『存在確認』     (エルザ+ロキ:ジクエル)





「じゃあ、エルザ。私は帰るから、戸締りはしっかりしてね」
「すまない、ミラ。ありがとう」

時刻は深夜に差し掛かろうかというとき。ギルドではミラジェーンが帰り支度をしていた。
声をかけられたエルザはというと、まだ残るというため、戸締りはエルザにまかせることとなった。

「…エルザ、今日ちょっと変ね。何かあった?」
「……いや、いつものように評議院で説教をちょっとな…だから、気分があまり良くなくて飲みたいと思ったんだ」
「そう…なら、いいけど。ほどほどにね」

バタンとミラジェーンがドアから出ていくのを見送ると、エルザは手に持ったグラスを黙って見つめる。

頭の中に評議院で聞いた声が蘇った。いつもいつも絡んでくる、ジェラールの双子の弟――ジークレイン。
ジェラールと同じ顔で、同じ声で、ジェラールとは似ても似つかない性格。
その、声は同じなのにどこか軽薄さを感じる「彼」の声色が脳内に響きわたった。

(…――問題行動が多すぎる)
(このままじゃ、俺だって庇いきれない)
(けど、おまえが相応の見返りをくれるなら、俺がおまえのギルドを守ってやろう)

エルザはぎゅっと、拳を握りしめる。今日、評議院を訪れたときにジークレインに持ちかけられた取引。
そして、自分はその取引にのった。ギルドを守るという名目のもとに。

その事自体は後悔などしていない。身体に残る倦怠感も、下腹部に感じる違和感もどうということはない。

なのに、胸にのしかかる息苦しさは消えない。理由もわかってる。

「あれ。エルザ、珍しいね。まだ、いたんだ」

酒場のドアを開けて、ロキが入ってくる。そのまま、エルザの隣に腰を下ろした。

「…おまえこそ、週末の夜にここに来るなんて珍しいな。デートじゃないのか?」
「いや〜。それがフラれちゃってさ。あ、僕にもお酒ちょうだい」
「ほら、イチゴのカクテルだ。珍しいな、おまえがフラれるなんて」
「明日、別の娘とデートするのばれちゃって」
「…虚しくならないか?」
「何が?」
「好きでもない相手と触れ合うのは」
「…虚しいといえば虚しいかな」
「だったら、なぜ付き合っている?」

怒るでもなく、珍しく真剣な様子で問いかけてくるエルザに目を見張りながら、ロキは答えた。

「…多分、確かめてるんだ」
「確かめる?」
「この娘のことを本当に好きになっているのか、これから好きになれるのか実際に会って、触れて確認してるって感じかな…相手からみたら、失礼だろうけど」
「…未だ相手は見つからず…か」
「だね…エルザは?」
「え?」
「エルザは…好きな人に触れて…触れられて、どう思った?」

言いながら、ロキは踏込すぎたかなと考える。だが、エルザはロキに質問するとき「好きでもない相手と触れ合うのは」と聞いたのだ。
「付き合う」ではなく、「触れ合う」――これは十中八九そういうことだろうと思ったら、思わず疑問を投げかけてしまった。

「…わからない」
「わからない?」
「…好きな人と触れ合うのは幸せなことか?」
「多分ね」
「幸せな気持ちになれることか?」
「普通はね」
「私は…」

エルザがそこまで言うと、グラスの酒を一気に飲み干す。ロキはそんなエルザに優しく声をかけた。

「エルザ。本当はわかってるんでしょ」
「…何が?」
「僕にはわからない。事情も何もかも。でも、きっとエルザの中で答えは出ている――そんな気がするよ」
「……」
「じゃあ、僕は帰るよ。またね」

ロキが出ていくと、静まり返ったギルドに一人きり。エルザはグラスに残った氷を黙って見つめる。

本当はわかっていた。普段しないようなヤケ酒をしている理由も。胸に残る重苦しさの理由も。

最初はほんの疑惑だった。だが、不意に掠めたその疑惑が自分の心の中で膨らんで、どんどん大きくなっていく。

エルザはただ確かめたかったのだ。「彼」が『彼』であるのかどうかを。

ギルドのためという言葉を利用したのは「彼」ではない。エルザの方だ。
その言葉を、取引を利用したのは――利用して「彼」に触れたかったのはエルザの方だ。

ギルドのためなんかではない。本当はただ自分が確かめたかった。

触れて、交わって疑惑は確信に変わる。「彼」が『彼』であることは疑う余地がないほどの真実だった。

『触れて…触れられて、どう思った?』

不意にさっきのロキの言葉が頭の中で囁いた。

「…私は」

幸せだった。幼い頃から憧れていた『彼』に触れたことが、触れられたことが。
そのことがとてつもなく嬉しかった――だけど。

同時に悲しかった。こんな形でしかお互いの存在を確かめ合えない自分たちが。
嘘をつき、嘘をつかれ、別人を騙り、騙されたふりをしている自分たちが――とても悲しくて虚しかった。

黙ってグラスの氷を見つめるエルザの左目から涙が一滴零れ落ちた。






☆★☆★☆
理乃さんのお言葉…『なんか予想よりエルザがかわいそうになったような。ジークレインがジェラールであることに気づいているエルザ。そのことを知らないジークレインがエルザに取引を持ちかけて大人の関係になるというお話でした。』

いつも素敵な作品を執筆される理乃さんより頂戴いたしました!理乃さんのジクエル…切ないんですが、それが刺激的に感じて好きなんですよね^^
“ジェラールであることに気づいているエルザ”…そこも歯痒いですし、それにエルザの『幸せだった』が胸に響いてきて…グッときましたね。

ロキとエルザのツーショットも私は結構好きだな〜と改めて感じましたよ!

理乃さん、ありがとうございました。




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