ああ、まただ。また怪我をしている。

「よぉ、幽。帰ってたんだな」

慣れた手つきで血が出ている腕に包帯を巻く兄。
恐らくどこかで喧嘩をしてきたのだろう。原因は分かっている。

「また、オリハライザヤさん?」

「…ああ」

兄さんは憎らしそうに顔を歪める。本当に心の底から嫌いなんだろう。
どこが嫌いなのか、と聞いた事があったが兄さんは良くは分からないが本能的に嫌悪感を感じたらしい。
それは二人ともそう感じたらしく、高校時代は毎日のように荒れていた。
兄をそこまで怒らせる相手がどんな人間なのか、興味がない訳ではない。
ただ、兄さんは俺がその人と関わるのを望んでいない。

「幽、もうアイツの名前を口にするな。名前を聞いただけで虫唾が走る」

「うん。分かった。ごめん、兄さん」

「お前はお前の事だけを気にしていればいいんだ。俺のせいでお前が怪我するのなんてみたくねぇから…」

兄さんは優しい。喧嘩人形だなんて噂されてしまっているけれど、本当はとても優しい人間なんだ。
それに、俺が常に表情がなかったりするのは幼い頃の兄さんの影響があるから、兄さんはそれを凄く根に持っていて、俺には必要以上に優しさを見せる。
俺は実際それを悪い事だと思った事はない。
だから今の仕事につけた。兄さんには感謝しているのに、本人は自分のせいだと思っているらしく悪く根に持ってしまっている。

「そうだ兄さん。また池袋で撮影があるんだ。だから時々遊びに来てもいい?」

「あたりまえだろ?兄弟なんだから。今度のはドラマか?」

「うん。主役」

「マジか。絶対見るからな!頑張れよ」

そう言って笑う兄。ああ、こんな優しい兄に怖い顔をさせてしまう相手が憎い。

(…オリハライザヤさん、か…)

一年中真っ黒いコートを着ている全身黒い男だとは聞いた事があるけれど、そう簡単に会えるだろうか。
明日も撮影だ。撮影の合間を縫って少し探してみよう。
探して、兄に関わるのをやめてもらわないと。


次の日、彼は簡単に見つかった。撮影現場に群がるギャラリーに紛れ、全身が黒い男を見つけた。
そんな男なんて世の中に何人もいるだろうけれど、ひと目で分かった。彼だ。
細い赫い眼に、ファーが付いた黒いコート。
兄さんを同じ血を引いているからだろうか、彼を見つけた途端ゾワリと身体が震えた。これが嫌悪感なのだろうか。
休憩時間に軽く変装をし、そっと彼に話しかけた。

「…オリハライザヤさん?」

「…あれぇ?君はえっと…羽島幽平、じゃなくて、今は幽くんって言った方がいいかな?」

ニコリ、と折原臨也は笑った。笑った、といっても本当に心から笑っている訳ではないのだろう。

「君の演技は面白いね。本当。関心するよ。あそこまで他の人間を演じられるなんて、俺も時々そういう事やるけど、本当尊敬するね」

「…どうも」

「で?俺になにか用かな?」

「兄に関わるの、止めて頂けませんか」

先程までニコニコと笑っていた顔が、ピタリと止まり険しい顔になる。
それからまた作り笑いを浮かべる。こうやって人の表情が変わる仕草も見慣れたものだと思う。

「あのねぇ、言っておくけど俺がシズちゃんに関わってるんじゃなくて、向こうが俺に突っかかってくるの」

「………」

「あ、嘘だと思ってるでしょ?そりゃあシズちゃんには死んでもらいたいと思ってるよ。けどシズちゃんの方が先に俺に自販機とかなんやら…」

「貴方が反撃しなければいい話では」

「それじゃあ俺が死んじゃうじゃない。自分の兄が人殺しだなんて幽くんは嫌じゃないのかな?」

勿論兄さんに人殺しなんてさせたくない。けれど、そうしなければ兄さんはこの男を殺そうとするだろう。
なんだか複雑だ。

「それにね、君の言う事はちょっと理不尽だよ。急にそんな事言われて、はいそうですか、なんてならないよ」

「………」

「いや、俺だって本当は関わりたくないんだからね?」

この男は無自覚なのだろうか。いやそんな事はない。彼はきっと気付いているはずだ、自分の気持ちに。
このままではマズイ。
なら、兄ではなく、自分に興味を持ってもらえば兄は傷つかなくて済むのではないだろうか。
兄さんはきっと激怒するだろうけれど、もうこの手しかない。

「あの、なら俺が兄の代わりになります」

「…は?」

「だから、兄には手を出さないでください」

「何を言って…」

そう言えば、臨也さんは俺の眼を見て察したのかクスクスと笑いだした。
それからコートの中から携帯を取り出すとスッと俺の前に差し出してきた。
一体どういう事なのか、とポカンとしていると。

