なんだか少し虎徹の様子が変わったように思う。
人間の姿に戻って居る時もだが、アライグマの姿になっている時もなんだか変なのだ。
ソワソワとし、ライアンの側に近寄ろうとしない。
もしかして何かしてしまったのだろうかと思い返すも、特に思い当たる節は無い。
どうしたものかとライアンは頭を抱える。

「虎徹さん、どうかしたんですか?」

やたらとバーナビーの側を離れようとしないアライグマの虎徹を見てバーナビーも不思議に思ったのだろう。

「いや…それが俺にもさっぱり…」

気に障るような事はした覚えはないし、理由がさっぱり分からない。
人間の時も虎徹はライアンとは目を合わせないようにしている気がする。

「何か虎徹さんの嫌いな食べ物を与えたとか…」

「なんでジュニアくんはオッサンを人間目線で見ねェんだよ…。嫌いな食物っつーか、同じようなビスケットしか…」

「ビスケットが悪いんじゃないですか?違う味をあげてみるとか…」

「ビスケットが悪いのかよ!?」

全く邪険にされる理由が思い当たらないライアンはバーナビーが言うようにビスケットが悪いのかもしれないと思い始める。
もしかしたら人間に戻った時に食べさせた料理が悪かったのだろうか。
嫌われてしまったのかもしれない。ライアンは途端に不安になる。
嫌われるのは嫌だ。バーナビーに取られてしまう。
折角自分が彼よりも一歩先に行ったと思っていたのに。

(くそ…っ、なんで俺がこんな思いしなくちゃなんねェんだよ…)

こんなアライグマ如きに振り回されている。
いつもは自分の思い通りに人間は動いていた。自分を中心にして世界は回っているんだと思っていた。
それはどうやら違ったようだ。今日帰宅して彼が人間に戻った時に聞いてみよう。
このままこんな関係が続いてしまうのは嫌だ。

「おい、オッサン。帰ったら覚悟しろよ」

「ピー?」

バーナビーのくるんとした髪を弄っていた虎徹に向かって言う。
何を言われたのか分かっていない虎徹は小さく首を傾げた。

「ちょっと、虎徹さんの事虐める気ですか?」

「んなわけねェだろ。ほら…アレだよ、いつもより上手い飯食わせてやるからなって意味だよ」

「それならいいんですが…」

「ったく、いつまでもジュニアくんが過保護なのがオッサンを駄目にする原因なんじゃねェの?」

「僕がいつ過保護になったんですか」

虎徹の気持ちが分からない苛々からついバーナビーに八つ当たりをしてしまう。
こんなグチャグチャな感情になったのは初めてで、自分でもどう止めていいのかが分からない。
いつまでも好きな人を遠目から見ているだけのバーナビーと自分は違う。
しかし八つ当たりをしてしまったのは事実。ライアンは申し訳なさそうに頭を掻きながらバーナビーに謝罪をする。

「っあー、悪い。ジュニアくんに当たるつもりはなかったんだ。マジだからな?ちょっと自分でも苛々しててな…」

「僕の方こそ、すみません。虎徹さんが中々元に戻らないせいで、それがちょっと不安に…」

「オッサンなら大丈夫だろ。すぐ元に戻るだろうよ」

「そうですね。なんか、あっさり戻ってなんでもないような顔をしてそうです」

二人はそんな所を想像し、クスクスと笑った。こういうすぐに仲直りが出来る所が虎徹とバーナビーとの違いだろう。
元相棒だから、という訳ではなく友達としてそう感じるのだろう。
バーナビーとは恋敵としてではなく気の合う友人として仲良くしていきたい。
そう思っていた時、PDAから良く聞くプロデューサーの声が聞こえてきた。

『ボンジュール、HERO。今日も事件発生よ。視聴率よろしく頼むわね』

「はいは〜い、っと。じゃあなオッサン。パパッと犯人捕まえてちょっくら活躍してくるからなー」

「虎徹さん、オフィスで悪戯しちゃ駄目ですからね」

「ピー」

返事をしたのか分からないが、虎徹は鳴いた。


事件を解決し、ライアンは虎徹を抱えて帰宅すると、虎徹を家の中に残したまま街へ向かって歩き出した。
バーナビーにアライグマの姿になっている虎徹に与えているビスケットが悪いのではないか、と言われた為新しくビスケットを買いに出たのだ。

「あのビスケットだって結構イイもんなんだけどな…。味か?それとも使ってる食材の問題なのか?」

うーん、とライアンはペットショップに並ぶ動物用のビスケットを見て手に取り頭を抱える。
動物は好きだ。だがここまで考えさせられた動物は始めてだった。
元が人間だからなのかもしれないけれど、どうしたものかと考える。
そこでふと思う。

(アレか、もしかして動物用のビスケットが原因か?オッサンだって元は人間なんだしな)

ペットと同じような扱いをされて怒ったのかもしれない。
なんだかそんなような気がしてきた。ライアンはすぐに高級菓子店で一番高いビスケットと買うと急いで帰宅した。

「おい、オッサン。アンタがいつものビスケットじゃ不満だっつーから、たっかくて美味いビスケット買ってきてやったぞ」

返事はない。物音一つしない。おかしい。ちゃんと連れて帰ったはずだし、鍵も閉めた。
どこかに隠れているのかもしれない。物は壊していないようだし、それはそれでいいのだが。

