虎徹は朝から余り気分が良く無かった。
朝一で相棒であるバーナビーから電話で『迎えに行きます』と言われ自身も素直にありがとう、などと言って喜んで。
だけど時間が経つうちに、だんだんと後悔してくるように。
寒空の中、虎徹は自宅前でバーナビーが来るのを待つ。
今日はバレンタインだ。どうせ彼の事だから自宅前で女の子が待っていたりするのだろう。
その対応に追われて三十分は遅刻するだろうと踏んで、虎徹は少し遅れて外へ出た。
案の定彼は来ておらず、虎徹は溜息を吐いた。
当然のようにきっと自分にはチョコだのクッキーだのは届いてないんだろうな、とまた深い溜息を吐いた。
バーナビーは虎徹の相棒兼恋人である。その恋人はイケメンでハンサムなのは凄く分かるし自慢でもある。
だけど、やはり少しは不安になる。こんなオジサンではなく、若く可愛い女の子の方が彼にはお似合いなのではないだろうか、と。
虎徹も亡くなった妻、友恵や母、娘からバレンタインのチョコを貰えるだけで当時は良かったのだが。
妻の友恵は病気で亡くなり、母も娘も離れて暮らしている。そんな二人から貰えるわけがないのだ。
勿論自分もバーナビーにチョコを渡そうと思った。
だけど、ファンの女の子から貰うのであったら、自分のチョコはいらないのではないだろうか。
ファンからのチョコも、自分からあげたチョコも同じような扱いになってしまうのではないだろうか、と。
考えれば考えるほど落ち込んでしまう。
そう思ってチョコは買っていない。いろいろ考えてクッキーやらケーキも作ったのだがどうも上手く出来あがらない。

「もっと友恵にお菓子の作り方教わっとけば良かったなー…」

吐く息が白くなる。それから虎徹は一時間待ち続けたが、バーナビーはやって来ない。
これ以上待ってしまうと遅刻してしまう。優しい彼の事だからきっと一人一人相手にしているのだろう。
携帯を取り出して、先に会社に行っている、と短い文章を打って送信する。
これじゃあアポロンメディアでも大変なんじゃないだろうか、と虎徹はまた大きく溜息を吐いた。


アポロンメディアのフロント。入口には若い女の子が大勢押しかけていた。
アイツのファンも大変なんだなぁ、と同情すると、虎徹はそっとゲートをくぐり社内へ入って行った。
自分の席に着くや否や、上司であるロイズから、

「バーナビー君は今日は相当忙しいみたいだから、君が変わりに処理するんだよ。嫌なら辞めてもらっても構わないからね」

と軽く脅迫され、虎徹は文句も言わずに黙々と作業を続けた。
モテるというのも楽なモノではないんだな、と虎徹はチラリとバーナビーの席を見つめる。
少しだけ寂しいと感じるが、今日は仕方ない。

作業を終え、寒さで固まった身体を動かそうとヒーロー達で使うトレーニングセンターへ向かった。
ロッカールームでは、なんだかスカイハイのロッカーが物凄く膨れ上がっているような気がする。

(…まぁ、スカイハイは人気だしなぁ…)

チラリと隙間から覗けば溢れんばかりの箱に可愛らしいラッピングの袋が大量に入っていた。
彼の事だから一日に黙々と食べているんだろうな、なんて。
簡単に想像できてしまうものだから、一人でクスリと笑った。
トレーニングルームではバーナビー以外のヒーローが全員揃っており、虎徹に気づくと真っ先にアントニオが近づいてきた。

「よぉ、バーナビーのヤツはどうしたんだ?一緒じゃないのか?」

「バッカ、想像出来んだろ。アイツの事だから今日はきっとコッチにも会社にも来ないって」

「…ああ…そうだな、うん…」

「…ところでロックバイソン、お前…貰ったか?」

「…いや…あ、…貰ったって言ったら貰った、な…」

嬉しいのか嬉しくないのか、微妙な表情のアントニオ。チラリと後ろを見れば、クネクネとした動きのネイサン。
ああ…、と虎徹は瞬時に理解する。

「…ガンバレ」

「同情の目は止めろ!」

ははは、と笑い合っていると、腰にトンッと何かがぶつかった。
それはホァンで。手には何か持っている。

「タイガーさん、はい!バレンタインのチョコ!」

「おお!ありがとうな!」

「いつもお世話になってるから…、あっ、ブルーローズさんも早く!」

ええっ!?、と一際大きい驚きの声。振り向けば顔を真っ赤にしたカリーナ。
持っている箱、恐らく入っているのはチョコなのだろう。物凄い力で握り締めているからか、箱が潰れそうだ。
まるで顔から火が出るのではないだろかと思うぐらい、彼女の顔は真っ赤である。

