「……ドッキリを仕掛けるぅ?」

「そうよ」

虎徹はアニエスの言葉に眉間に皺を寄せる。ここはトレーニングセンターにある小さな個室。
突然のアニエスの申し出に虎徹は考える。彼女は視聴率の為ならなんでもする仕事一筋な女だ。
今回もそんなような事なんだろうけど…ドッキリだなんて。
ただでさえヒーロー仲間には純粋な、悪く言えば単純な輩ばかりなのに。

「ここの処視聴率が落ちててね。ヒーローの素な感じでも見せれば上がるかと思ったのよ」

「で、なんで俺ぇ…?」

「ヒーロー達にはアナタが再婚するっていう話を持ち掛けるの。ほら、アナタ既婚者じゃない?」

「…俺の私情は視聴者は知らないと思うんすけど…」

「そんな細かい事はいいのよ!私はただヒーロー達の素の表情が見たいの!!」

「お前が見たいだけじゃねぇか…」

「上手くいったら番組でも使うわよ」

「………」

なんだか納得がいかない虎徹。アニエスは一人で楽しそうだ。後ろにいるケイン達もどことなく不服そうな顔をしている。
ヒーロースーツは着るのかと問うと、それはいいと言われた。
もし番組で使うのなら素顔はマズイのではないだろうか。唯一素顔を出しているバーナビーには関係ないのだろうけれど…。
ゴクリと息を飲んで虎徹はトレーニングウェアに身を包み、皆が鍛錬しているルームへ向かう。
アニエスは別室で待機し状況を確認しつつ小型の無線機で虎徹に指示を送る役目をしている。
気が乗らないまま虎徹はトレーニングルームへ入る。

「おはようございます、虎徹さん。僕より早くここに来たはずなのに遅れてくるってどういう事ですか」

「……いろいろあったんだよ」

「??…大丈夫ですか?気分でも悪くして…」

「い、いや!大丈夫だ!バニーは自分のトレーニングしてろよ」

「はぁ…」

言えない。言えるわけがない。こんな状況で。もともと虎徹はウソを吐くのが苦手だ。
どうしてもすぐバレてしまう。これでも必死に隠そうとしているのだ。
アニエスからはまだ待機命令が出されている。動揺で気持ちの悪い汗が出てベタベタと纏わりつく。

「よぉ、今日は随分と遅かったな」

「お、おお…いろいろあってな…」

「お前最近忙しいそうだもんなぁ。羨ましい限りだぜ」

「そうかぁ?雑誌の撮影とか、CMの撮影なんてめんどくさいだけだぞ?」

「お前はそう言うけど俺にとっちゃ羨ましい限りなんだよ」

虎徹の親友でもあるアントニオが虎徹が腰掛けているベンチの隣へ座る。
他愛もない話をするだけなのに、なんだろうこの緊張感。
それから数時間は普通にトレーニングをした。
アニエスからはまだ命令は無い。それだけが唯一の不安。
再婚するなんて言ってどうする。しかもそれがドッキリで、ウソだなんて。
彼らを傷付けてしまうようで、虎徹は胸が痛んだ。
そんな時、無線機からアニエスの声が聞こえた。

『タイガー、そろそろよろしく』

「………マジかよ…」

今すぐ逃げ出したい。けれどこの企画を潰してしまうと後でアニエスにこっ酷く怒られるのは虎徹だ。
どうしよう、どうしよう。

『ちょっと早くしなさい!時間が、』

煩い無線機の電源を落とす。言うだけ言って、なんとかならなかったらもうその時はその時だ。

「…タイガーさん、どうしたんですか…?」

「いや、…あの、な…ちょっとお前らに話があるんだけどよ…」

ざわざわ、と皆がどよめく。虎徹は目の前がグラグラと揺れるのを感じる。
喉が渇く。ゴクリと唾を飲みこんだが、なかなか潤わない。
虎徹の周りをヒーローが囲む。なんだこの死刑宣告のような感じは。
虎徹は自身の手を強く握り締めた。そして、言う。

「俺、さ……さ、再婚、する事に…な、なったんだ、よ…」

強く目を閉じる。ああ、怖い。怖い。暫く沈黙が続く。
誰も何も喋らない。聞こえていなかったのだろうか。いや、そんな事はないはずなのだが。
そっと目を開ける。そこには皆唖然とした顔でポカンと口を開けていた。
これには虎徹も驚いた。
最初に口を開いたのは、ホァンだった。

