ポッポッポッ――ザーザー……
授業も終わりを告げ、帰り支度を始めている。
教室中に雨の音が響き、
「あー、やっぱり降りだしちゃった…」
窓の外を眺めながら、レビィはそう呟くが、その雨に両手を広げて喜んでいる者がいた。
わーい、わーい!
「ルーちゃん、嬉しそうだね」
「うん。雨だと掃除しなくていいんだもの!」
「でも、ルーちゃん…今日傘持ってこなかったよね?」
あ、そうだったわ。
喜んで伸ばしていた腕をそうっと下ろして、折り畳み傘を手に持つレビィへ縋った。
「うぅ…レビィちゃーん」
「ふふ、はいはい…ガジルくん入れて3人アイアイになるけど許してね。ちょっと、狭いよ」
「……」
にっこりと笑顔を向ける彼女に、やっぱり部活の方に顔を出してくると伝えて、手を振る。
――いくらあたしでもそこまでヤボはできないわ!
「久しぶりよね…最近掃除で、出てないし」
んー適当に誰かに入れてもらって、帰ればね。
陸上部(女子)の部屋――
がちゃり。
「こんにちは!」
静かな部室は、がらーん……としていた。
誰もいない。
窓の外から聞こえてくる雨音だけが、耳に入ってくるだけであった。
「…あれ?そっか、テスト前でないんだったわ…」
頭に右手を添えて、溜め息を吐く。
部屋の真ん中に占領するベンチに腰かけて、白い息を吐き出しながら帰りどうしようと考え込んだ。
「家まで走っても…15分――」
ママは編み物教室で今日は遅いしなぁ…、重なる時ってどうして重なるんだろう。
「寒ーい…」
雨で気温が下がる部屋の中、両腕を包み込んで震えている。
ふと、斜めに置かれていた本に、手を伸ばした。その表紙を目にして、口元が引き攣った。
“バレンタイン大特集!”
「………」
もう、バカらしいわね。
バンっとテーブルに置いたが、やはりルーシィも女の子だ。
ん、でもまぁちょっとだけなら…
気になったのかパラッと捲ってみる。
「わー、カワイイ!美味しそうね。これならあたしでも作れそうって、何言ってんの!?あたしは!」
ん〜〜〜。
ナツって、
やっぱりたくさんチョコとかもらったりするのかな。
――…なんとなく、モテそうな気もするしね。
「でも、変人だし!…………うん、良いよね。別に」
関係ないよ――
…いーんだ。こんなの気にしない方があたしらしいもの!
あたしらしくいられるのが、一番だものね。
本をポイッと今度は遠くに置いて、先程より強く降ってきた雨の様子に気づき、窓際へと近づいて行った。
「止みそうにないわね…とりあえず下駄箱まで、行こうかな」
カバンを持ち、部屋を出て行く。
足取りは重苦しい。
下駄箱から自分の靴を取り出し履こうとしたところで、先端が白く青い色をした尻尾が見えた。
そっと近づいていくと、
「「あ…」」
青い猫を肩に乗せているナツと目が合い、突然意味不明なことを言われてキョトンとするルーシィ。
「残念だなー、雨で部活中止だろ?」
「部活?」
「あれ、掃除部じゃねえの?」
「掃除部なんて、あるわけないでしょ!?あたしは、陸上部よ!!ナツのばかー!!!」
「…冗談だし。ホント面白れえな、ルーシィは!」
傘を広げて、大笑いをするナツ。
腕を振り回して怒るルーシィを見てから、一歩前を行く。
「もう、……」
眉を下げ、視線を逸らしてカバンを持つ手に力を込めた。
出口の側で、壁に寄り掛かって俯く。
前を向き、帰って行ったナツが不意に後ろを振り向いてその場で少し留まるが、足を早めて戻ってきた。
俯いていたルーシィは視線を感じ、ゆっくりと顔を上げる。
「……?」
「おまえ、傘持ってねえのか?」
「えっ、う…」
「帰れんのか?」
真剣な眼差しで問い掛けてくる少年に、小さな声で言い放つ。
「少し待ってれば、小降りになるかなーなんて…」
「なんねえよ。んなこと言ってると明日になるぞ!」
部室にいた時よりも更に降り続ける雨。
ルーシィはその音を耳にしながら、困った様子を見せていた。
「うぅ…」
いつの間にかルーシィの横に並び、差していた傘を渡そうと持ち手をルーシィに向けてくる。
「ホレ、持って行けよ!」
「いっ、良いわよ!そんなことしたら――…ハッピーが濡れちゃうわよ」
両手を振って、拒む。
――オレは良いのかよ!
