*長文です



桜が咲く季節になった。虎徹の故郷のオリエンタルタウンでは桜が花を咲かせている頃だろう。
仕事の暇が貰えれば一度戻って花見をしたいものだと、虎徹はぼんやりと思う。
シュテルンビルトには自然はあるものの、梅や桜など日本特有の木々は無い。
毎年それを寂しく思うのだが、脳裏に満開に咲いた桜を思い浮かべてはそれで満足する。
でも、今年は一目でいいから見てみたい。三日でいいから暇を貰えないだろうか。
会社に向かう道、虎徹は歩きながら空を眺める。

二部にヒーローとして戻ってからは一部に居た頃よりは時間が出来るようになった。
先輩ヒーローとして新しい二部のヒーローに指導をしつつ、犯人を逮捕する。
一部とは違って軽犯罪ばかりだが、虎徹は己の誇りでもあるヒーローを続けられるのであれば二部でも良かった。
能力が減退してしまった今では、一部にいるヒーロー達の足を引っ張ってしまう。
それだけはなんとしても避けたかった。
だから、相棒のバーナビーが自分のやりたい事をしたいとシュテルンビルトから居なくなって、ソロで活動するようになってからも頑張っていたのだが。
クリスマス。バーナビーは虎徹の前に姿を現した。
それも、あの赤いヒーロースーツを身に纏って。
夢だと思っていた。現れる訳がない。だって彼は、と虎徹は息を飲んだ。
驚きもあったが、嬉しくもあった。戻ってきてくれたんだと。
またコンビが組めますね、と微笑まれた時は嬉しくもあり、どこか苦しくもあった。
コンビを組むという事は、己が今二部リーグに居る以上バーナビーも二部に配属という形になるのだろう。
だが…、と虎徹は考える。自分は能力が減退して一分ほどしか発動出来ない。
対してバーナビーは一年ブランクがあるとしてもまだ現役で動けるはずだ。
KOHに返り咲く日も遠くない。そんな彼をこんな自分と組ませていいものなのだろうか。
彼の能力を無駄にしてはいけない。彼には助けられる人を助けてもらいたい。
ヒーローは正義の味方、困っている人々を助ける仕事だ。使える力をドブに捨ててはならない。
虎徹はそれを一度バーナビーに伝えたのだが、彼は聞く耳を持たなかった。

『それは虎徹さんが決める事じゃない。僕が決める事です』

相変わらず我儘なヤツだと虎徹は呆れた。それなら、と今度はバーナビーから提案を持ちかけられた。

『僕が二部リーグに居るのが嫌なら、虎徹さんが一部リーグに戻ればいいんです。能力や他の事は僕がフォローしますから』

とんでもない事を言い始めたと虎徹は内心焦った。
一度言い出すとバーナビーは頑なに自分の意見を曲げない。
結果を出せないまま、ズルズルと日々が過ぎていった。



アポロンメディアに出社すると、すでにバーナビーは己のデスクの前で仕事をしていた。
いつも通りにあいさつをすれば、彼も短く返事を返してくれた。

「よぉ、今日は早いな」

「ええ。この後いろいろ取材があって。それまでに終わらせようと思ったんです」

「へぇ…。お前ヒーロー復帰してから忙しそうだもんなぁ…」

年頃の若い男性。それもハンサムでルックスもいい、ヒーローとしての人気も老若男女問わず多い。
嫉妬を覚えるぐらいの良い男。そんな男が虎徹のパートナーであった。
テレビCMやドラマ、トーク番組でも引っ張りだこ。
それにくらべて、自分は。

「…虎徹さん、今日の夜時間ありますか?」

「夜?…んー…まぁ、平気だけどよ」

「なら、僕の家で飲みませんか?」

「明日も仕事だぞ?」

「分かってますよ。ちょっと虎徹さんに話したい事があるんです…」

「話したい事?ここじゃダメなのか?」

「ここじゃあ…ちょっと…」

虎徹は数分考えて、何かバーナビーにも悩みがあるんだろうと思い、今夜十時にバーナビーの家で飲み明かす事にした。
バーナビーの家の方がアポロンメディアも近い。
虎徹の家は、前の家を既に売り払ってしまっていたため、今は前の家よりは小さいアパートに住んでいる。
引っ越す際荷物もそんなに多くなく、家賃も安いという事でそこに住む事に決めたのだが。
問題は今住んでいる自宅からアポロンメディアまでは徒歩にバス、モノレールを乗り継いで行かなければならない。
不便だとは思っているが、二部の給料は一部に比べれば安い。
今の給料では前のアパートの家賃は払えない。
それ故に仕方のない事だったのだ。この事はバーナビーには言っていない。
流石に終電前までには帰りたいと虎徹は思うのだが、久しぶりにあった相棒の為。
時間は掛かるが徒歩でもなんとか帰れる距離だ。
なんとかなるだろうと虎徹は自身のデスクで未だに慣れないパソコンと面と向かうのだった。