「あの、え、ぅ、ぁっと、ぁう、ううー…絶対渡さなきゃ、駄目…?」

「頑張って作ったんでしょ?ほら、頑張んなさい」

ネイサンに背を押させ、カリーナはオズオズと虎徹の傍へ向かい、押し付けるように持っていた可愛らしい箱を差し出した。

「ここここ、これ!義理!義理だからね!本命なんかじゃないんだから!!」

「はぇ?お、おお……ありがとうな、ブルーローズ」

頭をポン、と撫でてやれば、彼女は更に顔を真っ赤にして走り去って行った。
忙しい子だな、と思っていると今度は尻をそっと撫でられた。

「罪なオトコね、タイガーちゃん。ハイ、コレ。アタシからも」

「あ、おお…悪いな」

「あら、反応薄いわね。ハンサムが居ないからかしら?」

「はぁ?バニーがどうして関係あるんだ?」

「無自覚だなんて…!ハンサムも大変ねぇ…」

頭に疑問を浮かべながらも、虎徹はそのままトレーニングをした。
日が暮れて辺りが真っ暗になっても、結局バーナビーはトレーニングルームにもアポロンメディアにも現れる事はなかった。
携帯を開けばバーナビーからの着信やメールでいっぱいになっていた。
忙しそうだから、と思って連絡しなかったのがいけなかったのだろうか。
明日また連絡すればいいか、と自宅前に着いた頃。遠くの方から虎徹を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
空耳かと思いそのまま扉を開けようとした処、今度ははっきり聞こえる声で己を呼ぶ声が聞こえた。

「っは、はぁ!虎徹っさん!!」

「ん?…あれ、バニー!お前どうしたんだよ」

「だ、だって…虎徹さんっ、が…!はぁ、は…」

「ちょ、落ち着けって…」

走って来たのだろう。随分と息があがっている。
慌てて家の中へ招き入れると、バーナビーはぎゅっと虎徹に抱きついてきた。

「…会いたかったです、虎徹さん…っ」

「…今日お前忙しそうだったもんなぁ…。チョコ、いくつ貰ったんだ?トラック二台分とかか?お前ん家行ったら凄そうだなぁ」

「…貰ってません」

「…は?」

「僕は、一つも貰っていません」

だって、とバーナビーは続ける。虎徹を抱きしめる力が強くなる。

「だって、僕は虎徹さんからのチョコを貰いたかったから」

「…そんなん、ファンの子に失礼だろ」

「今日は虎徹さん以外の子からのプレゼントは貰わないように決めていたんです」

「…ロイズさん…明日怒るだろうなぁ…」

変な所で一途で頑固だから、怒られるのは自分なのに。
でもそんな処が彼の良い処であったりするから、虎徹はバーナビーの頭を撫でる。

「楽しみにしてくれてたんだな」

「はい」

「でも…悪い。俺チョコ用意してないんだよ。お前、どうせ今日たくさん貰うと思ってたからさ」

「そう、なんですか…」

「あ、っだ、でっでも…俺が後で自分で食べようと思ってた失敗したクッキーあるんだけどさ…」

「じゃあ、それを頂きます。僕の為に作ってくれたんですよね?」

「まぁ…」

「嬉しい…っ」

まるで花が咲いたように笑うバーナビーに虎徹は言葉を無くした。
ああ、こんなにも喜んでくれるのかと思うと、こちらも心が晴れやかになる。

「今日はずっと一緒に居ていいですよね?」

「……ああ」

「そうだ、…ホワイトデー、期待してて下さいね」

「…若干恐ろしい気がするのは俺だけか…?」



愛おしさを込めて、甘いスウィーツを君捧ごう。

―――――
兎虎のバレンタイン!
バニちゃんはバレンタインとか…凄そうだと思う。
ローズちゃんはバレンタイン…頑張る気がする。私は応援するよ!

『Aコース』様よりお題をお借りしました。

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