誰かが泣いている。暗闇の中はっきり聞こえた泣き声。
寂しい、悲しい、痛い、苦しい、助けて。
泣いているのは自分ではない。君は一体誰なの。
声の主は現れない。どこに居るの。そんなに泣かないで。
こっちまで泣きたくなってしまう。
闇雲に手を伸ばした所で唐突にその夢は終わった。

「………」

虚しい思いが胸の中で渦巻く。泣いていたのは誰だったのだろう。

「お、バニーちゃん起きたのか?」

「…虎徹さん」

キッチンから出てきたのは相棒の虎徹である。
手には二人分の皿。皿に盛りつけられているのは炒飯だ。

「…また朝から炒飯ですか」

「文句言うなら食わせないぞ」

「食べますよ。折角虎徹さんが作ってくれたものですから」

「よし!」

コトン、とテーブルに皿を置く虎徹の様子をバーナビーはじっと眺めていた。
そういえば、自分は彼の泣いたところを見た事が無い気がする。
もしかして、あの夢で泣いていたのは、彼?

「…虎徹さん、」

「なんだ?」

いや、彼に限ってそんなことはないだろう。
あんな大声で辛そうに泣き叫ぶなんて。

「いえ、…なんでもないです」

「はぁ?…まぁなんでもいいけどよ。早く食わないと遅刻するぞ」

彼はいつも笑って、楽しそうにしている。
まるで辛い事なんて吹き飛ばしてしまうように。
泣いている姿なんて想像できない。
バーナビーは目の前の炒飯を食べる為に起き上った。



その日もまたあの夢をみた。ただ、違ったのは夢の中の自分の周りに仲間でありライバルであるヒーロー達。
最初の頃はギスギスしていたとはいえ、今は一緒にご飯を食べにいったりショッピングにいったりとまるで友達のような関係になっていた。
だけど、足りない。何か足りない。

(……虎徹さんが、いない…)

いつも隣に居るはずの彼が居なかった。それが急に不安になって、慌てて辺りを見渡す。
見つけた虎徹の姿は、バーナビー達より少し離れた所に居た。

「虎徹さん…っ」

手を伸ばしても届かない。なんで、どうして。
追いかけても追いかけても彼はどんどんバーナビーから遠ざかっていく。
待って、行かないで、傍に居て。

「虎徹さん…ッ!!」

「うぉあ!?急になんだよ、ビックリした…」

夢から覚めれば愛しい彼はすぐ隣にいた。
隣にいるはずなのに、どうしてあんなに遠く感じてしまったのだろう。

「虎徹、さん…」

「どうした?嫌な夢でも見たか?」

嫌だった。彼が隣から居なくなる事が嫌だった。
寂しかった、悲しかった、痛かった、苦しかった。

「…貴方が、僕の傍から居なくなる夢、でした…」

「………」

「追いかけても追いかけても、追いつかなくて…それで」

夢の詳細を虎徹に伝えると、虎徹は少し考えた後。

「…それ、俺も同じような夢を見たなぁ…」

「え?」

「お前の傍には皆がいて、俺は独りで。その光景になんだか急に目を逸らしたくなって。寂しくて、悲しくて、痛くて、苦しくて。独りでみっともなく泣いてた。あの夢を見た後に、きっとヒーローを辞めたらこんな気持ちになるのかなって…思ったりした」

ああ、あの夢の中で泣いていたのは彼だったんだ。
バーナビーは虎徹の身体を抱きしめる。
彼の身体はこんなにも細かっただろうか。
力を込めたら折れてしまいそう。

「バニー?」

「…僕が貴方を独りになんかさせやしません」

「…おー…頼もしいねぇ…」

「信じてないでしょう?」

「…信じてるよ。俺の頼れる相棒」

そう言って虎徹が左手の指輪を撫でたのをバーナビーは見過ごさなかった。
妻への罪悪感のだろうか。幸せになってはいけないと、思っているのだろうか。

「虎徹さんが独りにならないように、僕が貴方を幸せにします」

「…そういうのは女の子に言ってやれよ」

「貴方だから言っているんです」

「…俺は、幸せになんかなれないって」

だって俺にはお前に与えてやれるものが何も無い。
例えバーナビーから幸せをもらっても、自分は何も与えられない。
それに、自分だけが幸せになるのを妻は許してくれるだろうか。

「俺だけが幸せになっても、お前が幸せになれないなら意味がない」

「僕は貴方の隣に居られるだけで幸せなんです」

「……俺、オッサンだぞ?ともえの…死んだ妻の事も忘れられないダメな男だし…」

「知ってます。散々見てきましたから」

虎徹ははぁ、と溜息を吐く。何を言っても無駄らしい。

「…後で後悔しても知らねーぞ」

「大丈夫です。後悔なんてしませんから」

「…本当、頼もしい相棒だよお前は」

「でもこれからは相棒兼恋人ですけどね」

バーナビーは虎徹を抱く腕に力を込める。
離さないように、ずっと傍に居られるように。

「これからは独りで泣かないで下さい。僕が傍にいますから」

「ああ…、ありがとうな、バーナビー」



どうか幸せに、と彼女の声が聞こえた気がした。

―――――
幸せが怖い虎と幸せにしたい兎。
…を、目指したが案の定ごちゃごちゃに。
ナチュラルに同居してたりする兎虎。

『空をとぶ5の方法』様よりお題をお借りしました。


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