「てめぇ等、準備はいいか!?」


氷帝学園男子テニス部の部長である跡部景吾が声をはる。
その一言に200人近い部員たちが一斉に団結する。

……気合が入るのもよく分かる。
なんたって今日は関東大会。
そして対戦相手はあの青春学園だ。

部長の跡部さんが特に意識しているのは、
何と言っても青学の部長である手塚国光。
対戦校が青学と決まったときから、跡部さんのオーラが半端じゃなかった。


「葵」
「……忍足さん」


名前を呼ばれて振り返ったら、そこには忍足さんが居た。
何を考えているのか分からない表情をして立っている。


「応援…よろしゅうな」
「はい」
「葵が応援してくれたら、俺やる気出るで」
「………そうなんですか?」
「せや。応援頼むで」
「はい。仮にもマネージャーですから」


私と忍足さんが会話していると、向日さんが入ってくる。
それはいつしか忍足さんと向日さんだけの会話になり、
そして、まるで最初から2人の会話みたいになった。




試合前、どこか楽しそうで緊張感のあるこの場所から、少し離れた場所で見守る。
普通の人から見れば、「試合前の雰囲気か?」とか思うだろうが、
さっきも言ったとおり、どこか緊張感を感じる。

私が近くにあったベンチに静かに座ると、見覚えのある人が近づいてきた。








「…………璃南、ちゃん……?」





突然名前を呼ばれて顔を上げる。
そこに居たのは―――――――――
思い出したくもない人の姿。


「璃南ちゃん、だよね?……どうしてここに…?」


青学の制服を着た女の人が話しかける。
それと同時に震えだす体。


「…………璃南ちゃん、その制服…、まさか…」


何で、何で。
何で気安く話しかけてくるの?
貴女が、貴女が。
貴女が私の全てを壊したというのに――――。



「璃南ちゃん、何で…」
「気安く璃南さんに話しかけないでくれませんか」



青学の女の人が言いかけたとき、それを防ぐかのように長太郎君が言った。
そして長太郎君は私を庇うようにして立つ。



「…氷帝の…。やっぱり、璃南ちゃん……」



女の人が言ったとき、周りがざわつき始めた。
長太郎君が会話に参加したからだろうか。
氷帝のレギュラー陣が近づいてきた。


「鳳、何をしている」
「跡部さん」
「何や揉め事か?」
「いえ、何でもありませんから」


長太郎君は気を使って何もないことにしてくれている。
何て優しい人なんだろう。
あの人とは大違い。




眞夜まや?」


そんな空気を変えたのは、青学の誇る天才…不二周助。
彼の登場に氷帝レギュラー陣の目つきが変わった。


「周助…」
「もうすぐ試合が始まるから、みんなのところに…」


女の人の目線に気づいたのか、彼は私を見るなり目を見開く。


「眞夜、行こう」
「うん…」



あぁ、やはり
あの頃の彼とはもう違う―――――――。















テニスコートに氷帝と青学の選手が入り、整列する。
テニスコートの周りは氷帝の部員たちで埋め尽くされた。
都大会のときも見たけれど、あの応援はすごいと思う。


「これより、青春学園対氷帝学園の試合を始めます」


審判の合図とともに関東大会1回戦が始まった。
相手はあの青学。
しかも帰国子女の1年が入部して、さらに強くなったとか。

……そんなことは関係ない。
こっちは部員200人もいるテニス部だ。
それに関東大会だから正レギュラー全員が参加する。
宍戸さんも強くなって帰ってきた。
そんな昔ではないが、都大会の頃とは違うんだ。

朝、忍足さんも言っていた。
自分の単なる欲望のためだが、仮にもマネージャーなのだ。
きちんと応援しなければ。
周りの部員に負けないように。
青学の応援に負けないように。
青学に負けないように。



対戦相手が分かったとき、震えが止まらなかった。
そんな私を、長太郎君は優しく抱きしめてくれた。
「青学には絶対負けない」と言ってくれた。

その強い決意に憧れた。
私は自分の過去に縛られて、いつまでも逃げようとしない。
「苦しい」と言っているのに、それをどうにかしようとしない。

それに比べて、長太郎君はとてもすごい。
自分のこともできるし、他の人にも目を配れる。
宍戸さんの練習に付き合って…
今、私の過去を断ち切ろうとしてくれている。


私もそれくらいに強くなれば…傷つかずに済むのかな…?










