬼の虎徹さん。彼が時折山の方を見ては悲しそうな表情をするのを僕は知っている。
今まで住んでいた山や家族と友人から彼を無理矢理引き剥がして、僕の傍へ置いたのだ。
寂しいに決まっている。けれど、僕は今更還す気など微塵もない。
何があっても、彼はもう僕の物なのだから。

「なぁなぁ、バニーちゃん。今日は出かけねーの?」

「今日は僕らの仲間が集まって会議をするんです。近頃悪鬼の様子が変なので、それの対策も兼ねて、ですね」

「ふーん…」

虎徹さんは鬼にも関わらず人語を理解し、話せる。上級の鬼ならばそのぐらい容易いのだろうけれど、かなり流暢に彼は人の言葉を話す。
理由を特に聞いた事はなかったけれど、僕もあまり気にはしていない。
気にした所で何も得はないんだ。会話が出来るなら、それでいいし。
コミュニケーションさえ取れれば何も問題はないんだ。
しかし虎徹さんは本当に他人と仲良くなるのが早い。僕はこんな性格だから友人と呼べる人は少ないのだけど…。
僕の先輩や、彼の使い魔。僕の上司にも気軽に話しかけている。

(…本当に不思議なヒトだ)

僕が先程持ってきた団子を頬張りながら虎徹さんは外を眺めている。
この社に居る間は使い魔は外には出られない。僕の傍からも離れられない。
諦めた、という訳ではなく彼は望んで僕の傍に居てくれている。
僕には彼しかいない。心を開ける相手が唯一虎徹さんしかいない。
それを知ってか知らずか、彼はまるで僕の親のように接してくる。
もちろん鬼なのだから僕よりは遥かに年上だけど、なんだか複雑な気分だ。

「ん?なんか人の声がたくさん聞こえるんだけど…」

「ああ、皆到着したみたいです。ほら、行きますよ虎徹さん」

「え?行くってどこに?」

「顔合わせです。他の街にいる陰陽師には貴方の事を紹介していないですから。これから他の方々と連携を取ったりする際、貴方の能力も皆が把握しておかないといけないので」

「ふーん。そういうもんなのか」

「そういうもんです」

虎徹さんの手を引いて大広間へ向かう。虎徹さんが取られる、なんて事はないだろうけれど…。
陰陽師の中には変な輩もいるから心配だ。僕の使い魔なのだから誰かが手を出す事などありえないとは思うが…。
一応念のため。

「虎徹さん、そのまま動かないでください」

「は?なに……、んっぁ」

彼の首元へ吸い付き赤い花を咲かせる。見える位置に付けたのはもう所有者がいるという証だ。
保険もかけておかないと、この人は魅力的だからいつ奪われてしまうか分からない。
僕より力の強い人が彼と契約を交わしてしまえば、僕との契約は打ち消されてしまう。
そんな事は絶対にさせない。

「何すんだよ…!ちょ、見える位置に付けやがって…!」

「貴方が僕の物だという証です。ほら、行きますよ」

「…相変わらす独占欲が強いのな、バニーちゃんは」

俺はどこにもいかないよ、と小さく囁かれた。

「さみしがり屋な兎さんは、独りだと死んじまうんだもんな」

そう言って虎徹さんはクスクス笑う。同情をしている訳ではないらしいのだが…。
いろいろ彼も考えているのだろう。少し恥ずかしくなり、彼の手を握っている手に思わず力を込めてしまった。



「よォ、ジュニアくん、ひっさしぶり〜」

「…ライアン、いい加減僕の事ジュニアくんて呼ぶのやめてくれませんか」

「あ、なに?そっちの鬼がジュニアくんの新しい使い魔?へー、中々強そうじゃん」

「………」

ど派手なゴールドの髪に、チャラチャラとアクセサリーを付け陰陽師には相応しくないと思われるこの男。
一応彼も陰陽師だ。僕の後輩になるのだが、誰に対してもこんなような態度だからもう誰も気にしていない。
言った所でこれは彼の性格故にそう簡単に治るものではないのだ。
自分より大きな男に驚いたのか虎徹さんは目を丸くしている。そりゃあこんな男が僕と同じ陰陽師だなんて信じたくないだろうけど…。