深夜になって、虎徹はバーナビーの家を訪れた。
彼の部屋は相変わらず殺伐としていたが、多少なりとも家具が増えたような気がする。
なんだが人間味が増したような気がして少し嬉しくなり小さく笑った。

「で?話ってなんだよ」

「それはちゃんと話ます。その前に…少し、飲みませんか?」

「ちょっとだけだぞ?」

「そう言っていつも虎徹さんの方がガブガブ飲むじゃないですか」

「うっ、うるせーっ」

ふふ、とバーナビーは笑い、グラスにワインを注ぐ。
久しぶりに飲んだワインはなんだが凄く甘く感じた。
それで、とバーナビーがボソリと話し出す。

「ヒーローを辞めて一年、いろんな事がありました」

バーナビーはヒーローを辞めてからの一年間あった出来事を語り出す。
それはきっとバーナビーにとって刺激的で新鮮な物だったに違いない。
虎徹は静かにそれを聞いていた。
たくさんの人と出会った、両親がやっていたアンドロイドの研究所にも足を運んだ。
そうしたらスカウトされて、少しの間だけアンドロイドの事を勉強し、調べたりもした。
そこで出会った女性とも付き合ったが、すぐに別れてしまった事。

「えー?なんで別れちまったんだよ。美人な姉ちゃんだったんだろ?」

「はい。…でも、僕…ずっと忘れられない人がいて…それで、」

「え?お前…好きなヤツでもいるのかよ?」

「いますよ。失礼な。…と言っても、僕の片思いなんですけど」

「へぇー…バニーでも告白出来ない女なんているんだな」

「…怖いんですよ。絶対、フラれるって分かってるから…」

「そんなの言ってみないと分からないだろ?当たって砕けろってな!まぁ…フラれたら俺が慰めてやるよ」

「……本当に?」

「本当本当!!」

バーナビーに好きな女性がいるんだと知った時、なんだが胸がとても痛んだ。
虎徹は圧迫される苦しさを感じた。なんでこんな思いをしているのか分からないが、とても苦しかった。
なんだがバーナビーが自分から離れていくような気がした。
もう俺が居なくても大丈夫なんだな、とどこか理解してしまう自分がいて、寂しくなった。
まるで子が親の元から離れていくような気がして…。
思わず涙が出そうになり、慌てて話題を逸らす。

「で?どんな女の子なんだよ?可愛いのか?美人な姉ちゃんか?」

「僕より年上なんです。それで…お節介で、いつも僕の事を気にしてくれてて…」

バーナビーが言う彼の好きな女性はとんでもなく傍迷惑なやつなんだな、と虎徹は思った。
だけど、どこかで聞いた事のあるような人物。もしかして知り合いなのかもしれない。
グラスに残ったワインを一気に飲み干す。

「その子って俺の知ってる人か?」

「ええ」

「えー?誰だろう…あっ!もしかしてアポロンメディアの…――」

「―…僕の目の前にいます」

「関け…――…え…?」

「僕のずっと好きな人は、今、僕の目の前に居ます」

はっきりと聞き取れる声でバーナビーは虎徹の瞳を見つめながら言った。
酔っている?いいや、彼はグラスにワインを注いだだけで一滴も飲んではいない。
虎徹もそれほど酔ってはいない為、これは夢ではなく現実なんだと理解してしまう。

「…ずっと、ずっと…好きなんです、虎徹さん」

真剣な彼の瞳に射抜かれる。グラスを持っている手が震える。
何か言わなければならないのに、言葉が出てこない。
どうしたらいいんだ。どうしたら。

「すみません、急にそんな事言われても困りますよね。ごめんなさい。ちょっと酔ってるみたいです…」

「嘘吐くなよ。お前、一口も飲んでないだろ」

「…すみません」

「謝るな。お前の気持ちは凄く、凄く嬉しい。本当だ。でも…俺も、正直自分の気持ちが分からないんだ」

バーナビーを好きなのは理解している。だけどそれがどういった感情で好きなのか、分からない。
親として、友人として、パートナーとして。どれも当てはまる気がするし、当てはまらない気もする。