「タイガーさん、結婚するのー!?」

「っえ、あー…んー、」

ホァンに続けと今度はイワンが虎徹に迫る。

「お、おめでとうございますタイガーさん!でも凄い突然ですね…」

「虎徹ぅううッ!!お前っ…親友の俺に黙って再婚だなんて…相手は誰なんだよ!教えろよ!」

「…タイガーが、…再婚…再婚?…あは、あはははは……」

「ちょっ!ブルーローズっ!?しっかりなさいな!ああもう!泡吹いちゃって…アイドルなんだからそんなの見せちゃダメでしょ!」

「おめでとう!そして、おめでとう!!結婚披露宴にはワイルド君とその花嫁に花束を贈ろうじゃないか!」

「タイガーさ、…いや、こて、虎徹さぁあああああッ!!そんなっ、僕という相手がいながら…さ、再婚なんて…ッ!!信じられません!どういう事なんですか!!相手は誰なんです!?僕よりもハンサムでお金持ちなんですかァ!?」

「ちょっま…!バニーだけなんかおかしいだろ!…いや、その…えっと」

この様子は隠しカメラで録画されているはずだ。
慌てる者。倒れる者。怒る者。喜ぶ者。さまざまだが、これからどうしたらいいのだろう。
ドッキリを仕掛けるとは聞いたがその後の対応を虎徹は聞いていない。
そもそも再婚なんてする予定もないのだから相手の事なんて考えていなかった。

(アニエスー、助けてくれよ〜…)

虎徹の祈りが届いたのか、少し怒り気味のアニエスと、数歩後ろに続くケイン達。
ドッキリだというプラカードを持って登場するようだ。
だが、今はそんな状態ではない。

「ちょっとタイガーッ!アナタ勝手に無線機の……――」

「……もしかして、タイガーさんの再婚相手って、アニエスさん?」

ホァンの何気ない一言にピシリ、と空気が割れた音がした。すると今度はアントニオが暴れ出す。
アントニオはアニエスに片思いをしている最中だったのだ。
虎徹がアニエスと再婚するだなんてそんなもの許せる訳がない。

「虎徹ぅううう!!てめぇえっこの!ゲス野郎がぁああああッ!!」

「おま!ゲス野郎は酷いだろ!!ちょ、アニエス!お前も何か言って…」

(…どうやら私とアナタが再婚するみたいな状態になっているみたいね…。面白そうじゃない。このまま続けるわよ)

(え!?ええッ、ええええええッ!!?)

鬼のような悪い微笑みに、虎徹は泣きたくなる。
ホァンは目を輝かせ、イワンは喜び、キースは勝手に一人でお祝い気分。
アントニオが怒り狂い、カリーナは白目を向いて倒れ、ネイサンは呆れて物も言えない。
バーナビーは、完全にアニエスを敵とみなしたのか、完全に敵意を持って射殺すような視線を送っていた。

「虎徹さん!そんな女より僕の方がいいでしょう!?どこで目が可笑しくなっちゃったんですか!」

「お前それは俺に失礼だろ!!アニエスは普通に美人だろうが」

「あら、嬉しい事言ってくれるのねタイガー。……本当に惚れちゃいそうだわ」

「…アニエス、冗談はよしてくれ」

「虎徹ぅううう!!俺の事恋路を馬鹿にしてたのかよぉおおッ!!見損なったぞお前ぇえ!!」

「いや!そうじゃない!そうじゃなくてだな!!」

「うぉおおおおおッッ!!!」

「バッカ!能力発動して暴れるなって!うおぉッ!!」

アントニオが能力を発動し、暴れまわった為機材が次々に壊れていく。
流石にこのままではアニエスもマズイと思ったのか、ここでネタバラシ。
ドッキリだったと知ると、皆ほっとしたような、どこか残念そうな表情を見せた。
カリーナは意識を取り戻し、再婚の話が嘘だと知ると大声で泣きじゃくった。
勿論この話はヒーローTVでは放送される事なく、お蔵入りとなった。
もう二度とアニエスの口車には乗るものかと虎徹は頑なに誓った。

There is no pleasant lie,

(いやー、悪かったよ虎徹…ドッキリだったなんてなぁ、思わなかったぜ)
(俺の事ゲス野郎呼ばわりしてただろうが。今日はお前が奢れよー)
(今日は僕正直ヒヤッとしましたよ…。虎徹さんと結婚するのは僕なのに…)
(お前いつの間に居たんだよ、っていうか俺はお前と結婚するつもりなんか微塵もねぇからな)

――――――
イナギ様、リクエストありがとうございました!!
またまたリクエストしていただき感謝です^^

楽しく書かせていただきました!!
アニエス嬢はシャレにならない事言いそうで怖いですよね…。
それに振り回されるヒーローズ、可愛いですね…!

リクエストありがとうございました!!!



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