新学期が始まり、氷帝のキングは3年生になり…
そして1年生が入学してきた。
1年生たちが生活に慣れ始めた3週間程度
それくらいの日に「彼女」がとある部活にやってきた。

「集合!」
「「「はいっ」」」

集合の一言で200人もいる部員が一斉に集まってきた。
……そうここはホスト部とも呼ばれている氷帝男子テニス部のテニスコートである。
テニス部の顧問を務める榊太郎(43)は自分の隣に1人の女の子を立たせた。

「…彼女は何のようでここに?」

氷帝のキング―――そしてテニス部の部長を務める跡部景吾は榊に問いかけた。
周りの部員たちは「部長の跡部ですら知らないのか…」と心の中で驚いていた。

「彼女は今日からうちのテニス部の(ココ重要)マネージャーになることになった」

しばらく沈黙が続いた。
テニス部のレギュラー陣はとにかくイケメンが多く、女子から絶大な人気がある。
そのためマネージャー希望の女子が大勢居て
嫌と言うほどマネージャーの人数が多いのだ。
問題はこれだけではない。
多いのに、誰1人マネージャーの仕事をしようとしないのだ。
自分の好きなレギュラー陣と仲良くなることしか考えておらず、
本当はマネージャーがやるはずの仕事を
1年生と2年生の部員達で協力してこなしているのだ。
そのことをレギュラー陣は知っているため、
「マネージャーが増えても何も変わらないだろう」と思うようになってしまったのだった。

「申し訳ないですが、これ以上マネージャーが増えると困ります」

跡部が丁寧な口調で反対の意見を言う。
部員たちも跡部の意見に賛成で、全員が首を縦に振った。

「それは私もよく分かっている…だが彼女は他のマネージャーとは違う。見ただけで分かる」

確信を持っているかのように、榊が語りだした。
見ただけで分かる…
榊のその一言で、部員全員が彼女を見た。
確かに彼女は他のマネージャーとは違う気がする。
他のマネージャーは自分が可愛いことをアピールしようと化粧などをしているが、彼女は一切していない。
アピールするどころか、自分の顔を隠すかのように黒縁眼鏡をかけて、三つ編みという髪形をしている。
言えば、「真面目な学級委員長」スタイルだ。
この容姿からは、可愛いことをアピールしようとしている他のマネージャーのようには思えない…

部員が一斉に、榊の言葉に納得した。


「真面目な学級委員長」スタイルだから、
「仕事もきっちりこなしてくれるだろう」という印象も持てる。
彼女は信用しても良いんじゃないだろうか…?
部員達は次第にそう感じるようになっていた。
だが、彼女について1つだけ気になることがある…

「なぁ、侑士…俺アイツ見たことねーんだけど、見たことあるか?」
「いや…俺も見たことないで。ある意味目立つと思うんやけどな…」

……そう、彼女は何者かということだ。
跡部の表情を見てみると、跡部も彼女のことを見たことが無いのだろう。
生徒会長の跡部でも知らない生徒がこの学校に居るとは…
最近転校してきたのなら、噂にはなると思うのだが…