肩に乗る猫がみゃーんと鳴いた。
「あ、あたし…大丈夫!」
「おい!」
「陸上部の脚力で走れば――」
バシャッと屋根のないところに足を踏み込んでいったが――、
途端に、どしゃあ――――っ!!!!……と、ルーシィの全身を濡らしていく。
雨と言うよりも上から滝をかぶったような激しさであった。
「もう、…うそでしょ」
目の前で、びしょ濡れの少女が背中を見せて呟いた声は耳に届くが、あっけにとられていたナツは目を丸くして、言い淀む。
しかし、すぐぷっと噴き出し、ケラケラと笑い出した。
「……おまえ、マヌケ過ぎんだろ?」
「そんなこと言われても…ひゃ、」
ナツの方へと顔を向けると、雨に濡れて流れてきた前髪から水滴が目に入る。
ゴシゴシと拭っていたルーシィを見て、ナツが口を開いた。
「これじゃ、このまま帰っても傘差して帰っても風邪ひくぞ!」
「う、……クシュン!」
ブルブルと震える少女の様子を気にして、眉を下げるナツ。
「しょーがねえな。ちょっと、家で乾かして行けよ!」
「へっ、…家!?」
「すぐそこ、学校の真裏なんだ…オレん家!」
少し歩くと一軒家が見えてきた。
家の表札には“ドラグニル花園”と書かれている。
――ナツの家って花屋さん?
「本当に裏ね。こんなに近いのに遅刻してるわけー?」
「……、ちけえほど、そーゆーもんだ!早く上がれよ」
家の隣にあるビニールハウスの方へ向かう。
すとっとハッピーも温かい空気が漏れるそこへ、歩いて行った。
部屋の中は予想外な光景。たくさんの花が迎えてくれた。
ふわりと香る甘い花のにおいに、……あっと思い出した。
「……ナツと、同じにおいだあ!」
「へっ?」
「はぁ〜このにおいだったのね…そっかぁ」
「な、なんだよ」
「ううん、あ…ありがとう」
ほらよっと放り投げられたタオルを借りて、水分をたっぷりと含んでいる自身の金髪を拭いていく。
そっと顔を拭きつつ、部屋を一周見回しているとあることに気付いた。
「ねぇ、ひょっとして、この温室…」
「おう、オレの部屋!」
「えー、温室に住んでるの!?」
「いーだろ!」
へへへっと歯を見せて笑うナツに頬を染めるも、
――か、変わり過ぎてる。
ルーシィは、驚きを隠せなかった。
「その辺テキトーにしてろな」
「…うん」
着替えたナツは、ルーシィに声を掛けてから、一度部屋を出て温かい飲み物を持ってきた。
がさごそと何かを漁る物音が聞こえてくる。
恐る恐る金髪の背中に向かって、
「ルーシィ…おまえ、何してんだ?」
「室内見学よ!変わったものがいっぱいあるわね。あ、コレなにかしら?」
「…っ!!?なんでもねえから!…ホラ、これでも飲んで、あったまれ!」
「あはは、」
――楽しい。知らないナツがいっぱい見える!
そういえばナツって、誕生日いつなのかな?何座?血液型は何だろう…。
思わず、口元に指を添えて、頬を赤く染めた。
は!
やだ、あたし…、ナツのことよ。
――…何でもいいわよねっ!!
頭を左右に振り、気を取り直して、ナツから受け取ったココアを口にして、
「…あったかい。あっ」
「ん?どうした?」
「ハッピーが気持ち良さそうにしてるわね」
「あぁ、良いにおいの花がすきなんだよな。あーやってんのが一番幸せなんだ、ハッピーは」
「へぇ〜そうなんだ」
ルーシィの後ろにある棚の上で、ごろごろと花を見てうっとりしているハッピーを見上げ、頷いた。
あんなに高い場所にもキレイなお花が置いてあったのね。
ふふ、気持ち良さそう。今日は、大人なしいのね……
そう、思った瞬間に、
ピカッ!っと光り、雷が落ちる。
――ガラガラ、ゴロゴロッ!!!
