優雅な午後になるはずだったのに、これはどういう事だ。
お気に入りのカフェで最近ハマっている紅茶を飲んでいた時の事。
聞き覚えのある大きな声が聞こえた。

「あー!ペトロフさんじゃないっすかー!ペトロフさんもお昼ですか?」

「…ええ、まあ」

「あっ、俺も一緒に食べてもいいっすか?」

ユーリが答える隙もなく、彼、虎徹はユーリの目の前の椅子にドカリと座った。
こちらの意見をまるで聞いてない…。ユーリは心の中で密かに溜息を吐いた。
そういえばいつもこんな、よく言えば大らかな、悪く言えばうっとおしいような気がする。
最近ではよく彼の賠償金の裁判で共にする事が多いが…。
正直、ユーリは虎徹が苦手であった。人懐っこく、お節介で、人に構いたがる。
そのくせ、自分の内側は他人には決して見せない。
年上でベテラン故なのだろうか、弱みは一切見せたことがない。

「…………」

「…あの、俺の顔になんか付いてますか?」

「いえ…」

恐らく手作りであろうおにぎりを、彼はむしゃむしゃと頬張る。
その姿は、とても自分より年上の男性だとは思えない。
ヒーローとして活躍している時の彼とは大違いだ。
じっ…、とユーリは虎徹を見つめる。
彼と自分とでは、目指す正義が違う。人とは、こんなにも歩む道が違ってしまうものなのだろうか。
彼はワイルドタイガーとして、自分はルナティックとして。
もう少し早く自分が彼と出会っていたなら、もしかして、自分は彼と同じ道を歩めたのかもしれない。
そこまで考えて、慌てて頭を振る。

(…何を考えているんだ、私は…)

馬鹿な考えだ。今更、もう遅い。歩み出した道は、もう引き返せない。
はぁ、と出てしまった溜息に虎徹が反応する。
しまった、と思った時にはもう遅い。
虎徹は何を思ったのか、持っていた弁当箱から綺麗に三角になったおにぎりをユーリに差し出した。

「そんなに俺の事見てるって事は、…もしかしてペトロフさん、腹減ってるんでしょう?」

「…は…?」

「これ、俺が作ったおにぎり、良かったら食べてください。味は…ペトロフさんには合わないかもしれないですけど」

ニコリ、と虎徹は笑っておにぎりを差し出す。
どうしたらいいのだろう。お腹は空いていないし。
かと言って折角差し出された物を断るわけにもいかない。
ああ、困った。
迷って迷って、ユーリは渋々おにぎりを受け取った。

「…それじゃあ、頂ますね」

「いーえいえ!なんかペトロフさん、いつも顔色悪そうだから、キチンとした食事取らなきゃぶっ倒れますよ!」

「お気遣い、ありがとうございます。でも、私はこれでもちゃんと食事はしていますから…」

「まさか小食とか?なら尚更栄養のあるもの食べないと!あ、炒飯とかって好きっすか?」

炒飯…?とユーリは首を傾げる。炒飯が虎徹の得意料理なのは知っている。
まさか炒飯が栄養のあるモノだとは思っている訳がないだろうと思うのだが…。
彼の表情を伺う限り、彼は炒飯を作る気でいる。

「あの、ミスター鏑木、私は…」

「あー、俺の事は虎徹でいいっすよ。なんかそう呼ばれるのむず痒くって…」

「…そう、ですか。…じゃあ、虎徹さん、どうか私の事は気にせず…」

「あ!ペトロフさん俺の炒飯の味疑ってます?バニーにはマヨネーズが多すぎだって言われるんですけど…美味しいですから!今度作ってきますね!いつもここのカフェで休憩してるんすか?」

ペラペラと喋り続ける虎徹にユーリは唖然とする。
大変な約束をしてしまった…。思わず頭を抱える。これじゃあ彼の相棒のバーナビーは苦労しているのではないだろうか。
でも、そのちょっとのお節介が心地よく感じられるのは何故だろう。
これが皆虎徹に心を開くきっかけなのだろうか。
会って数分で徐々に心を開きかけている自分に、ユーリは驚いた。
このまま心を開いたら、一体どうなるんだろうか。それが少し怖くて少しだけ後ずさった。
そんな時、虎徹のPDAが鳴り出す。どうやら相棒からのようだ。

『おじさん、いつまでお昼休憩してるんですか!もうとっくに休憩時間終わってますよ!』

「げげ!?マジかよ!悪いバニーちゃん!今から戻る!」

『いいから早くしてください、それから、僕はバニーではなくバーナビーだと何回言えば…』

「はいはい!じゃあなバニー!…っと、ペトロフさん、俺戻りますわ!」

「あ、はい。では、お気をつけて」

席を立つ虎徹に、ユーリは思い出したように虎徹に声をかける。

「虎徹さん」

「はい?」

「どうか次会う時には、私の事はユーリと呼んでください。敬語も無しで構いませんから」

一瞬驚いた顔をした虎徹は、ユーリの顔を見てニコリと笑う。
精一杯の彼への気持ちを表してみた。

「ああ、分かった。…じゃあな、ユーリ!」

彼に呼ばれた自分の名前が、凄く暖かく感じた。
颯爽と走り去っていく彼の後ろ姿を、ユーリはただただずっと眺めていた。
残ったものは、冷めた紅茶と、彼の作ったおにぎり。
それを口に運んで一口食べる。

「………しょっぱい」

今度会う時は彼におにぎりの塩加減を教えてあげなければ。



この胸にある想いは、もしかして、恋というものなのではないだろうか。

――――――
久しぶりの月虎。
お節介なおじさんと、いつの間にか絆されてるルナ先生←
ここから先生は自分の想いに気づいておじさんに猛烈アタック。
兎になんか取られてたまるかと猛攻撃するのです。

『空をとぶ5つの方法』様よりお題をお借りしました。

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