あったかもしれない物語
砂を孕んだ一陣の風が、いのちのかけらさえ見出だす事のできない赤茶けた大地を吹き抜けてゆく。その一角、煤けた崖の上にひとりの女が立っていた。
女らしい曲線を描くシルエット。薄茶の髪はつやがなく、琥珀の瞳は虚ろ。今にも身を投げ出しそうな、目の前で子を亡くした母親のような、そんな雰囲気を醸し出していた。
女の傍らは、異様な獣が陣取っていた。鷹の頭と翼に獅子の身体。種族をグリフォンと称す魔物であった。本来交わることのない人間と魔物が共に佇んでいる。それは即ち、女が魔物と心臓を交わした契約者であることを示していた。
「滅びた国は二度ともどってくることはない」
無気力の中にわずかな哀しみを滲ませつつ、女はつぶやく。かつて富んでいたこの地にて栄華を築いた小国。女は王女、かの国の数少ない生き残りであった。
てのひらに刻まれた紋章を、無意識に指でなぞる。その指は何の感触ももたらさなかった。生き物の熱どころか、皮膚の感触すら伝わらない。
『気は済んだか?』
交わる心臓を、意識を通して低い「声」が問う。契約者と魔物のみに聞くことができる「声」。女は頭を振って、傍らの魔物を見つめた。
「もとより故国に未練はありません。あれだけ黒竜に蹂躙された地がどうなったのか、好奇心が湧いただけのこと」
『に、しては妙に感傷的じゃないか』
「……未練はなくとも、情動はあります。故国が影形なく荒野と化していれば、悲しみたくもなるでしょう」
『俺にはわからんな』
グリフォンは猫のように、後ろ脚で首筋を掻く。女は静かに、悼むように黙礼をひとつ捧げた。
「ゆきましょう。待たせては悪い」
女の歩みについてゆくようにして、グリフォンも歩みだす。
一瞬、荒野を振り返る。そこはやはり荒野であり、赤目の黒竜に破壊され尽くした、過去の殺戮の残滓であった。
あとがき
連載する予定だったもの。
彼女と、感情を代償にされた男、そして赤竜とその契約者の子供がメインになる予定でした。
瀬音
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