いつから追いかけるようになったんだろう。思い出しても分かる訳が無い。
だって気が付いたら好きになっていたんだ。理由なんて、そんなもの、分からない。
自分でも驚きが隠せなくて。ありえないありえないとなんども自身に言い聞かせた。
なのに、やっぱり自分の気持ちには嘘は付けなかった。
夕陽が差し込むダブルチェイサーに腰掛けた虎徹の目の前には、黄色い声を上げたファンの女の子達に囲まれて満更でもなさそうな男がいた。
その男は虎徹の仕事上のバディであり、何者かに両親を殺され、その怨みから復讐に燃えるメンタルが豆腐並みに弱いやつだった。

(…なんで、バニーなんだろう)

確かに、カッコイイと思う。外見だけは。中身はファンに向ける笑顔とは全く違う事を考えている事も虎徹は知っている。
ヒーローという職業を甘く見ている処や、他人をあまり関わろうとしない事も、理解しているのに。
虎徹は、営業スマイルでサインを書き続ける相棒のバーナビーを見つめた。

(アイツは男だし、俺も男だし…歳も離れてる。性格も全然合わない。なのに…)

どうして好きになったんだろう、とポツリ呟く。バーナビーが一瞬コチラを見たような気がするが、気のせいだろう。
彼は虎徹の事をあまり良く思っていない。だから良くお節介なおじさんだの時代遅れだの言われているのだが。
嫌悪感を抱くより、虎徹は好意を寄せてしまったらしい。
独りは慣れているなんて彼は言う癖に、いざ虎徹が離れると無意識なのだろうけど寂しそうな顔をするのだ。
それが放っておけなくて。親が子供を思うような気持ちになるのだ。きっとそのせいなんだろうと、虎徹は精一杯自身に言い聞かせる。
男なんか好きになる訳ない。大体、男に好意を寄せられて喜ぶ男がどこにいる。
はぁ、と溜息を吐いた。

「おじさん、お待たせしました」

気が付くと目の前にはバーナビーが居た。どうやらファンの子達のサインが終わったらしい。

「おー、お疲れさん。流石バニーちゃん。人気あるなぁ」

「まぁ、僕ですから。おじさんとは違うんです」

バーナビーの憎まれ口に、虎徹は珍しく言い返さなかった。普段ならここで「なんだとー!」と怒ったりするのだが。
妙にしんみりしている虎徹に、バーナビーは疑問を浮かべた。
一方虎徹は、自分と彼の違いについて考えていた。
自分は崖っぷちのベテランヒーロー。彼は新人の人気No1のヒーロー。
ルックスも良ければ成績も良い。そんな彼に女の子が近寄らない訳がない。
それが、こんな歳食った男に好かれて何が嬉しいものか。なるべく考えないようにしていた事をバーナビーに遠回しに言われた為、少なからずショックだった。

「…おじさん?」

「へ?ぁ、ああ、なんでもねーよ!ほら、さっさと行けって」

「はぁ…?」

バイクが風を切るように走る。清々しい風なのに、ズキズキと胸は痛むばかり。
切ない想いが胸に渦巻く。いつまでこんな想いを抱えればいいんだろう。
恋なんてもうしないと決めたのに。

「バニー」

エンジンの音や風を切る音で聞こえはしないだろう。現に虎徹はバーナビーを彼の嫌う愛称で呼んだのだが、返事が無い。
聞こえてないなら、それでいい。きっとこの想いは言ってしまえば楽なんだろう。
言うだけなら簡単だ。だけど、それを言うのは本人にでなければ意味がない。
もし聞こえたとしても、嫌われるのは目に見えている。
言わないで嫌われるより、言って嫌われた方がまだマシだ。
だって自分の気持ちを言えたのだから。

「好きだ」

まるで会話のように言った。聞こえていないはずだ。
虎徹は何事も無かったかのようにバーナビーが運転するバイクの反対側を向き景色を眺める。
まだドクンドクンを心臓が脈打つ。このまま何事もないまま家に着けばいい。
だが、そんな虎徹の心境を余所に、バーナビーは突然バイクを止めた。
どうしたのかと思い虎徹は慌ててバーナビーへ声を掛ける。

「お、おいバニー?どうした?なんか忘れもんでもしたか?」

「…本当ですか」

「は?何が?」

「僕を、好きだって事」

ビクンと虎徹の身体が跳ねた。聞こえていた。聞こえていたのだ。
どうしよう、と虎徹は身ぶり手ぶりであたふたと考える。嘘を言ってもすぐばれるだろう。
きっと彼の事だ。もうこれ以上仕事の関係以外で話かけてくる事も無くなるだろう。
それでもいい。嫌われたっていい。自分の気持ちに、嘘偽りはないのだから。

「……本当だ。嘘じゃない。…っあー、気持ち悪いだろ?まぁ…俺の事は軽蔑してくれても構わねーからさ。それより、ここに止まってると交通の邪魔にな…――」

「軽蔑なんか、しませんよ」

「はい?」

「軽蔑なんかするはずないじゃないですか」

「いや、だって…お前聞いてたか?俺はお前の事が好きだって言ったんだぞ?ラブとライクでいう、ラブの事だぞ?分かってんのか?」

「ええ、分かってますよ」

冗談だろ、と虎徹は思った。だって、あの、バーナビーが。
何かの間違いだ。俺の耳が可笑しくなったんだ。虎徹はこちらをずっと見つめてくるバーナビーの視線から己の視線を地面へと落とした。

「だって、僕も貴方の事が、好きですから」

「…ん?」

「おじさんのあの熱い視線、とても心地よかったです」

「へ…?うそ、え、なに…?お前、俺の事好きなの…?」

「はい。おじさんが僕に好意を向ける前から、ずっと」

なんという事だろう。虎徹はドッと身体の力が抜けるのが分かった。
あの時一瞬感じたバーナビーの視線は気のせいなんかじゃなかったんだ。
ヨロヨロとダブルチェイサーにもたれ掛かる。

「マジかよ…」

「マジです。ほら、ここに止まってると交通の邪魔になりますから。いきますよ、おじさん」

彼の方が一枚上手だったという事なんだろうか。
きっとバーナビーは自分が告白するのを待っていたんだろう。
虎徹はまた大きく溜息を吐いた。

「なに溜息吐いてるんですか。僕達はこれで晴れて恋人同士になったんですよ?もっと喜ばないと」

「…お前、全部分かってたな?」

「なんの事ですか?」

惚けられた。ああ、なんで言ってしまったんだろう。少しの嬉しさと、少しの後悔。
目の前に広がる大きな夕陽が目に沁みて、ほろりと涙が流れた。



若いってこういう事なのかな。おじさんもうわかんない!

―――――
虎→兎からの兎虎とリクを頂きました!
書いてて楽しかったです…。
兎の事で悩む虎さんマジ天使…ッ。


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