関東大会1回戦、青春学園対氷帝学園。
いきなりこの2校があたってしまった。

最初の対決はダブルス2。
我が氷帝からは向日岳人と忍足侑士。
青学からは2年の桃城武と3年の菊丸英二。
青学で最も強いダブルスコンビ・ゴールデンペアで来ると思いきや、
何と相方・3年の大石秀一郎が手首を怪我したとか何だとか。
大石直伝のムーンボレーを披露したり、
先輩として、ダブルスとして桃城を支えるなどの成長を見せ、
6−4で青学の桃城・菊丸ペアの勝利となった。


続いてはD1。
氷帝最強のダブルスペア、宍戸亮と鳳長太郎対
2年の海堂薫と3年の乾貞治の試合。
鳳の「一球入魂」の掛け声と共に繰り出される
「スカッドサーブ」により相手を苦しめた。
しかし、乾が右手首をこねる癖を見抜きフォルトを誘導。
一時期どうなるかと思われたが、3−6で宍戸・鳳ペアが勝利を収めた。


そしてシングルス3。
樺地崇弘対3年の河村隆。
この試合は両チームのパワー選手同士の戦いとなった。
河村の必死の努力で会得した「波動球」が炸裂する。
しかし、樺地はあっさりとそれをコピーし、
両選手「波動球」の打ち合いとなり、互いに負傷。
ノーゲームとなった。


次にS2。
ボレーを得意とする芥川慈郎対3年の天才・不二周助。
芥川は不二の弟である不二裕太に15分で完勝したことがあった。
が、やはり天才のほうが上だったようで
6−1で不二が勝利を手にした。


この試合の1番の見どころであるS1。
跡部景吾対3年の部長・手塚国光の部長対決。
跡部から仕掛けた持久戦で、手塚は左肩の痛みが悪化してしまう。
しかし手塚は決して諦めず試合は続き、
激戦の末6−7《35−37》で跡部の勝利となった。


最後は控え選手の戦い。
日吉若対期待の1年・越前リョーマ。
古武術を応用した独特のプレイ「演武テニス」を披露するが、
越前は「サムライ南次郎」と呼ばれた越前南次郎の息子らしく
本人の実力を見せつけられ、6−4で越前の勝利…




結果、3−2で青学が1回戦突破を決めた。
















「……そんな、氷帝が…」


都大会どころではない悲しい現実。
氷帝は再び敗北した。
それは変えることのできない「事実」なのだ。
私はそれ以上何も言うことができず、ただ立ち竦んでいた。

気まずい雰囲気の中、誰かの足音が聞こえた。
私はふと足音のするほうを見る。
と同時に恐怖と憤怒が体全体を包んでいった。



「璃南ちゃん、」


足音の主は、青学の制服を着た女の人――否、眞夜だった。
眞夜は何も言わずに私の元へと足を進める。
そしてついに、私の目の前にやってきた。
氷帝一同が眞夜の登場に驚いていた。が、誰も追い出そうとはしなかった。
長太郎君だけはすごく鋭い瞳で眞夜を睨み付けていた。




「………………何の用?」

何とかして発した言葉。やけに震えていた。




「始まる前に言おうとしてて言えなかったからさ。どうしても言いたくて」



やだ。こないで。もうなにもいわないで。
みたくない。はなしたくない。ききたくない。





こ れ い じ ょ う   わ た し を   き ず つ け な い で 








「死んでなかったんだ。超残念。周助も可哀想に…こんな奴と小さい頃から知り合いだなんて。マジうざい。せっかく学校辞めてアンタが消えたと思ったのに、こうやって会っちゃうとか嫌がらせじゃん」


ペラペラと話していく眞夜。
段々嫌になって、聞きたくなくなって。私は力の限り拳を握りしめた。



「……てか、何?その右手。もしかして私を殴るつもり?そんなことしてもいいのかな?アンタは本当に私を殴ったことになるよ?そしたらもっと皆に嫌われちゃうね?人殴るなんて最低だよね。青学だけじゃない。氷帝の人たちにまで嫌われちゃうかも。…………もっと嫌われればいいのに。アンタなんてそんな程度の人間だもの。誰も気にしないよ。アンタが死んだって誰も悲しまない。生きてるほうが色んな人を傷つけるんだよ?分かってんでしょうね?もう私の前に現れないで。その醜い姿で近づないで。


私ホントに、アンタのこと大嫌いだから」




拳には爪が食い込み、やがて赤色へと変わっていく。
彼女はケラケラと笑って去って行った。
氷帝の人たちも呆然としている。
赤色と、瞳から零れた透明の液体が、重力に逆らえずに落ちていった。






「あの女…!!!!」


長太郎君の低い声が聞こえた。
少し顔を上げると、長太郎君が怒りをあらわにしていた。



「絶対に許さない。あの女だけは…絶対に…!!!」
「お、落ち着けよ長太郎…」
「落ち着いてなんかいられません!何であの女はああやって平然とした顔で璃南さんを傷つけられるんですか!?人としてあり得ないでしょう!!?」


今にでも眞夜に跳びかかりそうだった。
宍戸さんたちが必死になって長太郎君を止める。



「………ありがとう、長太郎君」
「璃南、さん…?」


ありがとう。私のためにそんなにも怒ってくれて。
ありがとう。私の分まで怒ってくれて。
ありがとう。私の言いたいことを全部言ってくれて。


それから、ごめんね。貴方を巻き込んでしまって。



きっとあの時私が、貴方に助けを求めなかったら…
ただの他人でいられただろうに。








私は一体、どれ程人を傷つければいいのだろうか。
過去に戻れたら…なんて淡い期待を寄せて。
そんなこと不可能だと分かってはいるけれど





瞳の雫は止まることを知らずに、ただ、堕ちていく。









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