「アドレス交換だよ」

「ああ…」

自分の携帯も差し出し、赤外線でアドレスを交換する。すると何が可笑しいのか彼は笑いだした。

「あはは、最も嫌いな相手の弟とアドレス交換っ!こんな愉快な事始めてだよ、あはははっ」

「そうですか」

「君は本当に表情を変えないね。シズちゃんは分かるみたいだけど。流石兄弟って所かな?」

臨也さんはまた笑う。それから今度連絡する、と言ってその場からいなくなってしまった。
今度連絡する、なんてきっと嘘だろう。なんとなくそう思う。
それならば、と今度彼を見つけた時にでも問いただしてみよう。
ちょっとした楽しみができたような気がして小さく笑った。


数日後、やはり臨也さんからの連絡はない。そんな時、撮影現場に彼が現れたのだ。
きっとからかいにでも来たに違いない。
彼に気づかれないようにその場から、彼の側へと近寄る。

「臨也さん」

「わっ!ビックリした…あはは、また見に来ちゃったよ。今日も迫真の演技だったね」

「どうして連絡してくれないんですか?」

「え?いやだってそれは…」

「俺、結構楽しみに待っていたんですけど」

そう言えば、臨也さんは本当に驚いたようで目を見開いた。
赫い眼が揺れたような気がしたが、こんな事で動揺するような男だろうか。

「臨也さん、この後時間ありますか?」

「え、まぁ…」

「食事に行きませんか」

「は?」

「俺このあともう仕事ないんです。池袋に居ると兄に見つかりますから、新宿でも大丈夫ですよ」

「へ?いや、あのさぁ幽くん、俺はね…」

喋ろうとした臨也さんの口を手で塞ぐ。ジッとその赫い眼を見つめると臨也さんは俺から目を逸らした。
俺はもっとこの人の事を知らなくてはならない。そうしないと兄になにかあった時対処が出来ない。

「十分ぐらいで用意してくるので、ここで待っていてください」

「あ、うん…」

ポカンとしている臨也さんを置いて俺は楽屋へと戻った。

それからというもの、ちょくちょく臨也さんとは連絡をとりロケの最中に暇な時間は現場に来ている彼と話をしたり、食事や、どこか遊びに出かけたりといろいろな事をした。
一般的にはデートをしているようにも見えるかもしれない。
幸いこの事は兄さんにはバレていない。ただ俺から臨也さんの匂いがする、と言われた時には驚いたが。
兄の嗅覚に、ではなく結構な時間を臨也さんと過ごしていたという事実に驚いたのだ。
臨也さんと会う時は必ず変装をする。俺の正体がバレて人が集まり、それで噂が兄さんの耳にでも入ったら大変だからだ。

「いや…幽くんさ…」

「なんでしょう」

「えーっと…なんでもないや…」

「そうですか。あ、もしかしてここのお店の料理口に合いませんか?」

「いや、そんなことはないよ。そうじゃなくてさ…」

顔を真っ赤にして俯く臨也さん。今俺たちは新宿のとある店で食事をしている。

「なんか、こう…」

「はい?」

「シズちゃんも黙ってればイイ男だけどさ、幽くんも…結構カッコイイ、よね?」

「聞かれても…」

ああ、そうか。もしかしてそういう事なのかもしれない。

「なら、兄さんと俺、どっちがカッコイイですか?」

「は…?」

「どっちが好きですか?」

「また…ド直球な事聞いてくるね…」

はぁ、と臨也さんは溜息を吐く。それからニヤリと笑う。

「あまり年上の男をからかわない方がいいよ。じゃあ、俺このあと仕事があるから。あ、ここのお会計は俺が出すからね」

臨也さんはそういうと黒いコートを翻しながら店を出て行った。
全く、困った人だ。どうしてこう俺の周りはこういう人が多いのだろう。

「素直になればいいのに」

キュイ、と小さく音を鳴らして俺はシェイクを飲んだ。



(あの兄弟のカッコ良さは卑怯でしょ…っ!)

――――――
そまり様、完成が一年後になってしまい申し訳ありません><
ちょこちょこ来て頂いていたという本当にありがとうございます!
わぁあたくさん好きな話があるだなんて本当嬉しいです…!!
「愛ある〜…」のはもうウザヤ全開で書きたかったので気に入っていただけて嬉しいです!!^^

静(←)臨、幽→臨の幽→(←)臨とのリクでしたが、
なんだか臨也が乙女みたいになりましたが…幽のカッコ良さが出ていたらいいなと思います!
平和島兄弟、どっちもカッコイイです…!

リクエストありがとうございました!!

『空をとぶ5つの方法』様よりお題をお借りしました。



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