朝、いつものように目が覚めると隣には毛むくじゃらの生き物。
この生き物、アライグマと過ごすようになって一週間。
元々このアライグマは人間だったのだが、とある事情から動物へ変わってしまったのだ。
しかし深夜十二時を過ぎるとアライグマは元の人間の姿へと戻る。
この事は彼の相棒には伝えていない。何故伝えていないのかと言うと。

(…それが俺にも分からねェんだよなァ…)

ふー、とデスクに伏せるライアン。足元にはアライグマ。
家に置いて来ようかと考えたが放って置くと家の物を破壊されるのではないかという不安から職場にも連れて来ているのだ。

「虎徹さん、随分ライアンに懐いているんですね」

「懐いてるっておかしくねぇ?このアライグマ元々人間なんだぜ?」

「いえ…僕にはあんまり近づいて来ないんで…」

そういえばアライグマとなった虎徹はバーナビーには近づこうとしない。
警戒しているだけなのではないだろうか。

「そういえば、あれからどうです?虎徹さんの様子。元に戻ったとかは…」

「あー…」

夜中の十二時から朝方の六時までは虎徹はアライグマから人間の姿に戻る。
しかしこの事実はバーナビーには伝えていないのだ。
だけれど何故だろう。バーナビーには知られたくない。
この事は自分だけの秘密にしておきたい。バーナビーと自分に差を付けたい。
そんな想いが胸の奥で渦巻く。

「いや、何も変わりはねぇよ。何時も通り俺様の家で暴れてるだけだっつーの。全く困ったもんだぜ…」

はぁ、とライアンは深い溜息を吐く。
虎徹が人間に戻る時間帯がある事に対しては嘘を吐いたが、その後の言葉に嘘は無い。アライグマの時は走り回り、人間に戻る際必ずと言っていい程何かを壊すのだ。
これには心底困ったものだ。

「そうですか…」

少しシュンとしたバーナビーを見て、ライアンは小さくニヤリと笑った。
なんだか勝った気になった。自分の方が有利になったような気になったのだ。
どうしてそう思ったのか自分でも良く分からない。
足元にいた虎徹がライアンの膝の上に飛び乗ると、小さく鳴いた。

「ピー」

「あー、はいはい。メシな」

ライアンはそう言うとポケットから袋に入った動物用のビスケットを取り出した。
バーナビーは驚いて目を見開く。

「分かるんですか?」

「んー、なんとなく?俺、一応ペット飼ってるからさ、こう…感じるっつーか、察するっつーか…」

「へぇ…。でもライアンが飼っているペットって確かイグアナじゃ…」

「イグアナもアライグマも一緒なんだって。細かい事気にすんなよジュニアくんっ」

「は、はぁ…」

困惑したバーナビーを他所にライアンはビスケットを虎徹に手渡す。
するとアライグマらしく器用に持つとバリバリとビスケットを食べ始めた。
これがあのオッサンだなんて本当に信じられない。ライアンは優しくアライグマとなった虎徹の頭を撫でる。
そんな時けたたましく腕に付けているPDAから音がなり、続いてアニエスの声が響く。

『ボンジュール、HERO。シュテルンメダイユ地区で事件発生よ。今日も視聴率よろしく頼むわね』

先ほどの音に驚いたのか、虎徹は部屋の隅に逃げ小さく怯えていた。
それに気付いたライアンはそっと近づくと優しく話しかける。

「わりィ。ビックリしちまったな。すーぐ終わらせて帰ってくるからイイコにしてんだぞ、オッサン」

そう言って持っていたビスケットを一枚渡すと駆け足でバーナビーと共に事件現場へと急いだ。

「…ピー…‥」

誰も居なくなったオフィスでアライグマは小さく返事をするかのように鳴いた。



♂♀



事件を解決し、そのままアポロンメディアへ戻ると残っていた仕事を終わらせ、ライアンはいつものように虎徹を抱え家へと帰った。
大きなソファーに座るとテレビを付けゴロンと横になる。
テレビ番組にはバーナビーが出ていた。ヒーローをやっている彼もカッコイイが、CMなどで見かけるバーナビーもカッコイイと思う。

「はー、ジュニアくんって何やらせてもカッコイイよなー…」

なんだか時々彼が羨ましくなる事がある。
自分だって負けていないとは思うが、決定的に何かが自分はバーナビーに敵わないんだと見せつけられているような気がする。
負けたくない。何が何でも負けたくない。

「ピー」

「んあ?おー、オッサン。どうしたー?」

虎徹は寝転がるライアンの上に乗り、そこでうたた寝をし始める。
多少は息苦しく感じるが、もしかしたら慰めてくれようとしているのかもしれない。
そんな事、ある訳がないのに。だって今彼はアライグマなのだ。
わしゃわしゃと虎徹の頭を撫でていると、ふとニュース番組から日付が変わる知らせが告げられた。
これはマズイ。