「……なんなんだよ、ったく」

胸の奥がこんなにモヤモヤするなんて、なんて気持ちが悪いのだろう。
あんなにヘラヘラ笑っていた男が急にこんな態度を取るなんて。
ライアンは自宅にあったDVDを見ながら日付が変わるのを待つことにした。


ウトウトしていた所にドーンと大きな音。寝ぼけている頭で辺りを見渡す。
時計を見れば夜中の十二時。日付が変わったのだ。はっとして起き上がると虎徹の姿を探した。

「…っ、オッサン!」

「いてて…あ、ラ、ライアン…」

全裸の虎徹が、人間に戻る時に打ったのであろう腰を摩っていた。
ライアンは黙って彼の服を差し出す。虎徹は申し訳なさそうに服を受け取るとその場で服を着始める。
視線を逸らす事なくライアンはジッとその様子を見つめる。自分から逃げないように見ている為だ。
虎徹が着替え終わるとライアンは虎徹を壁側に追い込みドンと手を壁に付き彼が逃げないように囲んだ。
少し怯える虎徹にライアンは構うことなく続けて問い詰める。

「アンタ、なんで俺を避けるんだ」

「さ、避けてなんか…」

「避けてるだろ。アライグマの時も、こうやって人間の姿に戻っている時も」

「う……」

虎徹の瞳が右往左往と泳ぐ。
ライアンが話さないとこのままだと言わんばかりにジッと見つめてくるものだから、虎徹は観念して小さく口を開く。

「…ど、どうしたらいいのかと、思ってよ…」

「は?なんの話だよ」

「お、お前さ…俺の事、好きって…」

数日前、確かにライアンは寝ている虎徹に向かって小さく告白をした。
ライアンは虎徹は寝ていて聞いていないものだと思っていたが、どうやら彼は起きて聞いてしまっていたらしい。
驚きを隠せないライアンだが、それがどうしたと更に虎徹を追い詰める。

「普通にしていようって思ってんだけど、なんか…どうも…お前の事意識しちまって…」

「………」

「その、告白は正直嬉しいし、こう…お前みたいなヤツがこんなオジサンの事好きになるなんて、とか…色々考えちまってさ…」

「人を好きになるのに、男も女もないだろ」

「そうだけど…。お前、モテるだろ?だからさ、男の俺なんかじゃなくてって…」

こういう虎徹の鈍感な部分を垣間見たライアンは、これじゃあバーナビーの想いにも気付いていないようだと察した。
はぁ、と溜息を吐く。この溜息は呆れた、と同時に安堵の溜息だった。

「じゃあ、アンタは俺の事嫌いになって避けてたんじゃねェんだな?」

「は?誰が嫌いだなんて言ったんだよ。俺はただ、恥ずかしくて…」

虎徹の口から嫌いになった訳でない、という言葉が聞けたのがライアンにとっては何よりも嬉しかった。
安心からか、「良かった」と思わず口から溢れてしまった。

「良かった、って…え?何が…」

「コッチの話っ!あ、美味いビスケット買ってきたんだけど、食うか?」

「本当か!?いつも味気ないビスケットばっかで飽きてたんだよー」

わぁ、と先程の事など忘れ子供のようにはしゃぎ出す虎徹にライアンはもう一度安堵する。
良かった。嫌われた訳ではなかった。ソファーに座りバクバクとビスケットを食べている虎徹の隣にライアンも座る。

「一人で全部食べんなよ。俺にもよこせっ」

「俺の為に買ってきたんじゃねーの?」

「そうだけど…。この店のは俺様も食ってみたかったんだよ」

互いに子供のようにビスケットの取り合いをする。
ライアンはまた年相応の子供のようであるし、虎徹は年齢に似合わずたまに子供っぽい所がある。
今も、虎徹は頬にビスケットをくっつけながらバクバクと頬張っていた。
しょうがないオッサンだ、とライアンは腕を伸ばす。

「オッサン、頬にビスケットの欠片付いてんぞ」

「え?どこどこ?」

「ここだよ」

ペロリ。
頬に感じる少しザラリとした感触。そして柔らかい唇。えっ、と虎徹は唖然とした。
ライアンも、ポカンとした表情をした。

「え、今…舐め…」

「やべ。いつものクセでやっちまった…」

頬を抑え、真っ赤な顔をした虎徹。口元を手で覆い冷や汗をかくライアン。
虎徹はバッと立ち上がるとベッドへ向かって早足で歩き出した。
とうとう嫌われるような事をしてしまったのではないだろうか。

「わ、悪いオッサン…やるつもりじゃなくて…」

「あ、謝んなよ!お、俺もビックリしただけだし…」

ライアンの方は見ずに虎徹は自分の服の裾を掴みながら言う。
それから、恥ずかしそうにライアンに聞こえるか聞こえないか程度の小さな声で言った。

「も、もう…俺以外のやつに、やるなよな」

「へ…?今、なんて…」

「何でもない!!じゃ、俺寝るから!!」

「ちょ、それ俺のベッドだっつーのに…!」

キングサイズのベッドの真ん中を占領し、毛布を被って丸くなる虎徹。
ライアンは唖然としたが、これはもしかして…と考える。

「これ、俺様に脈アリって事でいい、んだよな…?」

バリ、と持っていたビスケットを囓った。



今度は頬ではなく、その唇へ深いキスを贈ろうか

――――――
三話目!残り二話です。


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