カフェ&バー、HEROS。closeと看板が出された店内は一段と忙しかった。
仕込みなどで忙しいのではなく、店内が荒れてしまっているのでその片付けに手を焼いているのだ。

「ったくよ〜、ここまでやるか?普通…」

「虎徹さんこそ、怪我をしているんですから休んでたらどうですか?」

「大丈夫だってこれぐらい」

「そ、うですか…?辛くなったら言ってくださいね」

他の店員はどういう事なのかと疑問に思う。あの、虎徹に牙を向いていたバーナビーが虎徹に対して優しい。
虎徹もそれをあまり嫌だと思っていないのか、普通に接している。
気持ちが悪い、と割れたグラスを片付けていたカリーナは思う。
こうなった事の詳細を知らないカリーナは側にいたオーナーのネイサンへ小声で聞く。

「ねぇ、これどういう事なの?」

「ん〜、なんて説明すればいいかしら…」

数日前、HEROSはライバル店と一悶着あった。こちらから仕掛けた訳ではなく、向こうからいきなりやってきたのだ。
男が一人でやってきてイチャモンを付けて暴れだし、それを止めたのが虎徹とバーナビーだった。
バーナビーはその男に見覚えがあり、何とか追い返そうとしたのだが敵わなかった。
その男の名はジェイクといい、バーナビーが幼い頃両親が経営していた飲食店もこの男によって潰されてしまったのだ。
両親はそれが原因で自ら命を絶ってしまい、バーナビーはそれ以来ずっとこの男を追いかけてきた。

『母さんと父さんの敵…っ!』

『あ?誰だ?ったく、こんな店まで潰さなきゃいけねェなんて、メンドクセーなァ』

『バニー!やめろって!』

『おじさんは黙っててください!これは、僕の問題なんです…っ!』

虎徹を押しのけジェイクに食って掛かろうとするバーナビー。
ジェイク達は店を潰しては裏で偽装工作を繰り返し何事もなかったかのように今までいてきたのだろう。
そんな中死んだ人間だっているのに。悔しくて、ギリギリと歯ぎしりをしてしまう。
別の事を考えていた為ジェイクが殴りかかってきた事に数秒気づくのが遅れてしまった。
マズイ、と防御の体勢を取るも間に合わない。襲いかかるであろう痛みに思わず目を瞑る。
が、痛みは来ない。

『ぐあぁあっ!!』

『っ!? おじさん!?』

バーナビーの変わりにジェイクの攻撃を受けたのは虎徹だった。
殴られた衝撃で床に倒れ、腕を抑えている。パティシエにとって大切な腕。
どうしようと迷っていると、苦しそうに、しかししっかりと虎徹はバーナビーに向かって言う。

『俺の事は気にするなっ、お前は目の前のヤツにだけ集中してろ!!』

『でも…』

『この店を潰されたら俺だって働き所が無くなっちまうんでな…。それに、敵なんだろ?』

ニコリ、と虎徹は笑う。それがとても安心出来る笑顔で、バーナビーはジェイクに改めて立ち向かった。
漸くジェイクを追い返せたのは数時間後。店の中はグチャグチャで営業出来る状態ではなかった。
グラスで切った切り傷や打撲の後はあるもの、バーナビーの怪我は大したものではなかった。
問題は虎徹の腕だ。多少なりとも折れているかもしれない。
ネイサンは救急車を呼び、警察にも連絡をし、この件は一先ず片付いた。

『大丈夫、ですか…?』

『ん、これぐらいすぐに治るって。それにしても、良かったな。両親の敵がとれて』

救急車に運ばれる虎徹に付き添い、バーナビーが声を掛ける。
虎徹が大事にしていた腕。それをこんな怪我をさせてしまったのは自分が先走ってしまったせい。
どう謝ったらいいのか分からず、バーナビーは項垂れる。
そんな様子に気付いた虎徹は怪我の少ない方の腕でポン、とバーナビーの腕を軽く叩く。

『怪我が治ったら、俺の作ったタルト、食べてくれるか?』

『…っ! よ、喜んで…!』

『そっか。ありがとうな』

救急車の中に運ばれて行く虎徹に、バーナビーは感謝の意味を込めて彼の名前を呼んだ。

『タルトが食べたいのでっ、早く怪我治してくださいね、虎徹さんっ!』

『おうよ!……ん?お前今…』

ガチャン、と閉められた救急車の扉の向こうから虎徹の声がする。
バーナビーはこの日から徐々に虎徹に対して心を開き始めたのだ。

「とまぁ、こんな感じよ」

「…それにしても心開きすぎでしょ、アイツ…」

腕の骨折が治りきっていない虎徹を助けるようにバーナビーは彼の側を離れようとしない。
虎徹に対しても心を開きだしたのは良い事なのだが、それがどうも他の店員に対しても心を開き始めたようで店員たちは戸惑っていた。
元々ハンサムな出で立ちをしていたのだが、それが更に磨きがかかったのかやけに輝いているのだ。

