パートナーである彼を探して数ヶ月。
漸く見つけた手掛かりは、とあるアパートの一室だった。キースが空から居なくなってしまった虎徹を探していた時の事。
窓のカーテンから虎徹らしき姿を見た、とキースは言った。
似た人だったのではないだろうか、と最初は勿論疑った。でも今は藁にも縋る思いだ。似た人だろうととりあえず訪ねてみよう。
バーナビーはキースが虎徹らしき姿を見たというアパートの一室の前に居た。
もし仮にキースが見たという人物が虎徹であるなら、どうして彼は皆の前に姿を現さないのだろう。
もう皆記憶は取り戻した。酷い事をしてごめんなさいと謝りたいのに。
バーナビーはドクドクと高鳴る胸を抑えインターホンを押した。
数分待っても誰も出てくる気配はない。ドアノブを回せば、ドアは簡単に開いた。
鍵も掛けないなんて不用心にもほどがあるだろう。
勝手に入るのはいけない事だと知っているが、ここまで来たんだ。引き返す事はもう出来ない。

「…失礼します…。あの、誰か…居ますか…?」

静まる部屋。見渡せば必要最低限の生活用品しか置いていない。
まるで自分の部屋のようだ。すると、近くの部屋で何かが動く音が聞こえた。
誰かいる。バーナビーは少し慌てながら勝手に入って来てしまった事を謝ろうと、その扉を開いた。
そして、息を飲む。あれは、彼は、間違いなく。

「っ、こ、…てつ、さ…ッ!」

小さなベッドに横たわる虎徹の姿。バーナビーは興奮で心臓がギュッと締まったような苦しさを感じた。
見つけた。漸く見つけた。しかし良く見れば、彼の身体はいつも見ていた引き締まった身体ではなく。
痩せ細り、少しでも力強く抱き締めたら折れてしまいそうな程、弱く脆いように見えた。
彼に近付くために動かした足が、床をギシリと軋ませる。
その音に目が覚めたのか、虎徹はゆっくりと身体を起こし目を開いた。

「…?ユーリ…?かえってきたの…?」

声も間違いなく虎徹だった。生きていたんだ。
バーナビーはポロポロと歓喜の涙を流す。
そして、改めて彼の名を読んだ。

「っ…こてつ、さん…!!」

「……ぇ、……」

「虎徹さん!僕です、バーナビーです!分かりますよね?虎徹さん、生きて居たならどうして…」

そう言ってバーナビーが虎徹の元に歩むと、反対に虎徹は後ろへ後ずさる。
バーナビーは足を止めた。おかしい。何かおかしい。
どうして彼は何も言わない?虎徹の眼を見れば、それは明らかに此方に対する恐怖が現れていた。
恐れている?何を?

「…虎徹、さん…?」

「…ぁ、う…ゃ、だ…」

「虎徹さん…?どうしたんですか?あの…」

「くるなくるなくるなくるなァア!!やだ、いやだッ、こないでっ、おれ、ぉれ…なにも、なにも、してないのに…ッ」

怯え。それはバーナビーに対して、怖がり、恐れ慄き、嫌悪し、恐怖していた。
どうして?なんでこんなにも怖がっているんだ?訳が分からない。
落ち着かせようとまた近付こうとすると虎徹は震え上がった。

「やだ、ゃ、ごめんなさいっ、ごめんな、さっ…!ころさないで、おれっ、ころしてないよ…、だれも、ころしてなんかいないのに…ッ!ひっ、ぅー…」

彼は何を言っているのだろう。だって、彼はヒーローで。人殺しなんかするような人じゃない。
まるで、別人。
でも、一つだけ思い当たる事があった。それはマーべリックに記憶を書き換えられていた時の事だ。
バーナビーの知り合いであるサマンサを虎徹が殺したと誤った記憶を植え付けられ、その上虎徹の事も忘れさせられていたあの事件。
そういえば、虎徹はあの事件以降姿を消してしまった。それはもしかして、彼がこんな状態になってしまったからで…。

「虎徹さんっ、僕が誰だか分からないんですか!?」

「しらないっ、しらない…!ぁああ…っ、う、ァアアアっ、ヤダぁ!こわいっ、こわいよ、たすけて…っ、ユーリ…、ユーリぃ…」

「…ユーリ…?」

ユーリと虎徹は言った。同じ名前の人はたくさん居るだろう。
だけど、この場合。バーナビーや虎徹の知り合いでユーリと言う名の人物は一人しか当てはまらない。
グスグスとシーツを抱えながら怯え泣く虎徹にバーナビーはどうしたらいいのか分からなくなった。足がガクガクと震える。気持ちが悪い。
すると、後ろから低く静かな声が聞こえた。

