妻である友恵が死んで、もう五年。早いものだと思う。
カラン、と持っているコップの氷が溶けた。
親睦を深めようとバーナビーを飲みに誘ったら、呆気なく断られた。
「ったく、オジサンと語り合うのも悪かねーと思うんだけどなぁ…」
独り言に思えたそれは、後ろから来た友人に拾われる。
「お前の話はレジェンドか娘の楓ちゃんの話しかしねぇだろうが」
「レジェンドの事馬鹿にすんなよ!それに楓は俺の可愛い娘なんだぞ!分かってんのかアントニオ!」
やけにガタイの良い男。彼もまたヒーローであった。
虎徹とは親友である、ロックバイソンこと、アントニオ・ロペス。
「急に呼び出して…なんなんだよ、虎徹」
「いや…バニーを飲みに誘ったら、あっさりと断られてさ…」
「ああ、あのハンサムな…やけにツンケンしてるよな」
「なんか俺にだけ厳しいっていうか…」
「好きな子ほど苛めたい、とか…そういうんじゃねーのか?」
はぁあ?と虎徹は隣に座ったアントニオを睨み付ける。
何を馬鹿な事を言うんだろうこの男。
バーナビーが自分を好き?あんなに毛嫌いしているのに?
だったら少しは素直になったらどうなんだ。こっちの方が先輩なのに、言う事は聞かないし。
ヒーローというか、もうアイドルだし。
「アイツはさ、ヒーローがなんなのか分かってねーよな。ここはやっぱ俺が一度…」
「やめとけ、やめとけ。お前が言うと余計ややこしくなるから…」
「ややこしいって、なんだとこの独身ビーフ!!」
「独身ビーフって言うんじゃねぇ!モー!!」
アントニオは、大きく溜息を吐く。虎徹は少し酔っぱらっている。
これは送って行くのが大変だな、と心の中で愚痴る。
「…お前はさ、再婚とか…考えてねぇのか?」
「…考えてる訳ねーだろうが。それよか、お前の方はどうなんだよ。好きな女ぐらいいるんだろ?」
「なっ、まぁ…いない事も、ないけどな…」
「俺はさ、再婚とか、出来ねーよ。俺の中で友恵が一番なんだ。その次は楓でさ」
それに今更、こんな年齢で恋愛なんて。左手の薬指に嵌めてある指輪をそっと撫でる。
これはまだ自分が亡くなった妻の事を愛している証。
再婚なんて、できるわけがない。大きくなった娘もきっと許してはくれないだろう。
再婚なんて、この大事な指輪を外してしまう事になる。それは、きっと自分が妻への愛を忘れてしまった証拠。
だから、出来る訳がないのだ。
「…そういや、お前の相棒の女の話聞かないな。モテるんだろ?」
「バニー?ああ…アイツは女に困ってなさそうだもんなぁ…。あ、今度俺が愛のなんたるかを教えて…」
「だぁーから、お前は余計な事しなくていいんだって!またあのハンサムの機嫌を損ねるぞ」
「だってさぁ…俺、バニーちゃんと仲良くしてーんだって!」
「…アイツは虎徹の事嫌いじゃないだろ?寧ろ好意を寄せてないか?」
「はぁああ??バニーが?」
そんな素振り一度も見たことがない。好意を寄せているんだったらもう少しあのツンケンした態度を直してもらいたいものだが。
「案外、あのハンサム、お前の事好きだったりしてな。ほら、お前男によくモテるだろ?」
「ぐああああ!!嫌な話を思い出させるな!大体、バニーが俺の事そんな目で見る訳ねぇって!だって俺、嫌われてんだぞ」
「そうか?俺から見ればお前好かれてるだろ?アイツ、俺達にはあんな態度しないしよ」
「え…」
「ちょっとずつ心を開いてんじゃねぇのか?」
うーん、と虎徹は考える。バーナビーが
自分を好き?そんな態度見たことない。
でも、もしかしたら気付いていないだけなのかもしれない。
そうだったらどうしよう。昔からなぜかやけに男からモテるのだが。
それが今少し厄介な方へ傾いているのかもしれない。
本当にバーナビーが恋愛感情で自分を好きだった場合、自分はどうしたらいいのだ。
告白されても答える訳にもいかないし、断ってもきっとこの先仕事上面倒な事になってしまうだろう。
「…アントニオ、俺…どうしたらいいんだろ…」
「知らねぇよ。お前のいつものお節介が招いた事だろうが」
「ううー、アントンのバカー!今日はお前が奢れよ」
「なんでだよ!本当にお前は昔っからそうだな!モー!!」
好意を伝えられるのは嫌な訳じゃない。ただ、どうしたらいいのか分からないだけで。
(今更恋愛なんて、できねぇよ…)
今更、恋愛なんて
忘れてしまった感情を、呼び戻せというのだろうか。
―――――
おじさん、迷う。