(おかしい…)

エルザは料理屋の頭領の息子に接客をしながら、そんなことを考えていた。

ここ最近、ジェラールが来ない。仕事が忙しいのかとも思ったが、前は一週間のうちに4、5回は来ていたというのに、もう一か月ほど見えていない。
何か、気に障ることでもしたのだろうかとも考えたが、そんな心あたりもない。

「――スカーレット」
「はい、何でしょうか?」
「何か気にかかることでもある?」
「いえ、何も…それより、大事な話というのは何でしょうか?」

今日、予約があった時に『大事な話がある』と言われていたのだ。
それを問いかけると、相手は少し緊張した表情になり、固く口を引き結んだあと、言葉を発した。

「僕の妻になってくれないか?」
「それは――」
「身請けさせてほしい。もちろん、妾なんかではなく、正妻として」
「それは…その、いきなりすぎて何と言ったらいいのか」
「ああ、ゆっくりでもいいから考えて欲しい」

その真剣な眼差しに圧倒されたエルザは、黙って頷くしかなかった。

料理屋の息子が帰った後の遊廓ではエルザと女将が話し合いを行う。

「で、どうするんだい?」
「少し考えてみないことには…」
「もう、すでに町では噂になっているよ」
「もうですか?」
「そりゃそうだろう。花魁スカーレットの身請け話ともなれば、町の経済にも影響がある。噂だってあっという間に広まるさ」
「………」
「まあ、一つだけ言っておくのは、どこかに心を残したまま、嫁いでいくのは良くないってことだけだね」

そう言い残すと、女将は部屋を出ていく。後は一人で考えろということなのだろう。











その頃、町で噂を聞いたジェラールも部屋で一人項垂れていた。

(…こんなこと誰にも相談できない)

逆恨みで花魁をつけ回し、店にも通った。誰に話しても異常だと言われるだろう。

ジェラールの足は一人でに最早、部屋で横たわるだけとなった、父の元へと向かった。

「…父さん、スカーレットが結婚するらしい」

言った瞬間に胸が痛むのを無視しながら、話続ける。

「相手は町の料理屋の息子だって。腕もいいし、きっと彼女も幸せに――」

そこまで言ったところで、あまりの苦しさに話の続きを言えなくなる。

「……ジェラール。彼女を愛しているのか」

耳に入ってきた声に驚いて、父を見ると静かに目を開けてジェラールを見つめる父の姿があった。

「…ああ。親子って好みも似るんだな」
「あの娘は母さんに似てる」
「…言われてみればそうだな」

言われてみれば、髪の色や立ち居振るまいなど違うところも多いが、顔だちや雰囲気などは似ているような気がする。
だから、父はスカーレットを気に入ったのだろうか。

「…聞いて欲しいことがある」
「何?」
「私はもう長くない」

それは既に知っていた。病気でもう、手の尽くしようがないらしい。
母が亡くなってから急激に悪化した。

「だから、その前におまえに言っておかなければいけないことがある。実は――」

そこで聞いた話にジェラールは驚き、そして俯く。見当違いの勘違いをしていた自分が恥ずかしくなった。

「いいか…後悔しないように今すぐ行動を起こせ」
「でも…今更」
「失ったら二度と戻らないぞ。一生後悔を抱えて生きるつもりか」

その言葉に俯いていたジェラールはハッとして、顔を上げる。
そのまま、立ち上がり、歩き出した。部屋の入口まで来ると、振り返ってしばらく父の前では見せていなかった笑顔を見せる。

「ありがとう、父さん。行ってくる」

ジェラールが出ていくと父はふっと溜息を吐いて独り言を言った。

「まさか、あの子がエルザに惚れるとは…血は争えないな」

そして父は願う。自分たち夫婦のように幸せになってくれることを。








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