*ヤンバニ
パラパラと何かが無くなっていく音がする。
一体何が無くなっていくのか分からない。だけど確実に日々何が欠けて無くなっている。
その壊れていく音の正体を掴めたのは、偶然だった。
「あれ、虎徹さん…腕、どうかしたんですか?なんか…服に血が…」
「え、…?」
バーナビーから言われて腕を見た。深いグリーンのシャツに赤黒いシミ。
慌てて袖を捲ると二の腕から血が溢れ出ていた。
こんな大きな怪我、いつしたんだろう。全く覚えていない。
「うわ、全然気が付かなかった…。いつの間にこんな怪我したんだろ、俺…」
「痛くなかったんですか?あ、ちょっと待っててください。今救急箱を持って来ます」
痛みは全く感じなかった。おかしい。疲れているんだろうか。
ふいに傷口を触ってみた。
…痛くない。
「………?」
爪を立ててみても引っ掻いても、痛覚を感じない。背筋がゾッとした。
おかしい。こんな事今までなかった。
バーナビーが急いで腕に包帯を巻く姿を虎徹はただじっと眺めていた。
それが、失われた最初の感覚。
次は、味覚。自分が作った炒飯の味見をした時、味を感じなかった。
まさか、と思い塩と砂糖を舐めてみたが、甘いともしょっぱいとも感じなかった。
痛覚の次は味覚。虎徹は自分の身体がおかしくなりつつある事を理解し始めた。
次は何が無くなるのだろう。自分の身体が恐ろしい。
この事は誰にも言わないようにしよう。相棒であるバーナビーに心配をかけたくない。
一度病院に行って検査してもらわなければ。
次の休みの日はいつだろうと手帳を開きスケジュールを確認すると、今月は取材やグラビア撮影、雑誌のインタビュー、人気番組にゲストで出る予定だったりと休みの日がない。
しかも犯罪事件はいつ起こるか分からないしヒーローとして犯罪行為は見過ごせない。
虎徹は一人溜息を吐く。
何日か経って、虎徹は五感が少しずつ失われていくのと同時に記憶までが消えていっている事に気付いた。
昨日の夕食に何を食べたか思い出せない。それぐらいならまだ分かるのだが、記憶が失われていっていると気付いたのは愛する妻の名を思い出せなくなった時だ。
その時は携帯のフォルダに残っていたデータやアルバムなどで思い出したのだが、これから自分の中の記憶が消えていっているとなると、もう後には引き返せない。
これはもう自分一人の問題ではない。
会社に出社すると、まず始めにその事をバーナビーに話した。
彼は多少驚いたようだったが、特に虎徹を罵倒する事もなく。
「まぁ、虎徹さんの様子がおかしいのは気付いていましたし…そんな事になっていたなんて…もっと早く言ってくださいよ、全く…」
「う、それは悪かったって…。でもよ、お前よく気付いたな」
「おかしいと思ったのは最初の腕の傷の時ですね。僕が虎徹さんに包帯を巻いている時痛みに顔を歪める事なく平然としていたので変だな、と…、後はこの前僕がホットコーヒーを渡した時、虎徹さん全く熱さを感じていないみたいでしたから…」
「あー…それでか…」
「この事は僕以外に誰か知っているんですか?」
「いや…この事を話したのはお前だけだ」
「そうですか…」
バーナビーは虎徹がこんな状態ではヒーローは続けられないだろうと思い、ロイズに頼み虎徹はしばらくの間は休養をとる事になった。
虎徹の状態を逸早く知る為に、虎徹はバーナビーの提案で彼の家へ数日の間泊まり込む事になった。
不自由はないものの、この家には物が無い。
「バニーちゃん、後で俺の家からいろいろ持って来ていいか?」
「いいですけど…散らかさないで下さいよ」
「餓鬼じゃねーんだから、そんな事しねーよ」
クスクスと笑い合う二人。虎徹が自分の家へ向かう支度をしている姿をバーナビーはじっと眺めていた。
ずっとこのまま彼がこの家に居ればいい。そうしたら、ずっと一緒だ。
彼は、虎徹にバレないようニヤリと笑った。
数日後、虎徹は日に日に色々なモノを失っていく。
五感に加え、感情も少しずつ消失していった。
嬉しい、悲しい、腹立たしい。大切なモノがどんどん消えていく。
これでは最終的に生きる屍のような存在になってしまうのではないか。
それが恐ろしくて、怖くて毎日震えた。
「なぁ、バニー。俺、この先どうなっちまうのかなぁ…もう、何も分からないんだ…」
「大丈夫ですよ虎徹さん。僕がずっと傍にいます。怖がらないで」
「ばに、ばにぃ…」
弱りきった虎徹の身体を抱きしめる。
今の彼の記憶の中に、家族も親友も仲間の存在もいない。
あるのは、パートナーであるバーナビーの存在だけ。
バーナビーは一人クツクツと笑いが込み上げるのを我慢する。
ここで笑ってはいけない。高らかに笑い上げるのは、全てが終わった後。
愛しい彼を完璧に陥れ手に入れるまで、楽しみに取って置かなければ。
「もう少しで僕と貴方の二人きりですよ。ねぇ、虎徹さん」
僕は君を破壊する
はやくあなたがほしい。
―――――
ヤンバニを目指したがこれまた中途半端に…。
結局は全部兎がいろいろ仕組んでましたっていうヤンバニの話。
どこか欠けてるおじさんっていいですよね…。
耳が聞こえないとか、目が見えないとか…。
すみません自己満足でした。
『虚言症』様よりお題をお借りしました。