「俺も、きっとお前が好きだ。だけど、それがバニーと同じ感情なのかと聞かれると、…それは…分からない」

「………」

「だけど、邪見にしないでくれ。この気持ちにちゃんと向き合って答えを出したら俺はお前に自分の気持ちを伝えるから」

「…相変わらず優しいな、虎徹さんは。無理しなくていいんですよ。男が男を好きになるなんで変ですから、気持ち悪いならそう言ってくれても構いません」

「だからそうじゃないって言ってるだろ?お前は相変わらず人の話を聞かないヤツだな……あッ!」

ふと時計を見ると、そろそろ終電の時間が迫っていた。
モノレールの終電に乗らなければ自宅へ帰れない。タクシーを使ってもいいがその分お金は掛かる。
二部での稼ぎでは多少なりともキツイものがあり、少しでも節約をしたいのだ。

「…?どうしました?」

「悪いバニー、俺もう帰らないと…」

「まだこの時間では大丈夫なんじゃないですか?だって貴方の家は…」

「今は住んでるのは昔の家じゃねぇからさ、ちょっとシュテルンビルトから離れたボロアパートなんだよ」

「どうしてそんな離れたところに…」

「俺、前の賠償金の借金があるし、二部の稼ぎじゃ前のアパートの家賃は払えねぇんだ。だから少しでも安い処でって事でさ」

「………なら、」

バーナビーは虎徹の腕を掴む。もしかして帰さない気なのだろうか。
虎徹は一瞬不安になったがバーナビーはそういう事をする男ではない。
バーナビーが何を言うのか予測が出来ない。ゆっくりとバーナビーは真剣な面持ちで言う。

「…この家に住みませんか」

「――………え?」

唖然とした。冗談だろ、と思ったがバーナビーの瞳は真剣そのもの。
嘘でもからかっている訳でもない。
確かにバーナビーの家は広い。一人で住んでいるにしては広すぎる家だ。
だけど、だからと言って一緒に住むのは…、虎徹はそう思った。

「家賃なら気にしないでください。部屋もたくさんあるし…」

虎徹は考える。つい先ほど告白をしてきた彼は一体何を考えているのか。
でも確かにこの家ならばアポロンメディアも近いし、買い物にも不便はない。
文句の付けどころが見当たらないぐらいいい物件なのは分かる。
だけど…。

「…すみません、急にこんな事言って…虎徹さんだっていろいろあるのに……」

「んー……まぁ、悪い物件じゃねーよな。あのバーナビーと一緒に暮らす、なんてさ」

「からかわないでくださいよ」

「んじゃ、これからよろしく頼むわ」

「――……え?」

「え?じゃねーよ!なんだよ、誘っといて俺と一緒に住むの嫌なのかよ」

「えっ、え!?いえ!そんな事ないです!まさかオッケーを貰えるとは思ってなかったので…少し驚いて」

「まぁ…な。でも一緒に住んだ方がこの気持ちにちゃんと気付けるかなって…そうしたら、お前の気持ちに応えてやれるだろ?」

離れていろいろ考えるより、近くに居てもっと良く見て観察して気持ちを整理すればこれが恋なのか気付けるかもしれない。
バーナビーは嬉しいような辛いような、そんな表情を一瞬だけ見せたが、すぐに笑った。

「あー…引っ越しの準備とかしなきゃなぁ…」

「僕も手伝います」

「お?マジで?ありがとうな。つっても荷物は少ないんだけど」

ニコリと笑う虎徹に安心したのか、バーナビーもふわりと笑う。
これから訪れる毎日に期待しながら不安になる自分がいる。
楽しいのかもしれない、でも苦しいのかもしれない。でも、そんな毎日も二人で歩んでいけばきっと、大丈夫。



――――――
一応オフ用に書いていた話だったのですが…。
時間空きすぎて…急遽短くしました。
しかしだいぶ長くなってしまいましたが…。
25話後のまだ恋人同士になってない二人。

読んでいただきありがとうございました。




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