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美術室は美術部の作品が複数飾られていた。部長の狩野が描いている絵はまだスケッチの段階で、鉛筆の線が散らばっていた。風景画だろうか。まだよくわからない。
鉛筆を片手にキャンバスとにらめっこする狩野を、夕陽は後ろから見ていた。
「そういえば、三島さんが」
「三島さんがどうしたの」
「最近、京極のことをよく見ているよなぁ、と思って」
突拍子もないことを言う狩野に、夕陽はどきりとした。三島さん。いつも読書の三島さん。ケータイを触る三島さん。隣の席の三島さん。
「……隣の席、好きな人」
「は?」
「いや、なんでもない」
まさか、な。 頭を振る夕陽を、狩野が不思議そうに見ていた。夕陽が思い浮かんだのは、ハンドルネーム、ユキオ。三島。ユキオ。まさか、な。
「京極さ、恋愛してる?」
「へ、なに、急に」
「気になったから」
「してない、したことないし」
他人に触れられたくところを、堂々触られた気分だった。幸い、狩野はそれ以上聞いてこなかった。抉られることはなかった。夕陽は恋愛に興味がないわけではないのだ。むしろ、興味がある。ただ、まったく始まらない。恋愛経験値はゼロをキープしている。声には出さないが、こう思う。王子よ、現れろ。夕陽の場合、周囲に言ってしまうこの言葉が仇となっているのかもしれない。
「恋だの愛だの、意味わかんないし」
天邪鬼か、私。

教室に戻ると、友達がかけ寄ってきた。
「ゆーちんって、狩野くんと付き合ってんの?」
狩野の次の難敵がやって来た。しかも狩野よりだいぶレベルが上だ。今日の夕陽は運がない、占いも最下位だったに違いない。
「何の話?」
夕陽が否定するよりも早く、当人、狩野が混ざってきた。
「狩野くんって、ゆーちんと仲がいいよなぁと思って!」
「レンちゃん!」
「照れちゃってぇ」
照れていない、焦っているのだ。この手の勘違いな話は、誰だって困るに決まっている。夕陽は狩野を見た。狩野は笑っていた。
「俺は、京極のこと、好きだよ」
授業開始直前の教室が、一気に騒いだ。信じられない、と夕陽は絶句していた。羞恥心で顔が赤くなった。夕陽と狩野は付き合っていない。
そんななか、三島だけは夕陽を寂しそうな目で見ていた。
授業が終わってから、夕陽が恨めしげに狩野に視線を送ると、気づいた彼はケータイを指差した。ケータイの画面を開くと、新着メールが一件、from狩野貴也。
本文「放課後、美術室に来て」
(なにこの展開!)
夕陽は机に顔を伏せた。
「京極さん」
凛とした聞き取りやすい声は、隣の席の、例の三島だ。視力が悪いのか、今日は眼鏡をかけていた。余計に雰囲気が鋭い。話してみるとそうでもないのに。
「京極さんって、狩野くんが好きなのですか?」
これまた意外すぎる人物が聞いてきた。夕陽は面倒臭さを感じずにはいられない。どうしてこうなった。
「普通、だよ」
「そうですか」
あぁ、まさかな、と夕陽は思う。
「三島さんってさぁ、チャットやってたりする?」
言ってから、後悔した。知らなくても、残り1年もない高校生活、不便にならなかった。
「えぇ、ユキオは私ですよ」
My God!ちなみに、と冷や汗を流しながら、夕陽は重ねて聞いた。聞いてしまった。
「隣の好きな人、とは」
「京極さん」
恋愛経験値ゼロが、おかしな方向に増加していく気がした。

放課後の美術室は静かだった。今日は部活も休みらしく、狩野以外は誰もいなかった。絵画や彫刻が飾られたそれなりに広い教室に、高校も三年目の男女が二人だ。なんというシチュエーション。夕陽は頭が痛くなった。
「俺、京極が好きだ。俺と付き合ってほしい」
狩野にとっては一世一代の告白(さすがに表現が大袈裟だったか)も、夕陽にとっては妙に煩わしかった。予想通り過ぎたのだ。妙に怖い。これまでの生活が変わってしまう。風変わりすぎる同性からの告白のあとだったのが、狩野の失敗だ。無論、狩野は三島の告白を知るはずがない。無反応の夕陽を、狩野は悲しげに見つめてきた。
「そんな目をされても」
「ごめん。でも、俺は本当に京極が好きだ」
夕陽の手をとって大きな手で包み込む狩野は、よく見ると、かっこよかった。少しだけ、夕陽の胸が高鳴っていた。
(これがときめきか……!)
雰囲気を壊しかねない思考の女だ。
「迷惑かけて、ごめんな」
「え? なんで?」
「京極を困らせた」
「あ、あ、うん……。でも、別に狩野は悪くないから」
まだ諦めなくてもいいか、と問う狩野に、京極は小さく頷いた。もしかしたら、初恋ができるかも、なんてとんちんかんなことを考えながら。
「京極、好き」
「友達としてなら、私も好き」
「もう帰る?」
「狩野は?」
「絵の続きを描いていくよ」
「じゃあ、終わるの、待ってる」
「ありがとう」
互いに背を向けて、会話もなく別々のことをした。そうしているうちに、日が暮れた。空の夕陽を見た。

■ユウヒさんが入室しました。
原白:若いっていいな
ユウヒ:急にどうしましたの
遷:若いっていいのぅ
ばしょん:遷女帝もまだ若いじゃん、同い年だもんな!
遷:まだってなんだよ、ばしょんよ
ユウヒ:何かありましたか
原白:電車の中で生ちゅー見た
ユウヒ:校前ワイセツ罪ですわ
ばしょん:若いのに固いな(笑)
遷:吉田(仮)なんかはの、話を聞いて興奮していたわい
ばしょん:男子高校生w
原白:別に男子高校生=生ちゅー興奮、というわけでもないだろ。だよな、ユウヒお嬢
ユウヒ:そうですわね
遷:そういや、ユウヒは恋してんの?
ばしょん:気になる(^ε^)
原白:じゃあ、俺も気になる
ユウヒ:恋だの愛だの、わたしは興味ありませんわ。病気ですわ
ばしょん:うわw
原白:そうか
遷:おぅ、ユウヒ、まさか、ツンデレか
ばしょん:ツンデレか!うまし(^q^)
ユウヒ:今日は二名に告白されました
遷:なん、だと……!?
ばしょん:ユウヒちゃん、実は可愛い系の女子高生なのか!
原白:びっくり
原白:ばしょん、失礼だな
ユウヒ:私が一番びっくりですわ
ユウヒ:お風呂落ち
■ユウヒさんが退室しました。





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レイラの初恋



 

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