※続きもののお話なので初めから読むことをオススメします
長編小説にこれより以前のお話がおいてあります
>>いちねんあまのじゃく
第二話
#Aplil 03
過去のことを嘆いても今更どうしようもないことではあるが、昔は大好きだった彼と同じ進路を辿ってゆくのだと信じて疑っていなかった。
ではどうして今現在、幼馴染の彼は立海大付属に通っていて、私は私立の女子校に通っているのかと言えば、
「やっかみを受けるのが、嫌だったからでしょ」
「……え」
同じ女子校に通う小学校から付き合いのある親友は私の部屋でくつろぎながらも、そうすぱっと結論を出して、おやつのオレンジジュースを一気に啜った。それに咄嗟に返答することが出来ず、半ば濁すようにして自分もストローに口をつける。
そんな私にはお構いなしに、一度開いた親友の口は閉じることを知らず、さらさらと言葉が溢れてくるようだった。
「知らないと思ってたの?小学校の頃から、幸村くん絡みでネチネチ言われてたでしょ」
「……それは、そうだけど」
私が言いたいのはそういうことではなくて。
一昨日のエイプリルフールという日に「幼馴染である幸村精市のことは好きではない」と発言したばかりに、目の前の親友がそれを嘘だと捉えて、私が「幸村精市のことが好きなのだ」と都合よく解釈しているのである。
それを弁解するために話をしていたはずなのに、どうもこの流れは狙っている方向とは真逆に進んでいる気がしてならない。
「何で私と精市が別の学校に行ってるかっていうと、別にお互い好きじゃないからよ。好き同士だったらお互い一緒の学校行きたいって思うでしょ?そういうことよ」
「てか、まだ精市とか呼んでる辺りでもうさ」
「お願いだから私の話を聞いて」
注目すべきはそこじゃないのだが、それについて弁解すると、精市という呼び名は昔から定着したものなのだからどうしようもない。
そもそも家族ぐるみでの付き合いがあるレベルなのだから、幸村と呼んでしまえば誰が誰だか分からなくなってしまうだろう。そういうことだ。
「ねぇ、」
「……何?」
「そもそも。そうやって必死になってることからして、全く好きじゃなくなったってことは、なさそうなんだけど?」
にやりと形容するのが一番ぴったりな笑みを引っさげて親友がそう言うものだから、思わず二の句が告げなくなった。それは。
何か反論があるなら言ってみなさいとでも言いたげな様子に、いたたまれなくなって、
「……飲み物、注いでくる」
コップを二つ手にして、自分の部屋から階下の台所に逃げ出した。そんな私の背後で、あんたのジュースはまだ残ってたでしょ、と親友が相変わらず笑っていたのは知る由もない。
台所についてコップにジュースを注いでから、小さく深呼吸をして、ごちゃごちゃになった思考を一旦整理する。
はっきり言えば、よく分からないのだ。本当に精市への恋心を捨てきれているのかどうか。学校も違うのだから顔を合わせる機会も激減して、本当に、本当に分からないのだ。
整理しようとしたのにも関わらずもやもやしたままの思考を抱えて部屋に戻れば、空気を読んだのか、全く別の話題が投げかけられた。
「じゃあ、また来るね」
その後何時間か経った後に親友は帰っていったが、それとは入れ違いで母親が家に帰ってきた。未だ玄関にいたため、鉢合わせる形になる。
「おかえり」
「あら、誰か遊びに来てたの?」
「うん。いつもの」
「ああ、あの子ね。最近会ってないのよ、今度はお母さんもいる時に遊びに来るよう伝えてちょうだい」
そう言いながらも買い物後なのか大荷物を抱えて、忙しなく靴を脱いでいる。
そんな母親に、せめて荷物だけでも受け取ろうと手を差し出せば、いいと断られて代わりとばかりに、玄関の外に目が向けられた。
「そうそう、回覧板が届いてたのよ。もう家用のは抜いといたから、次に幸村さんとこ回してきて」
「……分かった」
あまりにタイミングが良すぎて、反応が少し遅れてしまった。
この流れでいくと、もしかしたら精市に会ってしまうのかもと少し焦ったが、どうもそれは甘い考えだったらしい。
「あら、久しぶりねえ!」
母親と入れ替わりで外に出て、真向かいに位置する幸村宅に行こうとほんの数歩だけ歩いた時だった。
耳障りな甲高い声が自身に向かってかけられ、その方向に目を向ければ、まさに「近所の噂好きのおばさん」を体現した人物が立っていた。事実、噂好きの近所のおばさん、なのだが。
この人に会うくらいなら、焦りこそするが精市の方が何百倍もマシだった。苦々しい気持ちを表に出す訳にもいかず、こんにちはとだけ挨拶する。
「あなたには会えるのに、精ちゃんには会えないのよ!元気にしているのかしら」
そうしてこの一言から分かるように、大の精市ファンなのである。話が長くなるような予感がして、さっさと切り上げてしまおうと口を開く前に、おばさんの発言でまた遮られる。
「あ、でもあなたは精ちゃんと学校が違うから、分かんないわよね。今日もテニス部の部活で遅いのかしら」
「……さあ、どうでしょうね」
「そうそう。来年ね、うちの娘も中学生になるんだけど、立海受験させようかと思ってるのよ」
これは、明らかに長くなってしまう。早く逃げ出したい。
そう思考を他所にやりながら、思わず視線を地面に落とせば、ぺらぺらしゃべるおばさんの影に、背後から重なってくる大きな影があった。
はっと視線を上げれば、おばさんも背後から歩いてくる彼に気づいたようで、
「精ちゃん!久しぶりね!いつぶりかしら!」
「こんにちは。相変わらずお元気そうですね、おばさん」
私が彼に抱く気持ち云々は置いておくにしても、この場では明らかな救世主だった。
テニスバックを肩に下げたまま歩み寄ってきた精市は、おばさんをそう挨拶であしらいながら、突っ立っている私に目を向ける。
「回覧板?」
「…そう。次は精市の所だから、回そうと思って」
「俺がもらっておくよ。ありがとう」
そうやってすっと回覧板は彼の手にさらわれてしまった。
これで私の仕事は無事終わり、お役御免となるのだが、噂好きなおばさんのいる手前で、これ幸いさよならとばかりに自宅に引っ込む訳にもいかない。
どうすべきか当惑していれば、おばさんに向き直って話をしていた精市が、再びこちらに視線を寄越した。
「早く帰らないと、晩御飯の準備があるんじゃなかった?」
「……え、あ、うん。じゃあ、私はこれで」
そうして至って自然な形で、私はその輪を外れることに成功した。一応挨拶もしたのだが、おばさんの視界には精市しか入っていないようだった。
玄関のドアを閉めて、へろへろと上がり框に座り込む。
「……ずるい」
あれは、ずるい。
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