「おい、オッサン!そこど、」

どけ、と言い終わる前にボフンとライアンの上で人間に戻る虎徹。勿論全裸だ。

「うお!?なんだなんだ!?」

「なん、だっなんだ、じゃねェ!そこ、ど、け…!重い…ッ!」

「うえ!?ライアン!?なんで俺の下に!?」

「アンタが乗っかって来たんだよッ!!」

虎徹を退かし、常に用意してある彼の服を渡す。
服は虎徹の家から借りたものだ。いつ人間に戻るか分からないから、という理由でバーナビーに頼み彼の家まで案内して貰ったのだ。
服は適当に家にあったものを拝借してきただけなので、変な物は物色していない。
虎徹とは彼が人間に戻っている間にいろいろな話をした。
ヒーローになった経緯や、家族の話。自分の知らない彼を見ているようで静かな夜のこの時間だけがライアンの心を熱くさせた。

「あーあ、早くこの能力切れてくんねーかなぁ…。元に戻る度全裸って俺もう嫌だぜ…」

「本当にな。俺様だってアンタに家の物壊されたり、ご機嫌斜めなジュニアくんの相手すんのは懲り懲りだ」

しかし、このNEXT能力が切れるという事は虎徹はもうこの家には来ないという事だ。
なんだかそれが寂しく感じて、ずっとこのままでいればいいのに、とライアンは思った。
虎徹はふとテレビ番組に映るバーナビーに気づく。

「あ、バニーじゃん。なぁ、アイツ元気か?」

「…まぁ、一応。オッサンがアライグマになってから覇気はねェけどよ」

虎徹の口からバーナビーの名前が出てくると途端にライアンの機嫌が悪くなった。
この場にいるのは自分なのに、どうしてアイツの事を気にするんだ、と言わんばかりに一瞬虎徹を睨んだ後、彼から目を逸らす。
目を逸らしたのは、そんなふうに思ってしまった自分が後ろめたかったからだ。
虎徹はパンッと軽く手を叩くと腰に手を当てライアンに向かって言葉を放った。

「さ、寝ようぜライアン!」

「は?」

「いやぁ、俺もう眠くってさー…」

「あ、ああ…別に構わねェけど」

突然なんなんだろう。そんなに眠たかったのだろうか。
ライアンはまだやる事があるので虎徹が先に寝てくれれば、あとは自分がソファーで寝ようと考えていたのだが。
中々動こうとしないライアンに痺れを切らしたのか虎徹はグッとライアン腕を掴む。

「へっ…?」

「…一緒に寝るんだろ」

「は…?」

「だ、だってココお前ん家だし…」

顔を赤らめてギュッとライアンの腕を掴む虎徹に、不覚にもドキっとした。
なんなんだこの男は。本当に男なのか。
確かにココはライアンの家でこれまで一緒に二人でキングサイズのベッドで寝ていたけれど。
こうも大胆に誘われるとは思ってもみなかった。

「分かった、分かった…!俺様も寝るって…!」

そう言うとニコリと笑う虎徹。それに釣られてライアンもぎこちないがニコリと笑った。
虎徹と居るとペースが狂う。しかしそれは嫌ではない。寧ろ心地いいのだ。
変な気分になってしまう。
ドキドキとした胸を抱えベッドに寝転がる。

「…ライアンさ、いつもありがとうな」

「…突然なんだよ。気持ち悪ィな」

「いや、だってアライグマになった俺の事、いろいろ面倒見てくれてるだろ?俺アライグマになってる間って朧げであんま覚えてねーんだけど、なんかお前の声だけは良く覚えてんだよなぁ」

そう言う虎徹にライアンは嬉しくなった。バーナビーや他の人間の声はそんなに覚えていないのに、自分の声だけは覚えてくれている。
これは明らかな彼との差だ。勝った。それだけが嬉しかった。

「ああ、あと。そんな悩むなよ。お前はお前なんだからさ」

「はぁ?なんの事だよ」

「オジサンの独り言だと思ってくれていいよ。ま、とにかくそんな思い悩む必要は無いって事だ。じゃ、おやすみー」

言うだけ言って布団を被り丸くなる虎徹。一体なんなんだ、と思ったがこれは彼なりの優しさなのだろう。
アライグマになっているときに自分がバーナビーと自分の差の事で悩んでいたのを感じていたのかもしれない。
本当に良く分からない男だ、とライアンは思う。そういう所が気に入っているのかもしれない。
しかし気にっている、だけでは済まされないこの想い。

「…気づかないように、してたんだけどな…」

蓋をしてワザと気づかないフリをしていた。気付いた所でどうにもならないし報われるとも思わない。
だから蓋をして閉じ込めて気づかないフリをした。
だけど、もう蓋をしているのも限界かもしれない。
スヤスヤと寝息を立てる虎徹にそっと囁く。

「俺、やっぱアンタの事好きだ」

勿論ラブの方でなんだけど、と少し恥ずかしそうにボソボソと小さく呟く。
自分で言った言葉が急に恥ずかしくなったのかライアンも横になり、すぐにスヤスヤと寝息を立て寝始めた。



眠る彼の指がピクリと動いた事を、金色の彼は知らない。

―――――――
第二話!獅子、漸く自分の想いを眠る彼にそっと囁く



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