「…ああ、もう見つかってしまいましたか」

「ッ!? お前…!ユーリ・ペトロフ…!」

「ユーリぃ!たすけてっ…、こわいゆめが、おれのことっ、またころそうとしてくるんだ…!」

「私が来たからには、もう大丈夫ですよ、虎徹さん」

ユーリがバーナビーの横をすらりと通り過ぎると、虎徹は震える手でユーリの身体を抱き締めた。
なんなんだ、これは。バーナビーは壁に手を付き、なんとか体制を保つ。
どう言う事なんだ、これは。どうして、なんで。疑問が溢れ上がる。

「なんで、…ペトロフさんが…、まさかっ貴方が虎徹さんを…!」

「いえ。私はただ、彼を助けただけです。無実の罪でヒーローから追われ、ボロボロになりながらも貴方達を信じていた、偉大なる虎を」

「でもっ、なんで…こんな…」

「虎徹さんを壊したのは、貴方達ヒーローだ。彼は信じていました。いつ記憶が戻るか分からない貴方達を、いつか思い出してくれる、また笑いかけてくれる、と、ずっと信じていた」

ユーリは震える虎徹の身体を優しく撫でながら、バーナビーの眼を見る事もなく淡々と続ける。

「だけど、貴方達は彼を思い出しはしなかった。彼の心はもう限界であったのに、貴方がバディである彼に言ってはならない事を言ってしまったから、彼の心はその瞬間一気に崩壊したのです。唯一の希望である貴方が思い出してくれさえいれば、結末は変わっていたかもしれないですがね」

ガタン、とバーナビーは床に倒れ込んだ。虎徹がこうなってしまったのは、自分達のせいだったと知ってしまった。
記憶が消されていた時の事はハッキリと覚えている。
酷い事を言ってしまった事も。怪我をさせてしまった事も。酷く悲しい顔をしていた彼の顔も。
全部全部覚えてる。

「強い人だと思ったのですか?違います。人間とは脆く儚い。それはこの人も例外ではない。現に、虎徹さんはもう元には戻せないほど壊れてしまった。私はそれをずっと守ってきたのですよ」

身体がガクガクと震える。なんて事をしてしまったのだろう。
ユーリが言っている事に嘘が無い事など、すぐに分かった。
怒っているのだ。虎徹をこんなふうに壊してしまった自分達に、怒っている。

「虎徹さんはもうヒーローには戻りません。戻れないんです。あの輝かしい彼を、もう誰も見る事は出来ない」

「ぁ、あ…ッ!ごめんな、さい…、虎徹さん、ごめんなさい…ッ!」

「虎徹さんはあの日の出来事が毎日悪夢として夢に出てくるそうです。彼を殺人犯として殺そうとした貴方は、彼にとっては恐怖そのものなんですよ」

だからあんなに怖がっていたのか。今更理解しても、もうどうしようもない。
なんて、なんて世の中は残酷なんだろう。触れたいのに、触れられないなんて。

「もう、此処には来ないで下さい。貴方がたが来てしまうと、彼がまた壊れてしまう」

バーナビーはフラフラと玄関の方へ向かう。
バタンと扉が閉まる音が聞こえると、ユーリは優しく微笑んだ。

「虎徹さん、もう大丈夫ですよ。悪い夢は居なくなりましたから」

「ほんと…?」

「ええ。ほら、」

いつもと変わらない部屋に虎徹は安心したのか、ユーリに抱き付く力を込めた。

「…もう、あんなゆめ、みたくない。こわい…。おれ、つかまってころされちゃう…」

「私がずっと傍にいますから、もう平気ですよ。ほら、安心して寝てください」

「…ユーリのて、にぎってねてもいい?そうしたらこわいゆめ、みないようなきがする」

「構いませんよ」

泣いたせいで赤くなった虎徹の瞳にユーリはキスをする。
バーナビーをここに呼び寄せたのはワザとだ。
ワザとこの場所に辿り着かせ、虎徹の姿を晒した。無事を確認させればもう街中を探す事も無い。
それに、彼との差を見せ付けてやりたかったのもあるのかもしれない。
彼は自分のモノなのだと、思い知らせてやりたかったのだけかもしれない。
でも、それでも満足だ。これで邪魔者な居なくなった。
狂った演舞はこれにて終演。

「ずっと私のモノで居てくださいね、虎徹さん」



明るい月の影は、とても深い闇だった。

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リクエストがあったのでまたまた書いてみた月×病虎シリーズ。
しかしこの月×病虎シリーズはこれで終わりです。

病虎も月も好きだよ…。


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