「虎徹さん、彼はライアン。僕と同じ陰陽師なんです」

「お、おお…。あ、俺は虎徹。見ての通り鬼だ」

「え?アンタ鬼のクセに人の言葉が話せんのか!かー、ジュニアくんもハイスペックな鬼をよく使役したなー。さっすがジュニアくん!」

虎徹さんを興味深そうにジロジロと観察するライアン。彼は同時に複数の使い魔を使役している。
彼の使役する使い魔はどれもレベルの高い。だからか、虎徹さんにも興味があるのだろう。
それに鬼なのに人の言葉を話せる。最初は社でも皆同じような反応をした覚えがある。

「なぁ、ジュニアくん。コイツくれよ」

「言うと思いましたよ。駄目に決まっているでしょう。彼は僕の物です」

「知ってるって。首元にこんなわっかりやすくキスマークなんかつけてよ」

ニヤニヤとライアンは笑う。僕をからかっているのだ。
先輩をからかうなんてこの男しか許されないだろう。彼は見た目はこんなチャラチャラしているが実力はあるのだ。
恐ろしい新人だと思う。

「ジュニアくんて一途だもんなー」

「煩いな。…ライアン、今日はそんな話をしに来た訳ではないでしょう?」

「まぁな。でもいっつも雑魚相手に戦ってんだ。ちょっとぐらいご褒美があってもいいと思わねェ?」

そう言いライアンは虎徹さんを自分の元へ引き寄せた。
冷静にしているつもりだが、心の中は腸が煮えくり返りそうな程怒りで満ちている。

「僕に戦いを挑んでるって事でいいんですか?」

「そう言ってんだけど?」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!落ち着けって二人共…!」

虎徹さんは僕らを止めようとしてくれているみたいだけど、僕の怒りはこんなものでは治まらない。
彼は後輩だが、やって良い事と悪い事がある。
人の物に手を出したらどうなるか分からせてやらなくてはならない。
先輩として、後輩を教育するのは当たり前なんだから。

「じゃあ、模擬戦という事で、使い魔の使用は無しにして互いの実力だけで戦いましょうか」

「ああ。じゃあ、勝ったらこのオッサン、俺にくれよ?」

「僕が負けるなんてありえません」

自分がオッサンだと言われた事に驚いているのか「俺はオッサンじゃない!」と虎徹さんはぷんすか怒っている。
彼も鬼にしてはまだ若いようだし、そんな事に腹を立てるのか、と思わず笑いが出てしまった。
あんな可愛い鬼、誰が手放すものか。
そういえばライアンとこうして戦うのは始めてかもしれない。いつもは仲間として共に戦っていたからな…。
彼の実力派把握しているし、それは向こうも同じだろう。
許可を貰い、広い社の庭で模擬戦を開始する事になった。

「ば、バニー!頑張れー!」

「へェ?バニーって呼ばせてんだ?俺様も今度からそう呼ぼうかな〜」

「呼んだら蹴り殺します」

「お〜、怖っ!ジュニアくん足癖悪いもんなー」

彼は一度痛い目をみないと分からないのかもしれない。虎徹さんの応援でなんとか平常心を保てそうだ。
このまま怒りに身を任せたらこの神社まで壊してしまうかもしれない。
いつの間にやらギャラリーも増えてきた。大事にならないうちに終わらせなければ。
はぁ、と溜息を付いて戦闘体勢に入る。

「じゃ、始めるか」

「後悔しても遅いですからね、ライアン」

「それはコッチのセリフだっつーの」

虎徹さんの合図で僕とライアンの虎徹さんを巡る模擬戦は幕を開けた。


♂♀


勝敗は、結論から言うと僕の勝利だった。けれど、圧倒的に、という訳ではない。
僕も多少は怪我をした。大きな怪我ではないが、それでも痛いものは痛い。
地に伏せるライアンに僕は手を差し伸べる。