確実に分かることは1つだけ。
彼女は氷帝の制服を着ていた。
………つまり、氷帝の生徒だと言うことだ。

「さて紹介がまだだったな。彼女の名前は…葵璃南だ。ちなみに、跡部たちと同じ3年生だ」

氷帝の生徒で、3年生…そして、葵璃南という名前。
1人に絞り込むことが出来たのに、やはり聞いたことがない。

「そして最後に、お前達に言っておく」

榊の一言で誰もが唾を飲み込んだ。



「最初に言ったことをもう1回言う。彼女は(ココ重要)マネージャーだ。マネージャーの仕事もしてくれると思うが、彼女がマネージャーになったのはそのためではない」

榊は遠まわしにそう言った。
部員達は榊の言いたいことが理解できずに頭の中を整理しようとしていた。
榊の次の言葉が放たれる。

「つまり、彼女の本当の目的は『マネージャーの仕事をする』ことではない。他のマネージャーとは違う目的のために来たのだ」
「その『目的』とは何なのですか?」

跡部が結局、榊に聞いてしまう。
その質問に榊はフッと笑って歩き始めた。

「一緒に過ごしていれば分かることだ、以上…行ってよし!」

最後は氷帝名物のあのポーズをして、テニスコートから去っていった。
榊が去っていったのを見届けると彼女―――――否、璃南はベンチへと歩こうとしていた。

「待て」

跡部が璃南を止める。
璃南は無言で跡部の方を向いた。

「お前の『目的』は何だ?」

上から目線の跡部の言葉。
璃南は少し間をおいてから、こう言った。

「……世界を見ることです」

璃南の一言に誰もが固まった。
世界を見ること?
もうこの時点で、世界を見ているのでは…
そう部員達が考えていたら、テニスコートに女の子の声が響いた。

「璃南〜!」

女の子は笑顔で璃南に近づいてきた。
もちろんテニスコートに入るときは「失礼します」と言った。



女の子の名前は赤峰あかみね魅雨みう
氷帝学園美術部の副部長を務めている。

「璃南、今度『風景画コンクール』があるんだけどさ…もちろん出るよね?」
「………分かった」

璃南がそう答えると、魅雨は嬉しそうに笑った。
部員達は不思議そうに2人を見つめていた。
その視線に気がついたのか、魅雨だけ部員達の方を向いた。
璃南をムリヤリ押してテニスコートのベンチに座らせて、
魅雨は部員達のところに走っていく。

「えっと…跡部君、だよね?」
「あぁ、そうだが」
「美術部副部長の赤峰魅雨です!璃南をよろしくお願いします」
「知り合いか?」
「知り合いというか…友達です。璃南はもの静かで全然会話しないけど、本当はすごく優しい子なんです」

魅雨はふいに空を見上げた。

「きっと世界中の誰よりも…他の人のことを大切に考えている……」

璃南の話をしている魅雨はどこか嬉しそうで…悲しい顔をしていた。


「と、言うことで璃南をよろしくお願いします♪それでは、私はこれで…」
「…あぁ」

魅雨は璃南の方へと走っていった。


「すみません、跡部さん!日直で遅くなりました!」
「おせーぞ、鳳!」
「ったく…激ダサだぜ」
「すみません…あれ、あそこに居るのはどちら様ですか?」
「あぁ、アイツは今日からテニス部の(ココ重要)マネージャーをやることになった葵璃南だ」
「葵、璃南さん?……、!!」

すると、鳳が何かに気がついたのか、璃南が居るベンチの方へと走っていった。

「長太郎っ!?」




「璃南さんっ、覚えてますか…?俺です、鳳長太郎です!」
「…えっ……うそ、長太郎君っ…!?」
「え…何?璃南、鳳君のこと知ってるの?」

鳳と璃南が楽しそうに話しているのを不思議に思ったのか、魅雨が璃南にそう質問した。
そしてテニス部員達もぞろぞろと近くに集まってきた。

「何や鳳、仲良かったんかいな」
「はい、俺が小6のときに」

鳳はそう言って嬉しそうに笑った。
気がつけば璃南はテニスコートには居らず、魅雨は急いで璃南を捜しに行った。
部員達は不思議な感じの璃南についてもっと知りたいと思い、
鳳にいろいろと質問していた。
しかし、休憩の時間が終わり聞きたいことを聞きそびれ、渋々練習を再開するのだった。


練習が再開すると、テニスコートの外には女子生徒が大勢集まっていた。
またマネージャーたちはアピールするためにタオルなどを配って笑顔で笑っていた。
………そこに璃南の姿はなかった。









「私ちょっと跡部様と会話できたーvV」
「マジで!?私も忍足君と少し会話した!」
「良いな〜…宍戸君ってピュアだからあんまり会話できなくてさ…」
「でも、そういうところが良いんだよね♪」
「うん^^」

テニス部の部室の近くで、女の子達のこんな会話が聞こえてきた。
マネージャーの子達だろう。
自分の狙っているレギュラーの人に近づくためだけに、マネージャーになったと考えられる。

「ね…あそこに誰か居るんだけど」
「え!?まさか部員の人!?」
「女だよ、大丈夫」

本来正式マネージャーがやるはずの仕事…洗濯をしていたのは、仮マネージャーの璃南だった。
璃南が洗濯しているところを見たマネージャー達は璃南に近づいていった。

「アンタ誰?」
「あ、コイツテニス部の仮マネージャーだよ。今日入ってきたばかりの…」
「あー…そういえば榊先生がそんなこと言ってたね」

そんなマネージャー達の会話を無視して、璃南は黙々と洗濯を続ける。
璃南の態度に怒りを覚えたのか、マネージャー達は荒々しい声で璃南に向かって言った。

「何、雑用しに入ったの?だったら一生雑用しててよね!」
「誰か狙って入ってきたなんて言ったら、どーなるか分かってんでしょーね!?」
「裏で地味に生きてろっ!」

マネージャー達の言葉を聞いても、璃南は何も反応しない。
まるでマネージャー達が視界に入っていないようだ。
洗濯が終わったのか、洗濯物を籠に入れ、璃南は立ち上がってマネージャー達を見た。
そして冷たい目で見つめながら、こう言った。