「あ、バニーそれとってくれ」

「はい、どうぞ」

「お、ありがとうなー」

まだ虎徹とバーナビーが相容れなかった頃、虎徹は嫌がらせとしてバーナビーとバニーと兎のようなアダ名で呼んでいた。
バーナビーも最初はそれを嫌がっていたが、今は全くそんな事を気にしている様子はない。
むしろ嬉しそうにしている。そう、これは恋にも似た感情なんだろう。
メラメラとカリーナはバーナビーに対して対抗心を燃やす。

(た、タイガーの事が好きなのはアンタだけじゃないんだからね…っ)

後から来たバーナビーに虎徹を取られてたまるものかと持っていた布巾を握り締める。

「あれ、ブルーローズさん、どうかしたの?すっごい顔…」

「気にしないであげて。今は悩めるお年頃なのよ」

「え?そういうものなの?ボク全然分からないや…」

学校が休みという事でパオリンも店の手伝いに来ていた。
ブルーローズというのはカリーナのこの店での名前だった。
氷の女王というコンセプトでキャラを作っているのだが、あまり本人は乗り気ではなかった。

「ドラゴンキッドももう少し大人になったら分かるわよ」

「え〜?ボクあんまりそういう事に興味ないし…」

パオリンのこの店での名前はドラゴンキッド。少女だが、本人は女の子らしくしたくないらしい。
その為髪はショートカットで、服装も男の子のような格好をしていた。
店内の片付けをしていた虎徹はふと思い出したように隣に居たバーナビーに声を掛ける。

「あ、そうだバニー、お前何が食いたい?」

「え、何がですか?」

「タルトだよ。あ、タルトじゃなくてもいいけど。ほら、作るって約束しただろ?」

腕が治ったらタルトと作る、と言っていたのをバーナビーは思い出した。
どうしよう。まだ出会って間もない頃ユーリが冷蔵庫に虎徹の作ったタルトがあるから食べてみればいい、と言われそれを食べた事があったが。
あの時は確か苺のタルトだった。あんな美味しいタルトは始めて食べた。

「なんにもリクエストが無いなら炒飯でいいか?」

「タルトと炒飯じゃ大分物が違うんですけど…」

「炒飯も俺の得意料理なんだよ!」

「あれ、奥さんは…」

その時バーナビーはハッとした。虎徹の瞳は悲しげに揺れて伏せられたからだ。
もしかして聞いてはいけなかった話なのかもしれない。
慌てて謝ると、虎徹は首を横に振った。

「俺の奥さんな、五年前に病気で死んじまってな。それで俺、ショックで何も手につかなくなっちまって前の店を閉じちまったんだ」

「そう、だったんですか…」

「途方に暮れていた所を昔からの馴染みだったネイサンに拾われて、今この店でやってるって訳」

ふと左手を見ると結婚指輪が嵌められていた。そういう事だったのか、とバーナビーは理解した。

「…じゃあ、苺のタルトと、炒飯が食べたいです」

「それでいいのか?」

「はい。だって貴方の得意料理なんでしょう?」

「よし!なら炒飯はマヨネーズたっぷり入れてやるからな〜」

「え、マヨネーズ…?」

大量のマヨネーズと聞いて唖然とするバーナビー。
その話をこっそり聞いていたカリーナは直様その話に食いついた。

「わ、私もタイガーのタルトと炒飯、食べたい!」

「え、や…別にいいけど…」

「ちょっと、ブルーローズさん?虎徹さんは僕の為に…」

そういうバーナビーの腕を引っ張り小声で話しかける。

(一人だけ抜けがけなんて許さないんだから…っ)

(抜けがけ?なんの話ですか?)

(とぼけるのもいい加減にしなさいよアンタ…!)

コソコソとカリーナとバーナビーが話しているのを見て虎徹は一人、

「アイツら仲いいなぁ〜」

ははは、と自分の事で二人が言い争っているとは露知らず虎徹は笑っていた。
その騒ぎを聞きつけてパオリンもやってきた。

「え、タイガーさんタルトと炒飯作るの!?ボクも食べたいー!」

「あら、そうなの?じゃあ店が元に戻ったらお祝いパーティーって事でお願いしちゃおうかしら〜」

なんだか大変な事になってきた、と虎徹は焦り始める。
あわわわと冷や汗を掻いて横にいたバーナビーをちらりとみると、バーナビーも虎徹の視線に気付いて同じように困惑した表情でニコリと笑った。



その後虎徹はアントニオも誘い二人でデザートを作り、店の新装オープン祝いをスタッフ全員でしたのだった

――――――
二話目!
次の回で空と折と獅子が出る予定です。




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