その音に興奮したのか、ハッピーがファー!!と鳴き叫んだ。
青い猫が身体を起こした時、側にあった植木鉢に当たり、がたりと揺れ動く。
「…っ!!…あぶねえ!」
はっとして、ナツは下に座っているルーシィへと飛びつき抱き締めながら、全身を庇った。
ナツの肩すれすれに、割れた破片と共に花弁と土が飛び散る。
「き、……きゃあ―――――――!!!」
「んあ、…きゃあ?」
ルーシィを庇ったナツの腕の中で、出したことのない声にルーシィ自身が驚いていた。
あ、あたし……?
ルーシィから離れて、床に手を付き焦るナツは、顔を真っ赤にして否定する。
「おっおまえ、なんか勘違いしてねえか?」
俯いたルーシィの頬に、普段結ばれている部分の髪束がバサッと掛かる。
「…あたし、かえる。――帰る!!」
「ちょ、ルーシィ傘は?」
真っ赤な顔を見せて、コートとカバンを抱え出口に向かうルーシィを止められず、少女の勢いに負けて、ナツはしゃがみ込んでいる。
テーブルの下にある植木鉢の陰に隠れた青いものに、その時は全く気が付かずにいた。
コートを傘代わりに羽織って、バシャバシャと駆けて行く。
恥ずかしい――!!
男の子の前で、「きゃあ」なんて、
あたしらしくない――――!!あたし、どうしちゃったわけ!?
空を見上げると、昨日とは変わって快晴な天気。
教室で自分の席に座り、溜め息を吐くルーシィの所へレビィが寄ってきた。
「ルーちゃん、おはよ!」
「おはよ、レビィちゃん!」
「どうしたの、今日は?」
「うん…ちょっと、風邪気味なんだ」
コホンと咳をするルーシィの髪を指差して、微笑んでいる。
「違う、違う。…珍しいね。髪下ろしてるなんて、バレンタインだからかな〜?」
「ち、違うよ!…リボンどっかに落としちゃって!」
あのリボン、一番気に入ってるから、また同じの買いにいかなきゃと凹んでいるルーシィを余所に口元を緩ませているレビィは、
「なーんだ…てっきり、ドラグニルくんを意識したものかと思ったから」
「もう、レビィちゃん!そういうこと言わないでったら!!」
むうっと頬を膨らまして、ぷいっと顔を背けた。
「ごめん、ごめん…調子に乗っちゃったね」
「あ、…ううん。あたしの方が変なんだ。レビィちゃんは全然悪くないわ」
レビィの冗談を真に受けてしまったんだと、自分に反省。
昨日からずっと心がビクビクしてる――
自分でもよくわかんない。
次の時間の授業は、移動しなければならない。
廊下で歩きながら…チラッとルーシィの様子を窺うが、俯き元気のない親友が心配で、声を掛けるレビィ。
「ホントに大丈夫?早退した方がいいんじゃないかな?」
「大丈夫よ。熱もないし…」
心配させちゃダメじゃない。
ルーシィは精一杯、笑顔を向ける。
その視線の先には、今、会いたくない相手がこちらに向かっていた。
――…ビクン。
「ルーちゃん?」
サッと、逆側の壁に隠れるルーシィは、教科書を顔に当てて、目を潤ませている。
顔は真っ赤で、金髪で隠れて見えないが耳まで赤くなっているような具合だ。
「頭痛?ぜってえ嘘だぞ!グレイの奴、ズル休みだー」
「今日は、バレンタインだもんなーくっそ、モテる奴の悩みはぜーたくだよなぁ」
レビィは前を向き、ナツとその友人がなにやら話している姿を見届けている。
姿が見えなくなったところで、壁に隠れているルーシィの側に寄り、名を呼んだ。
「ルーちゃん…?」
「……うん。変だよね、あたし。隠れる理由なんかなんにもないのに…。身体が勝手に動くのよね」
「…ルーちゃん」
「う〜〜〜〜やっぱり、今日は早く帰ろう」
「そーだね、今日は早く帰って寝ないとね!」
「うん。そーするね」
レビィはフラッと身体を揺らして頷くルーシィの背中をポンと叩いて、笑顔を見せる。
「…もしも、眠れなかったら家に電話してきて!いっくらでも付き合うから」
レビィちゃん――
「とか言って、のろけ話したいだけだったり…ガジルくんとの事聞いて!」
「ソレって逆に付き合わされるんじゃ…」
肩を落とすルーシィであったが、レビィの気遣いを嬉しく感じていた。
…ごめんね。
早くいつものあたしに戻るから――
2年1組。
コートとカバンを抱えて、教室を出ようとするナツに、数人の女子が囲んでいる。
肩に乗っているハッピーは、神経質なため毛を立ててその子たちに向かって威嚇していた。
「だから――!!明日本人に渡せよ。グレイに…。オレが渡すとますます無意味だろうが」
「だあって、明日じゃ意味ないもの!」
「ドラグニルくんも端っこくらいかじって良いから」
「いらねえよ!!」
「親友なんでしょ!おねがーい」
「〜〜〜〜」
――くっそお、なんであいつのチョコをオレが受け取らねえといけねえんだよ!