「…………で?」
「「「は?」」」
「貴女達が言いたいことはそれだけですか?…なら早くテニスコートに行ってよ」
「な、何ですって!?」
「アンタ、私達が誰だか分かってんの!?有名なお嬢様よ!」
「そんな口の聞き方で良いと思ってんの!?」

「…跡部さんのほうがすごいんでしょ?」


「それに例え誰だろうが、同じ人間には変わりないじゃない」

そう言って璃南は歩いていってしまった。

「何なの、アイツ」
「ちょっと痛い目に遭わせよーよ」
「良いね、それ!」

マネージャー達には聞こえなかっただろう。
今にも消えそうで…弱々しい彼女の言葉が……

「この世界の輝きを…人間が黒で染めてしまっているの…」
「誰だろうと人間は同じ人間…私だって……同じなのに―――――っ」












「「「「お疲れ様でーす!」」」」

練習の休憩時間にマネージャー達が一斉に部員達に近づいてきた。
そして飲み物とタオルを渡す。
自分が狙っている部員やレギュラー陣の前では特にとびっきりの笑顔で。
やはりそこには…璃南の姿はない。

「ねー鳳、今日入ってきた子さ…どこに居るの?」
「璃南さんは人前に立つのが嫌いな人で…どこかに居ると思いますよ」
「何やその曖昧な表現は…」
「長太郎でも分からねーってことだろ?」
「…まぁ、そうですね」




「今日の練習はこれで終わりだ!」

部長の跡部の声がテニスコートに響く。
テニス部の部活が終わった。
……………のだが、

「……まだ部活終了時間まで時間がありますが?」

どうやらいつもより早めに終わったらしい。
20分程度残っている。
そんなに時間が余っているのなら、もうちょっと練習できたと言うのに。
部員達が不思議がっていると跡部がこう言った。

「監督からの命令だ。レギュラー陣は今日入ってきたマネージャーを捜しに行くために早めに終わらせた」
「俺達帰れねーのかよ!?」
「ああ、そうだ。レギュラー陣以外は片付けが終わり次第帰れ!」

「「「「はい!」」」」


「何や太郎(43)め…面倒なこと押し付けよって……」
「でも榊先生があの先輩のこと紹介してた時に言ってましたよね、『他の目的がある』って……」
「きっとその『目的』を知るチャンスだC〜」

レギュラー陣は渋々とテニスコートから出て行った。

「どうやら1人1人バラバラに捜しちゃいけねーみたいだ」

全員揃っていろいろな場所に行った。
体育館や校庭、校舎など…
でも、どこにも璃南は居なかった。

「ったく…どこに居るんだよ」
「あと捜してないところは……」
「………………裏庭です」

最後に残ったのは裏庭。
もし裏庭にも居なかったら、帰ったと考えるのが1番だろう。
もうそろそろで部活終了時間だ。
はやく璃南を見つけなければ……


「着いたぜ、裏庭だ!」

向日が嬉しそうに言う。
ここに璃南が居ればやっと帰れるのだ。







―――――居た。
璃南は居た。
裏庭に。

「何や、寝とるやないか」
「本当ですね」
「俺も寝たE〜!」

璃南はすやすやと芝生の上で横になって寝ていた。
どこか、嬉しそうな表情をしていた。
自分達が頑張って捜したのに、本人は知らないで寝ているだなんて…
そう考えるだけで自然とため息が出てきた。
まだ彼らは気がつかない。
璃南だけに集中して周りを見ていないのだ。

「………なぁ、こいつの前に置いてあるのって…」
どうやら宍戸が気がついたみたいだ。
それにつられてレギュラー陣は璃南の前に置いてある「もの」を見る。


―――――そこにはキャンバスが置いてあった。
鮮やかな黄色系の色で表現されている太陽に照らされたテニスコート。
そして練習をしている部員と思われる人達の姿。

璃南はここで絵を描いていたんだ。
氷帝テニス部の、絵を。

「…………すごい…綺麗、ですね……」

誰も喋らなかった。
喋れなかった。

璃南の描く、世界に魅力され――――――――





世界が輝いて見えた。








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