「…っ、強くなりましたね、ライアン…」

「ジュニアくんも、な…この俺様がひれ伏すなんて、ひっさしぶりだぜ」

ライアンは僕の手を取り立ち上がる。随分合わない間に彼も強くなったものだ。
彼は僕にとって数少ない友人の一人。これからも仲良くしてきたいと思っているのだが。
他人の物をすぐ欲しがる所は直した方がいいだろう。

「バニー!だ、大丈夫か!?」

「大丈夫ですよ。貴方を奪われては僕は死んでしまいますから」

「ちょ、んな大げさな…」

奪われなかったという安堵から僕は虎徹さんを抱きしめる。この暖かさを失うなんて考えられない。
恥ずかしいのか虎徹さんは最初僕の腕の中から抜け出そうとしていたが、暫くして虎徹さんも抵抗を止め僕の背に腕を回して抱きしめてくれた。

「見せつけてくれるじゃねェか」

「羨ましいでしょう?」

「本当にな。ますますそのオッサンの事ジュニアくんから奪いたくなった」

「駄目です。彼は僕の物ですから」

虎徹さんを抱きしめる腕に力が入る。奪われてたまるものか。
しかし今回ライアンと戦ってみて、僕の実力派はまだまだ未熟だと思い知った。
このままではいつライアンに追い抜かされるか分かったものではない。
もっと修行を積まなければいけないな。

「ちょっと、アンタ達いつまでやってんの。会議始めるわよ」

「すみません、すぐ着替えて向かいます」

この辺り一体の陰陽師を仕切るアニエスさんに小突かれ、僕らはその場を後にした。


会議も終わり、自分たちの部屋へ戻ると虎徹さんは思い出したように僕に話しかける。

「今日のバニー、凄かったなー。お前すげー強いじゃん」

「当たり前です。使い魔を持っていない頃に死ぬ気で修行しましたから」

「へー!なんか俺なんかいなくても大丈夫そうな気がするけど…」

「そんな事ありません。僕は虎徹さんに使い魔として傍に居て欲しい訳じゃないんです」

キョトン、と虎徹さんは目を丸くする。出会った頃はただ彼が欲しかっただけだけれど、今はどうだろう。
彼の事は好きだし、僕はこれから彼をどうしたいんだろう。
時間が経つうちに自分の気持ちが分からくなってきた。けれど、傍にいて欲しいという気持ちは変わらない。
他人に彼を奪われるのも嫌だ。

「とにかく、貴方は僕の物です。僕の傍から離れるなんて許しませんから」

「分かってるよ」

虎徹さんはクスリと笑う。いつか、彼の心も覗いてみたいと思う。
僕の傷の手当てをする虎徹さんを見つめながら僕はそう思った。



(よォ!ジュニアくん元気?俺ココにもう少し滞在すっから、ヨロシク〜)
(…虎徹さんに手を出したら殺します)
(分かってるよ。勝負にも負けたし。ってな訳でヨロシク、オッサン!)
(お、俺はオッサンじゃない!虎徹って呼べ!!)

――――――
陰陽師パロにリクを下さった匿名希望様と拍手にてコメント下さった方ありがとうございました!
陰陽師パロはもう一つリクエスト話を頂いているので、時間がある時にでも書こうと思います^^
とりあえす獅子登場です。兎と獅子は喧嘩というか戯れあいとかしながらも仲良さそうな気がする。
兎も獅子にはちょっと素を見せたり、とか。
獅子もそれを分かってるからワザとからかって気を抜かせようとしてたり、なんて…(´∀`*)
でもいつの間にか虎に興味が湧いちゃって途中からマジになってしまうとか…へへへ(笑
あとは虎がどうして人の言葉を喋れるのか、とか、続きで書きたい、な…。

リクエストしてくださったお二方ありがとうございました!!


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