グレイのヤロー…毎年のことだからって、休むなよな!
赤いリボンやら、シールのついた箱をたくさん持ったナツにクラスの男子が声を掛ける。
「ナツ!どーすんだ、それ?」
「捨ててやる…やってられっか」
――…って言うのは嘘だけど、んー部室にでも置いておくか。
ったく。オレは関係ねえての。
部室に寄る為に、階段を上がっていくナツ。
風邪気味な為、早く帰宅しようとしているルーシィ。
廊下の角で、ふたりはばったりと会ってしまった。
――わっ、ナツ!!
ナツは目が合った途端に背を向けて引き返すルーシィを、追い掛けて行く。
ハッピーは肩からズリ落ちそうになるが、小さな前足で必死に制服の上着を掴んでいた。
「…おい。ルーシィ!!さては掃除サボる気だなー!!戻って来ーい。卑怯だぞ!」
「……だ、誰が卑怯ですって!――あたしは今日、風邪気味だから帰るだけで…べ、別にサボろうなんて」
卑怯の言葉に反応して振り返り、風邪気味だと告げてしまった。
「……やっぱ、風邪引いたんだな」
「あ、――…」
――チョコレート……よね。
ナツが左手に抱えているたくさんの包みを目に入れて、思わず怯んでしまう。
ずきっ!!
あ、―――――胸が痛い。
「バッカだなー、何のためにオレん家、来たんだよ!」
「バ、バカだもん。…でも、ナツにチョコあげる程バカじゃないわ!」
ズキズキする胸の痛みに耐えながら、その痛みにも理解できずナツを直視できないルーシィは身体ごとナツから離れようと、距離を置いて目を逸らしていく。
「へっ、チョコ?…あ、」
「す、すごいわね。…いつも猫乗せてる変人ってモテるのね…知らなかったわ。」
やだ、何言ってるの――
あたし。
「いあ、まあな…!いいだろ?――――…なーんて。全部グレイへのだぞ…って、ルーシィ?」
「………っ!!」
な、なんで、涙が……!!?
ナツに名を呼ばれるまで、頬へ流れてきていた涙が自分では気付かない程、溢れていたことに驚き、そんなルーシィを見て更に目を丸くし、距離を詰めてきた。
「あ、――…」
ルーシィは、クルリと背を向けて走り出す。
この場にはもういられない。ナツを見れない。
泣き顔を見せるルーシィがいきなり駆け出して行ったことで、迷うことなく追いかけて腕を掴んだ。
「る、ルーシィ!!…どうしたんだよ!なんで、泣いてんだ!?」
「わかんないっ…わかんないわよ!離して!!」
「イヤだ!おまえ逃げるだろ?」
半ば興奮状態のルーシィは、真っ赤な顔で涙も溢れ出るまま、掴まれている腕を振り回す。
「あたし、…ナツといると変になる!!こんなのあたしじゃないわ…怖いよ。もう、イヤ―――」
泣き叫ぶルーシィにどうしたら落ち着いてもらえるのか、なんと言ったら良いのか掴んでいる手に力を込めて、
「ルーシィ…オレは、」
「きらい!…ナツなんて、きらいよー!」
「――…ルーシィ?」
きらいだと叫んだルーシィの大声に驚いたのか、ハッピーがファーッと怒っているように鳴いた。
宥めようと咄嗟に掴んでいる腕を離すナツの手から逃れたルーシィは、再び背を向けてナツが見えなくなるところまで、足を止めなかった。
誰もいない校舎の隅で、拭いきれない涙を流しながらしゃがみ込んだ。
“ナツなんて、きらい!”
こんなこと言うつもりなんて、なかったの―――。
なんで――?
どうしてこうなっちゃうの。
――ごめんね、ナツ。
自分のことがわからないよ、あたし、もうめちゃくちゃだ――
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